米国で先住民女性が受ける深刻な暴力の実態に光が当たりはじめている。殺害や人身売買などが疑われる失踪事件が際立って多く、背景には差別や迫害の歴史が横たわる。米連邦捜査局(FBI)が行方不明者リストを公開するなど当局も事態改善に歩み出したが、先住民は「根本的な解決には偏見を取り除かなければならない」と主張する。(ニューヨーク・杉藤貴浩)
米国の先住民問題 現在の米国に渡った欧州人(白人)は、植民地期から先住民と衝突。米独立後は領土を西に広げる過程で先住民を駆逐し、土地を奪った。伝染病の影響もあり、先住民の人口は激減。度重なる居住地の変更や差別、同化政策の失敗で、2018年の先住民の貧困率は約25%と、白人(約8%)や黒人(約21%)を上回る。アルコールや薬物依存も多い。20年の国勢調査では、先住民の血を引く人口は約970万人で全体の約3%。政府が認める部族は500を超える。
◆失踪した家族を捜して4000キロ
先月9日、先住民ナバホ族の女性セラフィン・ウォーレンさん(41)は、西部アリゾナ州から約4000キロを4カ月かけて旅し、首都ワシントンにたどり着いた。知人の車にも助けられたが、ほとんどは徒歩。携帯電話の電波の届かない地域では道に迷い、犬にかまれ、15足の靴をはきつぶした。
仕事も辞めて旅に出た理由は一つ。「世論の注目を集め、おばがどこに行ってしまったのか知りたかった」。おばのエラ・メイ・ベゲイさん=当時(62)=は昨年6月15日未明、アリゾナの先住民保護区の自宅から失踪。ベゲイさんのトラックが走り去るのが目撃されているが、「事件の詳細は分からず、捜査が進展しているのかも分からない」(ウォーレンさん)。
仕事も辞めて旅に出た理由は一つ。「世論の注目を集め、おばがどこに行ってしまったのか知りたかった」。おばのエラ・メイ・ベゲイさん=当時(62)=は昨年6月15日未明、アリゾナの先住民保護区の自宅から失踪。ベゲイさんのトラックが走り去るのが目撃されているが、「事件の詳細は分からず、捜査が進展しているのかも分からない」(ウォーレンさん)。
◆行方不明者は4倍、殺される確率は10倍
こうした失踪事件は珍しくない。米国立犯罪情報センターなどによると、行方不明の先住民女性は全米で少なくとも5000人以上。先住民が多い西部モンタナ州では不明者の割合は白人の4倍。保護区の先住民女性が殺される確率は平均の10倍との報告もある。
加害者は誰なのか。先住民擁護団体「ライジング・ハーツ」創設者のジョーダン・ダニエルさん(34)は「その多くは先住民ではない」と指摘。一例として、先住民保護区の周辺に、外部から流入する石油などの資源採掘労働者を挙げる。
こうした労働者は数千人規模の仮設住宅に短期間、滞在する。コロラド大の研究によると、モンタナ州などの仮設住宅の周辺では2006〜12年に暴力犯罪が70%増加し、先住民少女の誘拐未遂なども報道されている。
先住民は保護区で独自の警察を持つが、原則として先住民以外を訴追できない。15年には連邦職員が先住民女性を暴行する事件が起きるなど、国家機関への不信は強く、広域捜査を行うFBIとの連携も不十分だ。「こうした状況を外部の者が性的人身売買や麻薬取引などに悪用する現実もある」とダニエルさん。
◆英語や白人文化強制が招いた後遺症
配偶者ら身内からの暴力を受ける先住民女性も多い。米国では1970年ごろまで、先住民の子どもを親から引き離し、英語や白人文化を強制する寄宿学校が存続。親子の絆が断ち切られ、校内では心身や性的虐待が横行した。ダニエルさんは「この後遺症で家庭崩壊と暴力の連鎖が世代を超えて続いている」と話す。
国民融和を目指すバイデン政権は昨年、先住民出身のハーランド内務長官の下で、先住民の未解決事件に取り組む専門部局を設置。FBIは今年7月、先住民の多いニューメキシコ州などで不明者リストを公表し、捜索強化に動きだした。
おばの行方を捜すウォーレンさんは「白人女性の失踪事件と比べ、先住民女性の事件はあまりにも見過ごされてきた」と偏見や無関心の解消を訴えている。
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