中国迷爺爺の日記

中国好き独居老人の折々の思い

食品の起源

2009-04-05 08:53:13 | 身辺雑記
 コーヒーは好きだ。と言っても、銘柄やブレンドがどうのという凝り性ではないから、思いついたら飲む程度だが気分が落ち着く。

 
 カップの中のその黒い液体を見ていると、考えようによっては奇妙な、こんなものを飲むようになるまでにどんな歴史があったのだろうと考えることがよくある。果実から種子(生コーヒー豆)を取り出して乾燥し、焙煎後粉砕して水や湯で抽出する。別に複雑な操作はなく簡単なものだが、それでも初めからこのような手順があったわけではないだろう。

 ネットで調べてみると、コーヒーの起源は伝説の中にあって定かでないようだが、紀元前のエチオピアの高原で、自生しているコーヒーの実を潰して動物性脂肪で団子状にしたものを携帯食としていたようだ。6世紀から9世紀になるとイエメンのイスラム神秘主義修道者が、徹夜で行う瞑想や祈りのときの眠気覚ましとして用いた。13世紀頃にコーヒー豆の焙煎が行われるようになり、15世紀には一般民衆にも飲まれるようになった。16世紀末にはヨーロッパに伝わり、急速に全土に広まった。当初はトルコ式に豆を煮出した上澄みを飲んでいたが、18世紀になると布で漉す方法が考案された。最初は特定の宗教者だけだったものが、いったん民衆に普及すると、急速にその習慣が広まったことがわかる。それだけコーヒーには洋の東西を問わず愛飲される要素があったのだろう。

 コーヒーに限らず、加工された飲食物には、どのようにしてここまでに至ったのだろうと考えさせられることは多い。多くは余剰物が出るようになって、それを保存したいと考えたたことに始まりがあったのだろう。一番簡単なことは日干しで、それからは塩漬けや燻製などを思いついたのではないか。保存という段階から、加工して食べるということが出てきたのだろう。中には加工しないと食べられないものもあったはずで、例えば熱帯地方で栽培されているキャッサバという芋には青酸系の有毒成分が含まれているが、この有毒成分は水溶性なので、でんぷんを水に晒して食べられるようにしている。非常に簡単な方法だが、それでもこのようなことにたどり着くには、いろいろと試行錯誤があったのだろう。