かつて、野球は“娯楽のホームラン王”だった。
高度経済成長期を経た豊かな時代。
ネットもスマホもなかった時代。
皆、茶の間に鎮座するテレビの前で、贔屓の球団へ声援を送っていた。
人気ナンバー1チームの帽子にはYGマーク。
ちょうど、いわゆる「ON」を擁しリーグ9連覇を飾る黄金期を迎え、
ブラウン管の中から眩しい輝きを放っていた。
子供の世界でも野球のプライオリティは高かった。
速い球を投げたり。
長打を飛ばしたり。
大飛球を捕ったり。
そんなことが上手い奴は、一目置かれる存在だった。
そんなことが下手な僕は、肩身の狭い思いをしたものである。
細かなルールもよく理解できなかった野球は、
僕にとって憧れを抱きながらも取っつき難い複雑な対象。
その苦手意識を軽くしてくれたのが「水島マンガ」だった。
ほんの手すさび 手慰み。
不定期イラスト連載 第百九十二弾「水原勇気(みずはら・ゆうき)」。
報せはいつも突然と分かっているが、
「水島新司(みずしま・しんじ)」氏の訃報に接し驚いた人は少なくないだろう。
享年82。
2022年1月10日、肺炎のため東京都内の病院でお亡くなりになった。
@個性的な高校球児たちが集う「明訓高校」が甲子園で奮闘する『ドカベン』。
@大酒呑みの代打専門スラッガーを描いた『あぶさん』。
@忍者の末裔を主人公にした『一球さん』。
@万年最下位球団「東京メッツ」所属の野球バカたちの群像劇『野球狂の詩(うた)』。
---等々、70年代~80年代にかけ、そのペンが産み出したヒット作は多い。
野球が「娯楽の王座」を降りて以降の世代には馴染みが薄いかもしれない。
絵柄の好き嫌いから敬遠した向きもあるかもしれない。
だが、故人は間違いなく野球マンガの「先発完投 大エース」である。
スタープレイヤーに限らず、チームメイト全員や裏方にも光を当てる作風。
配球の組み立て、ルールの盲点を突くなどリアルで緻密な要素。
当時の野球マンガになかった新機軸を打ち立て、後に続くスタイルを築いた。
この功績は、やはり「先発」と言えるだろう。
また、40年以上続いたロングランシリーズ作品を完結させ、
仕事をやり抜き、現役引退を宣言し、1年後に他界。
お見事な「完投」である。
--- さて、水島マンガのキャラクターの中で、
個人的に思い入れが強いのは今拙作のモチーフ。
「野球狂の詩」に登場する「水原勇気」だ。
高校女子野球で鳴らした美少女。
アンダースローのサウスポー。
「東京メッツ」にドラフト1位で指名され、
女性初のプロ野球選手としてマウンドに上がる。
スタミナ・球威に欠けるが、球速・コントロールはなかなか。
決め球は「ドリームボール」。
彼女のコーチ役を務めるキャッチャーが見た夢が、命名の由来だ。
並み居る強打者たちをキリキリ舞いさせた夢を実現するべく試行錯誤を重ね、
完成したのが、フォークの握りで下手投げから繰り出すスクリューボール。
打者の手元でホップした後、曲がりながら落ちる。
特異な軌道の変化球を武器に、主にクローサーとして活躍した。
「水原勇気」デビュー当時は今と違って、まだプロ球団が女人禁制だった頃。
「水島」氏の元に少女たちから素朴な疑問が寄せられたそうだ。
「なぜ女子はプロ野球選手になれないのか?」
「なぜ女子の高校野球はないのか?」
確かにルールはある。
男子との力量の差も歴然。
だが、だからと言って「女子をグラウンドから排除していい理由」にはならない。
せめて作品でファンの夢を叶えたいと考え「水原勇気」を着想したという。
ところが、知り合いのプロ選手にアイデアを打ち明けてみても否定的な意見ばかり。
唯一「野村克也」氏だけがこう語った。
「その投手にしかないボールがあれば、ワンポイントとしてなら通用するかもしれない」
これがドリームボール誕生のキッカケになったのは有名なエピソードである。
『野球狂の詩~水原勇気編』の連載スタートは、昭和50年(1975年)。
TVアニメ化、実写映画化もされた。
折しも「ピンクレディー」の「サウスポー」が大ヒット。
人気アイドルデュオと「水原勇気」の面影を重ね、僕は単行本の頁をめくった。
ともかく「水島新司」氏の有終のゲームセットには、心から賞賛を贈りたい。
また、競技の内幕を丁寧に描いたマンガを読んだおかげで、
僕は野球との距離を縮めることができた。
万感を込め、改めて御礼を言いたい。
さようなら。
ありがとうございました。
とても懐かしいですね。
そういう私は、ちばあきおのキャプテンやプレーボールでした。
野球漫画の東西の横綱って感じて、あの頃の日本はまさに奥田英朗さんの言う”野球の国”でした。
今は大谷が頑張ってくれて、野球の国ニッポンを世界にアピールしてくれてます。水島さんが生きてたら、大谷をどう描いたんでしょうか。
遅ればせながら心よりお悔やみ申し上げます。
地域によって多少異なるかもしれませんが、
昔は、野球がスポーツ界の王者でしたね。
そんな頃を知らない世代にとっては、
水島氏も、ちばあきお氏も昔の人、
古いマンガ家なのかもしれません。
止まらない時の流れの無常を感じます。
水島氏は、国際試合や大リーグについて、
ほとんどペンを走らせていません。
それは氏のこだわりだったのか、
限界だったのか、今となっては分からないまま。
だからこそ水島マンガの大谷翔平は、
確かに興味が尽きません。
では、また。