中国迷爺爺の日記

中国好き独居老人の折々の思い

フライトキャンセル

2006-12-12 08:06:34 | 中国のこと
  「中国人を理解する30の『ツボ』」(講談社+α新書)という本を読んだ。著者は李景芳という中国広西壮族自治区柳州市生まれの女性で、広州外国語学院日本科卒業後日本の大学院で学び、日本に滞在して語学教育、翻訳、通訳に携わっている人である。この本は著者によれば「中国と日本の客観的な文化の比較や批評というよりも、私の周辺の中国の人々、日本の人々の顔を一人ひとり思い浮かべながら、実際に体験してきたゴマ粒のような出来事、疑問、呟きを拾い集めたもの」ということである。文化大革命時代の中国を経験し、日本にも長く滞在している中国人の目から見た日本観、中国観や日本人観、中国人観は、時には鋭い指摘も含みながら公平で抑制の効いた文章で、読みやすい。最近巷に溢れている感のある、偏見に基づいた、あるいは為にするような浅薄で感情的な中国批判本に比べて、声高ではないが格段に質は高いと思った。中国には興味・関心はあるが中国や中国人というものに何かある屈折した感情を持っている人には一読を薦めたい。読んだ後で「やはり中国人は・・・」などと性急に結論付けるのではなく、こういう隣人なのかと彼我の違いに時には溜息しながら、難しいけれども理解しようとすれば、何か収穫はあるだろうと思う。また、日本人として我が身を省みる手がかりにもなるだろう。

 この本の中に述べられているさまざまなことの中には、私の乏しい経験に照らしても思い当たることは多くて面白かったが、その中の1つにこんな話がある。

  広州で国内便に乗り換えようとしていた時、搭乗予定の飛行機は人数が少ないので出発時刻が変更になった。航空会社は乗客をホテルに連れて行き休憩の部屋や食事の用意を始めた。乗客の中のビジネスマン達は「商談がダメになったら民航は責任を取るのか」と怒り出したが、社員は動ぜずレストランに案内した。するとそこにはその前の便もキャンセルになって待たされていた乗客達がいた。6時間後にやっと搭乗したが、3便の乗客で満員だった。離陸前の安全装置の説明が始まっても客たちは大声で文句を言っていたが、1人の乗客が「何が救命胴衣だ!商売がダメになったら誰が救命してくれるんだ!」叫んだので、機内に爆笑が起こった。

  私にも似たような経験がある。2004年に貴州に行った帰り、省都の貴陽から広州へ戻ろうとした時のことだ。午後2時前のフライトを予定していたが、出発30分前頃なって服務員らしい男性が乗客達を呼び集めた。20人足らずの乗客の前で男性が何やら話すと何人かが大声で罵り出した。こういう時の中国人の声はまことに大きい。どうやら抗議しているらしいが、私にはさっぱり分らない。そのうちに係員の話の中に「5点半(5時半〉」という言葉を聞いたので、これは遅延だろうと見当がついた。それにしても後3時間もある。もう少し事情が知りたいと思って係員に英語ができるかと尋ねたが分らないと言う。諦めかけたところに1人の女性服務員が来て英語で話しかけた。そこで下手な英語で事情を尋ねると「遅れる」と言う。なぜ遅れるのかを聞いても「遅れる」の繰り返しでそれ以上は私の英語能力ではどうにもならないので引き下がった。するとその服務員は紙コップに茶を入れて持ってきて、私をビジネスクラスの待合室に案内した。そこには大きなソファーがあって一般の座席よりは楽だが、3時間待つことを思うと憂鬱な気分になった。遅れる時は水や軽食のサービスをすることがよくあるが、それもない。手持ち無沙汰のままに3時間が過ぎ、やっと搭乗の案内があった。搭乗口の近くの表示板を見ると、何のことはない次の便に乗せられるので、遅延ではなくキャンセルだったのだ。搭乗するとまた一騒動。この便の正規の乗客が先に搭乗して座席に着いているから、我々先の便の乗客の予定の座席と当然ダブってしまっている。またまた大きな罵り声が機内に響く。どうにか空いた座席に座らせてやっと落ち着いた。ほっとはしたが、広州で1泊することにしていたのでよかった、もし日本に帰る便を予約していたら乗ることができなかったかも知れないと思ったことだった。

  李景芳さんの経験のようなホテルや食事のサービスもなく、紙コップに1杯の茶だけ〈それも私にだけ〉で、人数が少ないだけでフライトキャンセルなんて日本では考えられないことだと呆れてしまった。広州空港ではよく遅延があるようで、私も広州から貴陽に向かう便はいつもと言っていいくらい遅れたことを経験している。帰りの国際線でもらった新聞を見ると、中国南方航空では遅延が大きかった場合には保障することになったと言う記事があった。よほどよく遅れるので問題になったのだろう。私の乗った国内線も南方航空だったが保障の気配もなかった。帰って西安の李真に尋ねてみたら、フライトキャンセルはよくある。3時間くらいでは保障はないだろうねと言った。3時間以内ならしょっちゅう遅れるということか。

 中国の国内航空路線網は非常に発達している。使用している機体はボーイング社かエアバス社のものばかりで新しいものも多い。操縦士の技術は世界水準から見ても優秀だと言うことだ。最近は大きな事故はほとんどない。そういうことでは安全なのかも知れないが、しょっちゅう遅れたり、人数が少ないからと言ってフライトをキャンセルするようではいただけない。国内線でもこれからも外国人乗客はどんどん増えるだろうから、こんなことをやっていては信用されない。外国人のことはさておいても、自国の利用者を大切にすると言う基本的な考えが乏しいように思う。伝統的な官尊民卑の陋習が根強いのだろう。キャンセルなどされたら、どんなに被害を受ける者があるかも知れないと言うことなどには考えが及ばないか、考えもしない官僚的な態度は鼻持ちならない。中国は今では正真正銘の大国だが、これからは国際的な常識が各界各層に浸透して実践されなければ、いつまでも「モラル後進国」の誹りを受けることになるだろう。それは中国迷にとってはとても残念なことだ。