前回投稿の続篇。
旅の2日目、山梨県・甲府市のホテルを後にした僕は、
長野県・松代町(まつしろまち)へハンドルを切った。
青い空。
白い雲。
小川が流れる山間の風景。
往時の面影を留めた街角。
長野市の南部にある松代町は、
四方を山や千曲川に囲まれ、遠くには北アルプスや北信五岳を望む。
戦国時代は川中島合戦の舞台となり、
江戸初期「真田信之」が入封して以来幕末まで、真田十万石の城下町として栄えた。
歴史ファンならお馴染みだろうが、松代は近現代史にも名を刻む。
「松代大本営地下壕」のうちの一つ「象山壕」が、2日目の目的地である。
【松代大本営地下壕は、舞鶴山(まいづるやま)(現気象庁松代地震観測所)を中心として、
皆神山(みなかみやま)、象山(ぞうざん)に碁盤の目のように掘り抜かれ、
その延長は約10キロメートル余りに及んでいます。
ここは地質学的にも堅い岩盤地帯であるばかりでなく、
海岸線からも遠く、川中島合戦の古戦場として知られている要害の地です。
第二次世界大戦の末期、軍部が本土決戦の最後の拠点として、
極秘のうちに、大本営、政府各省等をこの地に移すという計画のもとに、
昭和19年11月11日から翌20年8月15日の終戦の日まで、
およそ9箇月の間に建設されたもので、
突貫工事をもって、全工程の約8割が完成しました。
この建設には、当時の金額で1億円とも2億円ともいわれる巨費が投じられ、
また、労働者として多くの朝鮮や日本の人々が強制的に動員されたと言われています。
なお、このことについては、当時の関係資料が残されていないこともあり、
必ずしも全てが強制的ではなかったなど、様々な意見があります。
松代象山地下壕は、平和な世界を後世に語り継ぐ上での貴重な戦争遺跡として、
多くの方々にこの存在を知っていただくため、平成元年から一部を公開しています。】
(※【 】内、長野市HPより引用/原文ママ)
もう今から四半世紀は昔、僕はバイクツーリングの折、ここに立ち寄った。
当時の記憶は朧気で、ハッキリしない。
前日(2022/08/20)「河口湖飛行館」にて、戦闘機を見学したこともあり、
山梨から石川へ帰る道中の戦争遺構を思い出して、再訪してみた。
外の暑熱と明るさがウソのよう。
壕の奥へ進むに従い、ヒンヤリとして湿度も増す。
昭和19年(1944年)7月、サイパン島が陥落。
日本本土への空爆が可能になり、危機感を抱いた陸軍首脳は、
松代大本営の工事準備命令を発令。
通称「マ工事」が始まった。
選定の理由は、主に3つ。
①東京から離れていて地下施設の近くに飛行場がある。
②地質的に硬い岩盤で抗弾力に富み、地下壕に適する。
③山に囲まれた盆地で、工事に都合のよい広さの平地があり、
地下施設を建設する面積が確保できる。
「象山地下壕」に設置予定だったのは---
「政府主要機関」と「日本放送協会(NHK)海外局」に「電話局」。
ここに国の中枢を移していたとしたら、日本はどうなっていただろう?
“歴史のIF”について考えながら、僕は暗い穴倉を歩いた。
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さて、ここから話題はガラリと変わる。
1泊2日の旅、他の場面をかいつまんで紹介したい。
よろしかったら、もう少しお付き合いくださいませ。
今回、草鞋を脱いだのは山梨県・中巨摩郡・昭和町の「ホテル昭和」。
造りは古いが、内部は清潔で充実。
何といっても自家源泉を惜しげもなくかけ流している大浴場は絶品。
お値段お手頃、軽朝食付き。
大満足でした。
gooブログを通じて知り合った方「Zhenさん」の過去投稿を読み訪れた
「甲府カトリック教会」。
アングルを真似て撮影してみた。
リンク先「Being on the Road ~僕たちは旅の中で生きている~」には、
甲府の風景が沢山掲載されている。
旅初日、ふらりと入った「うどん たけ川」は、吉田うどんの有名店だった。
暖簾をくぐるなり注文を聞かれ、来客は引っ切り無し。
吉田うどんとは--- 山梨県富士吉田市周辺で愛されている郷土料理。
麺が太くてコシが強くて、硬い! そう、硬いのである!
噛みしめるうちに、小麦の味が口に広がり旨い!
汁は醤油と味噌のブレンドだろうか?
キャベツ、油揚げ、ネギが薬味の「つけうどん(大)」をいただいた。
旅の間、賭け事とは無縁だったかと思いきや、然に非ず。
山梨には、競輪・競馬・競艇・オートレースと、
公営4競技を同一構内で取り扱う日本初の場外売り場がある。
複合型場外発売施設「双葉」だ。
そんなステキな施設を素通りしてはバチが当たる。
--- 舟券が当たったかどうかはナイショである。
ラストは、夏の残照。
場所は、新潟県・親不知(おやしらず)海岸。
ちょうど日没とタイミングが合ったお陰で、
旅のしめくくりに相応しい一枚が撮影できたと思う。