ところどころでこぼこだったり、彫がはみ出していびつな線だったり、けっして上出来とはいえない軽井沢彫り のお盆を愛用している。
裏を返すと、H9.UY の刻印(?)。
<平成9年ume > 今から、9年前、umeさん82歳の作。
まだ軽井沢で一人暮らしをしていた母が、老人会か何かの催しで、みんなと一緒に彫ったものだ。
少し古びてはいるが、毎日、重宝している。
疎開して、軽井沢で苦しい生活を送っていた若い日々、母はこう思っていたそうだ。
「自分たちは今、この池の淀みに沈んで朽ちかけている落ち葉だ。今は日も射さなければ、泥にも埋もれていようけれど、風が吹いたり、わずかでも水が流れてきたり、なにかの変化で、きっと浮かび上がることもあるはずだ」 と。
軽井沢彫りのお盆は、人生の端っこに訪れた、その小春日和のような日々の産物だろう。ヘタな彫りであるところが、いっそういとおしく思えてくる。
母は今、老人病院のベッドで暮らし、車椅子で、自力で移動している。
受け入れなければならないことの多い日々だ。
都合がつかず、二度も、妹が行くのを代わってくれた。せめて今度こそは行って、明るい話題で、笑いあってきたい。
早速にご訪問くださり、ありがとうございます。
お母様、お元気で趣味をお楽しみのご様子ですね。こころからお喜びいたします。
先日、「軽井沢燃ゆ」の千ヶ滝の通りを印刷して、母に送らせていただきました。きっと、軽井沢の日々を思い出し、安らいだ気持ちになったことでしょう。
懐古園や千曲川を、次には、また送ろうと。こんなプレゼントが出来ること、何よりありがたきことです。
どうぞよろしくおねがいいたします。
軽井沢彫り、ほんものは、とても精緻で、美しいですね。母たちのは、楽しむためのキットなので・・・、その上拙さも混じって、そこがなんとも!という所です。ナマのタッチが。
軽井沢、毎年のお母様とお義母様をまじえての旅でしたのね。きっと良い時間をたくさん過ごされたことでしょう。
夢の引き出し・・・どきどきしますね。
埼玉県立美術館も、見にいってみたい。
チヒロさんの宝物――お手元にある箱や踏み台には、お義父さまの心が灯っていますね。やさしく器用な方と、お義父様のこと想像いたしました。
千ヶ滝にもいらっしゃったのですね!なんだかホームグラウンドを共有しているようで、うれしいです。
ある年、千ヶ滝の、滝の落ち口(?)を(下から見上げているには事足りず)どうしても見たくなって、脇の崖をよじ登り、行って見たことがあります。普通の渓流でした。当たり前ですね。落差を流れ落ちているのですから。けれど、足をひたすと、30秒と入ってはいられない冷たさでした。
話が横道にそれました。
「美の壺」は、おもしろそうな番組ですね。こんど見てみましょう。
母のことも思いを馳せてくださりありがとうございます。近々母の所に行くので、みなさんのお話、お土産話にさせていただきます。
お母様おだいじに。
おはようございます。お母様策の軽井沢のお盆、素敵ですね。きっとルピナスさんの宝物として永遠に残ることでしょう。私も、今はもういない義父手作りの箱類や踏み台など(作成年月日までマジックで入れた)見ると懐かしく、まだ義父が生きている気がします。91歳ウメさんの軽井沢物語も、興味深く読ませて頂き、お母様に対するルピナスさんの暖かな思いを共有させて頂いています。折しも、私の大好きな、NHKの(美の壷)という番組で夕べは信濃路特集をやっており、ウメさんの物語とダブらせながら楽しく見ました。私にも、軽井沢は懐かしい場所です。高校時代の友人は長倉(鶴溜?)とかいう所で当時ご両親が別荘管理の仕事をされており、よく遊びにいきました。千ガ滝もよく行きました。ルピナスさんのブログ今後も楽しみにしています! お母様の日々にどうぞ幸せなことが少しでも多くありますように。チヒロ
このお盆は、細部は見せられないようなものですが、それでも母の元気が詰まっていると思うので、大事に使いましょう。母からのリクエストも、そろそろ届く頃です。
☆ちょうどたこさんのページにコメントしようと思っていた所に、書き込んでくださってうれしいです。
ありがとうございました。
いつもは読ませていただくだけですが、今日はお母上様の軽井沢彫りをすばらしいと思いましてコメントを入れます。
「軽井沢彫り」があるとは知りませんでした。
桜の模様のようですが、一刀、一刀細心の注意を払いながら彫られたことでしょう。ルピナスさんが使い込まれるに従ってもっともっとこのお盆に味が出てくることでしょう。
お母上様お元気で何よりです。
次のお土産は何ですか?
何か催促の書状が届きましたか?