天と地の間

クライミングに関する記録です。

比叡Ⅲ峰北壁ルート整備および、バリエーション開拓

2009年09月10日 | 開拓
3年ほど前になりますが、比叡Ⅲ峰北壁ルート整備とバリエーション開拓を行いました。
連休に遠征来る人が気が向けば登るかもしれないと思い、ここに記録を掲載します。
なお、この記録は、とある会に依頼されて書いたものです。

 「かねてより気になっていた比叡Ⅲ峰の北壁ルートに取り付こうと思い、開拓者のKさんに状況を聞くと、傾斜はかなり強くて最終ピ
ッチの抜け口が最も悪く、左のほうへ逸れて終了したとのこと。確かにⅢ峰のトンネル前からルートを仰ぐと、垂直近い角度でクラッ
クが左上している。むずかしそうであるがそそられる。
 フリー化は最終ピッチを除いてされているようだ。それ以上の情報はなく、取り付いた人も20数年前のフリー化以外、誰も取り付い
ていないのではないかと云う。そう言えば、Ⅲ峰北壁を登ったという話は聞いたことがない。
 開拓は28年も前のこと、整備には苦労しそうである。支点は、壁の色が鉄分を含んで黄色がかっているだけに、腐食が進んで使い物
にならないだろう。
 ともあれ、後はパートナーである。マルチピッチのクラックに付き合ってくれそうな人は限られる。



2006年4月9日(84・K1)

 ルート図を手がかりにアプローチを踏んでいくが、人の入った形跡がまったくないために藪に覆われ、取り付きにたどり着くまでに
苦労させられる。ここだろうと、目星を付けて10m程ブッシュ帯を上がっていくと、これだろうと思える壁が現れた。が、ここも人の
通った形跡がなく、またルート図からもずれている。しかし、他にはそれらしき引けそうな壁はない。ここと確信したが、下から見上
げた印象とは違い、クラックがすっきり伸びていない。上がれば見えてくるだろうと、ビレイ点を作り、登り始めるもルート図に表示
しているグレード(8)よりかなり悪い。客観性に乏しいほどグレーディングに違いがある。
 10m程登ると完全に腐食したリングボルトと残置ナッツが見えてきた。やはりルートはここでよいようだ。コケを落としながら1ピ
ッチ、フリーで登り、ビレイ点をステンレスボルトに打ち替えセカンドの確保にかかる。登ってきた長友さんもグレードには疑問を持
ったようだ。10aか10bはありそうな感じである。
 2ピッチ目も体感グレードはルート図より高い。想像していた通り、傾斜が結構ある。途中から下を見ると道路が真下に見えるほど
である。2ピッチ目はコケの掃除のためにテンションを入れたがフリーで通過。3ピッチ目のビレイ点は立ち木で行い、20m程のブッシ
ュ帯に入るも、急傾斜のため気が抜けない。
ブッシュ帯を抜け、4ピッチ目を確認したところで、今日のところはこれで終わることにし、スリングを岩に回して支点とし、懸垂で
降りる。
 今日、1、2ピッチを登って感じたことは、ボルト、ハーケンとも最少に打たれていたことである。当時はギアも悪かったはずである。
所々に残置ナッツがあったが、おそらくkさんが言っていた自作ナッツだろう。開拓者の意気込みと緊張感を感じた。

2006年4月30日(84・k1)

 今日は、行けるところまで試登しようと決め、登り始める。1ピッチ目、2ピッチ目をフリーで抜け、2ピッチの終了点を作る予定あ
たりで、ロープがまだ30mあまり残っていたのでそのままブッシュ帯に入り、前回、懸垂した地点までロープを伸ばす。k1さんが上が
ってきた後、4ピッチのビレイ点のボルトを打ち、小休止の後、登攀を開始する。30mあまり伸ばしたところでⅢ峰へ続く樹林帯が見
えてきた。後20mくらいだろうか。ここでピッチを区切りたいところであるが時間が無い。そのまま行くことにする。
フリー化されていない部分はこの上だろう。おそらく、工藤さんも悪いといっていた辺りであろう。「行って見なければわからない。
行ったときに試される」怖くはあるがその緊張感と期待の狭間がなんともいえない。
 終了点直下、やはり核心部が現れた。フェース部分に打たれた完全に錆びたボルトにお情け程度にプロテクションを取り、考えたム
ーブを試すが11はありそうである。ビレイ点からは50mぐらいか。しかもビレイヤーからは見えない。落ちたときのロープの伸びと外
側に投げ出された時のことを考えると体感グレードはいやでも増す。だが、ここまできた以上、終了点に立ちたい。意を決し、立ち込
む。スメアを利かせランジ気味にホールドを取りに行くとホールドは大きいが上に土が薄っすらとのっているために効きが悪い。砂の
粒子が指紋の間で転がる。
「滑る!」「落ちる!」すかさずその上の土に必死に4本の指を立て、辛うじて這い上がる。危ういところだ。

10月8日(84)

 壁が立っているために掃除は一人で行ったほうが安全だろうと一人でⅢ峰に上がり、懸垂をしながら5ピッチのビレイ予定点まで下
がり、ボルトの穴を2つ開けたが、そこでバッテリーが空となり、作業中止を余儀なくされることに。前夜、充電はしていたものの、
しばらく使っていない間に寿命が来たようである。バッテリーを調達して出直しである。

10月21日(84)
 
 前回、終了点直下の凹角を掘ればクラックが出そうな箇所を確認したおり、処理しにくい羊歯と膨大な土の量に掘ろうかどうかと躊
躇したが、せっかくのクラックルート、少々苦労しても掘ろうと今日は鍬を持参でⅢ峰に上がる。
懸垂で3m程下ると今日の最大のお仕事が始まる。鍬で羊歯の茎を払い、土を掘る。コーナーでしかも左上しているだけに右手しか使え
ず、バランスが非常に悪い。
 鍬を振っていたからか、今頃は野良仕事をしているだろう老父母のことがチラッと脳裏をかすめ、複雑な思いに駆られたが、それは
それ、これはこれと今は要らぬ思いを振り払うごとく、鍬を一心に振り続ける。1時間半余りで7m程掘り下げて小バンドに着くと、
右手の皮が破れている。これでは野良仕事の手伝いもおぼつかないだろう。
それにしても、掘り起こした土の量はかなりのものである。おそらく、28年前の開拓当初も埋もれていたのではないだろうか。
 この後、前回打てなかった4ピッチと2ピッチの終了点を作って、安全のため錆びて朽ちたハーケンやボルトを落としながら下降し
たが、ルートから離され、掃除を行うことは困難を極めてきたため、下部は次回、登り返しで掃除をすることにし、この日の作業を終
える。

2007 4月14日(84)

 5月の連休までにはかたを付けようと、3月から天候のいい日を待っていたが、週末になると雨模様というサイクルになったために一
向に行く機会に恵まれず、機会を待っていたら今日となった。
 当初、誰か誘ってと思っていたが、まだ掃除が残っている。フォローをしてもらいながら、なおかつ、掃除もお願いするのも気が引
ける。やはり、一人が良いか。
 取り付きでキャメロット2セット、エイリアン小サイズ2セット、ナッツ1セット、ヌンチャク、ソロのためのシステムを担ぐと、さ
すがに「これで登れるのか?」と不安になるほどの重量になる。今日は掃除が主体だが、あわよくばフリーと思っていた気持ちが早く
も萎える。フリーは固執しないことにし、攀り始める。
1ピッチ目をフリーで通過し、2ピッチ目のビレイ点に着くと懸垂で取り付きまで下降。その後、ホールバックを背負い、ユマーリング
でプロテクションを回収しつつ、ノコで枝を払いながら再び2ピッチのビレイ点に着くと、取り付きから2時間近く要していた。この
調子で行くと夜間登攀を余儀なくされそうである。だが、これ以上の短縮は望めそうもなく、2時間ペースで行くことに決め、2ピッチ
目にかかる。
 2ピッチも運よくフリーで越え、そのまま区切らず3ピッチ目のブッシュ帯へ入り、4ピッチのビレイ点へ。
いよいよ佳境に入る。ここまで来るとオマケのフリーで仕上げが頭をもたげてくる。
 4ピッチ目は難なく通過し、最終の5ピッチへ。
出だしが結構悪い。安全を期し、クライミングアップ、ダウンを数回繰り返し、ムーブを探り、出だしを乗り越す。すぐに右の凹角に
移り込むが右の壁がやや前傾して左上しているためにバランスが悪い。この壁のシンクラックに小ナッツを決めた後、凹角内部のクラ
ックにカムを利かせながら、前回掘り起こしたクラックまでたどり着くと、周りは薄暮となる。
後、9m程。ここまで来ればなんとかなりそうと、小バンドで小休止し、いよいよまだ試していないクラックへ。
右手、右足をクラックに決め、体を上げるも、我が衣手は泥を纏いつつ、ずる、ずると下がっていく。もどかしい。ここへ来て、足の
踝にテーピングをしてないことに気付く。ソロのシステムに気を取られたばかりの注意力散漫か。右足の踝は皮がはげ、血まみれにな
っている。その血まみれの踝を岩に擦り付け、伸び上がる。
こんな、怪我をした部位を硬い無機質な物に強く当てる自虐的行為が他にあろうか?すべては落ちたくない恐怖心とルートを落とした
いという欲求のなせる業である。 フットジャムは、傷と血で効かせにくい。フィストジャムは、サイズが合わず、しかも土が付き、
壁を撫でる。「もっと念入りに掃除をしておけばよかった。!」
 無酸素状態で必死に左手を伸ばすが指は空しく空を切る。「ソロでは落ちれない、落ちたくない」そう思った刹那、無意識にロープ
を�拙み、テンションが入る。きわどい。事なきを得たがやはり、一発で登れなかったのは歯がゆい。
バンドまで後退し、ムーブを変え、再び登りなおすが、またしてもテンションが入る。
ここまで来ると、クライミング、その後のユマーリングと伐採でかなり腕力を消耗していることを実感する。そして、足もかなりむく
み、感覚が鈍ってきているようだ。立ち込みの支持力もなくなってきている。
 しばらく休憩を取りたかったが夜の帳はすぐに下りる。ゆっくりもしていられない。小休止の後、落ちるのを覚悟で最後の力を振り
絞り、あまいジャムに耐えながら左手を伸ばすと辛うじてホールドを捉えた。「これで終える」
 終了点のブッシュ帯に入り、休むのもつかの間、ヘッドランプを点け、5ピッチのビレイ点まで懸垂。再びユマーリングで終了点ま
でたどり着いたときには、しばらく動く気にも、さりとて感慨にふける気にもなれず、ただ、樹林帯の闇に視点を置き、しゃがみ込ん
で漫然とするのみ。
時計を見ると8時前である。9時間ぶら下がっていたことになる。くたびれるはずである。
 今日は家へ帰る余力は無いだろう。庵へ行こう。



後記
 北壁ルートは途中にブッシュ帯が入り、お世辞にもすっきりしたルートとは言えないが、いざ、取り付いてみると、久しく忘れていた
「何か」を思い起こさせてくれるものがあり、久しぶりに熱中させてくれた。いま、その「何か」と「これから」をゆっくりと思っている
ところである。
 
5月19日

 I辺さんの協力を得て、総仕上げの整備を行った。やはり、一人と二人では大違いであった。おかげで整備が大いに、そして楽にはか
どった。まだ草木が点在しているが、壁の傾斜が強く、なおかつ、下を道路が通っているために、落石を誘発させないことを考えて、こ
れ以上の伐採は行わないことにした。

 最後に、ビレイ点はステンレス製のボルト、ハンガーにしたが、すべての支点は、完全に腐食していたために、安全を考え撤去した。
よって、プロテクションはすべてナチュラルプロテクションとなるために、他のルートとは違い、多めのギアが必要となる。

以下は、フリー化した折に使用したギア一覧である。目安としていただきたい。
キャメロット(C4)
0.3×2
0.4×1
0.5×2
0.75×2
1×1
2×2
3×2
4×2
5×1

エイリアン
青、緑

ナッツ 1セット

ロープ シングルロープ

 本ルートは、九州ではめずらしく、オールナチュラルプロテクションのマルチピッチルートなった。ピンが無いために、ルート取り
に戸惑うかもしれないが、自らのイメージに依って進めば、おのずとルートは浮かび上がってこよう。支点に導かれること無く進む爽
快さは、ナチュラルプロテクションならではのものでる。
 言わずものがなではあるが、北面に位置し、登攀中はほとんど日が差さないために、比叡ではめずらしく夏向きのルートである。
以上




追記・・・・ビレイ点もクラックがそばにあればナチュラルプロテクションを使い、ビレイ点もボルトの設置を少なくしたいところで
あるが、記録のとおり、大半の整備を一人で行い、ソロで登ったため、ビレイ点はすべてボルト設置となった。
(ヨセミテでは、簡単なルートではビレイ点はクラックがあればナチュラルプロテクションで作るようになっていたが、難しいルート
では、やはりボルト設置が多かったようだ。)


コメント (3)
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