今日は冬至。昼が一番短い日だ。明日から春分に向けて日は次第に長くなっていく。一陽来復と言うが、春はまだ遠い。
冬至だから今夜は柚子湯をすることにして柚子を買ってきた。半分に輪切りにして風呂の湯に浮かべると、良い香りがした。皮の黄色も良いものだ。湯船に浸かって浮かんでいる柚子を見ていると、私の体の動きで湯が動き、それに連れて柚子もぷかぷかと移動して、私に近づいてくる。その様子が何となく愛らしい感じもした。鼻先で止まると良い香りがする。手にとって切り口を嗅いだり、皮に爪でちょっと傷つけたりすると香りが強くなる。安物を買ったからこの程度なのだろうか、高いものならもっと香りが強いだろうか、いや、そんな良い柚子なら風呂に入れないで飲むほうの柚子湯にしたほうがいいかなどと取り止めもないことを考えているうちに体が温まってきた。柚子は血行促進効果が高く、冷え性や神経痛、腰痛などをやわらげ、とくに血液の流れを良くするとかで、気のせいかいつもよりは温まった感じがした。香りもいいし、視覚的にも美しく、体も温まる。柚子湯はなかなか良いものだと改めて思った。我が家の湯船はステンレス製で、これが檜で作ったものならもっと情趣があり温かさも違うのではないだろうか。
冬至と言えば、かぼちゃを食べる風習も昔からあるようだ。妻は冬至の夜の食卓にはいつもかぼちゃを出した。これが息子達にはかなり不評だったが、「冬至にかぼちゃを食べるといいのよ」と妻は半ば強制的に食べさせようとするし、幼い頃から「お母さんの作ったものは嫌いと言ってはいけない」と言い聞かせていたので、しぶしぶ食べていたようだった。妻も工夫してポタージュにしたりしたが、やはり息子達には有り難くない風習だったらしく、妻が逝ってだいぶたってからも、「あれはかなわなかったなあ」などと話し合っているのを聞いておかしく思ったものだった。私もことさらにかぼちゃを食べようとは思わないので、妻がいなくなってからは冬至だからと言ってわざわざ買うことはしなかったが、街の和食の店で今日食べた弁当にはかぼちゃの煮たものが一切れ入っていたから、図らずも風習を守ったことになった。
妻は節分の夜には鰯を焼いて出した。冬至のかぼちゃと同じように妻はそういうことにかけては几帳面だった。しかし、土用の鰻は出たことがなく「君は土用の鰻は出さないねえ」と冷やかしたこともあった。結婚した頃も子供ができた頃も今と違って中国産の鰻などはなかったので、鰻はそれほど安いものではなかったから、あの頃の妻にとって鰻については、風習を守るよりも家計を守るほうが大きなことだったのだろう。それとも妻は鰻があまり好きと言うほうではなかったから気が向かなかったのか、今となっては確かめようもないことになった。
冬至だから今夜は柚子湯をすることにして柚子を買ってきた。半分に輪切りにして風呂の湯に浮かべると、良い香りがした。皮の黄色も良いものだ。湯船に浸かって浮かんでいる柚子を見ていると、私の体の動きで湯が動き、それに連れて柚子もぷかぷかと移動して、私に近づいてくる。その様子が何となく愛らしい感じもした。鼻先で止まると良い香りがする。手にとって切り口を嗅いだり、皮に爪でちょっと傷つけたりすると香りが強くなる。安物を買ったからこの程度なのだろうか、高いものならもっと香りが強いだろうか、いや、そんな良い柚子なら風呂に入れないで飲むほうの柚子湯にしたほうがいいかなどと取り止めもないことを考えているうちに体が温まってきた。柚子は血行促進効果が高く、冷え性や神経痛、腰痛などをやわらげ、とくに血液の流れを良くするとかで、気のせいかいつもよりは温まった感じがした。香りもいいし、視覚的にも美しく、体も温まる。柚子湯はなかなか良いものだと改めて思った。我が家の湯船はステンレス製で、これが檜で作ったものならもっと情趣があり温かさも違うのではないだろうか。
冬至と言えば、かぼちゃを食べる風習も昔からあるようだ。妻は冬至の夜の食卓にはいつもかぼちゃを出した。これが息子達にはかなり不評だったが、「冬至にかぼちゃを食べるといいのよ」と妻は半ば強制的に食べさせようとするし、幼い頃から「お母さんの作ったものは嫌いと言ってはいけない」と言い聞かせていたので、しぶしぶ食べていたようだった。妻も工夫してポタージュにしたりしたが、やはり息子達には有り難くない風習だったらしく、妻が逝ってだいぶたってからも、「あれはかなわなかったなあ」などと話し合っているのを聞いておかしく思ったものだった。私もことさらにかぼちゃを食べようとは思わないので、妻がいなくなってからは冬至だからと言ってわざわざ買うことはしなかったが、街の和食の店で今日食べた弁当にはかぼちゃの煮たものが一切れ入っていたから、図らずも風習を守ったことになった。
妻は節分の夜には鰯を焼いて出した。冬至のかぼちゃと同じように妻はそういうことにかけては几帳面だった。しかし、土用の鰻は出たことがなく「君は土用の鰻は出さないねえ」と冷やかしたこともあった。結婚した頃も子供ができた頃も今と違って中国産の鰻などはなかったので、鰻はそれほど安いものではなかったから、あの頃の妻にとって鰻については、風習を守るよりも家計を守るほうが大きなことだったのだろう。それとも妻は鰻があまり好きと言うほうではなかったから気が向かなかったのか、今となっては確かめようもないことになった。