落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(103)

2013-10-02 11:10:43 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(103)
「子宮頸がんの症状と、その治療法について」



 「子宮頸がんは、初期には全く症状がないことが特徴です。
 そのために自分で気づくことはできません。
 不正出血やおりものの増加、性交のときの出血などで、気がついたときには、
 すでにがんが進行しているということも少なくありません。
 がんが進行してしまうと、子宮をすべて摘出する手術が必要になることもあり、
 妊娠や出産の可能性を失い、女性にとっては心身ともに大きな負担になってしまいます。
 また、まわりの臓器にがんが広がっている場合は、子宮だけではなく、
 そのまわりの卵巣やリンパ節など、まわりの臓器もいっしょに摘出しなければなりません。
 遅れれば命にかかわることもあります」


 「初期の段階で、痛みや自覚症状がないというのは、他のがんなどと
 まったく同じ傾向のようですね。先生」

 
 「これ。美恵子と言いなさい。美恵子と。
 がんは沈黙の病気と言われるほど、初期段階の発見がとても難しい病気です。
 それだけに普段からの検診や検査は、初期発見には有効となります。
 子宮頸がんの治療法としては、手術療法や放射線治療や抗がん剤による
 化学治療などがあげられます。
 がんの進み具合や、がんの部位、年齢や合併症の有無などによって治療法も異なります。
 初期のがんであれば、妊娠の希望を考慮することもできます。
 子宮頸がんの進行は、がん細胞が子宮頸部の粘膜上皮にとどまっている状態の、0期から、
 子宮のまわりの臓器や、他の臓器にまで転移するIV期まで、段階ごとに分類をされます。
 0期またはIa1期までの初期に発見できれば、子宮頸部(けいぶ)の一部を切り取る手術
 (円錐切除術)だけで済み、その後の妊娠も出産も可能です。
 Ia2期以降になると、子宮の全摘出を行うことになり、
 II期では、卵巣や卵管も含めて子宮をすべて取り除く手術が必要になります。
 また、さらにがんが進行した場合には、放射線治療や化学療法なども並行して行われます」


 「美和子が言っていた3a~bというのは、どの分類にあたるのですか」


 「病巣が4cm以内のものをIb1期と呼び、
 Ib2期になると病巣は4cmを超える、と規定されています。
 さらにその上の進行状態が、II期と呼ばれています。
 分類法の表現が少々変わりましたので、3a~bは、このII期に含まれます。
 がんが子宮頸部を越えて広がり、骨盤壁または、腟壁の下1/3に、
 達しはじめた状態と考えられます。
 千尋さんの場合、予断を許さないこのあたりを状態と考えられます。
 場合によれば子宮の摘出も必要でしょうし、常にそうした危険性がつきまとっているのは
 事実でしょう。専門外ですので、それ以上の細かいことは私からは
 なんともいえません」


 「子宮頸がんという病気は、女性の体へ重い負担をかけるばかりか、
 精神的にも、はかりしれないダメージが与えるものなのですね。先生。あ、
 いけない、・・・・恵美子さん」



 「子宮頸がんは他のがんと異なり、原因が完全に解明をされています。
 子宮頸がんの原因はほぼ100%、ヒトパピローマウイルスというウイルスによる
 感染であることが明らかになっています。
 子宮頸がんの原因になるこの発がん性のウイルスは、皮膚と皮膚(粘膜)の接触によって
 感染をするウイルスです。多くの場合、性交渉によって感染すると考えられています。
 女性の約80%が、一生に一度は感染をしていると報告があるほど、ごくありふれたウイルスです。
 そのために性行動のあるすべての女性が、子宮頸がんにかかる可能性を持っています。
 ということになると女性のみならず、男性の側にも責任の一端があります。
 感染症のエイズの予防のようにに、コンドームを使うことも有効です。
 病気を予防するうえで、清潔なセックスを営むことが大切で、
 そのためにも、お互いのたしなみというものが必要とされます。
 あら・・・・いつのまにか、ずいぶん生々しい話になってしまいました。
 これでは、あなたと私のあいだに、恋愛感情なんかは生まれてきませんね。うふふ」


 「子宮頸がんの彼女と向き合うためには、何が必要になるのですか。先生」


 「あら。やっと目つきが変わってきたわね、康平くん。
 患者さんにとってなによりも大切なことは、自分自身の治癒力を開花させることです。
 昔から、病は気からというけれど、自ら治そうと決意することが一番です。
 お先真っ暗になって何もやる気が起こらなくなってしまうようでは、まず病に勝てません。
 知識不足から生まれてくる不安や焦燥感は、学ぶことで改善をされます。
 辛い症状が断続的に現れるために、家族やパートナーの理解と協力も必要とします。
 食生活や習慣を見直すことも大切です。

 居酒屋で、鮮度の良い野菜ばかり使っている康平くんなら、
 意味を説明するまでもかく、十二分に理解していると思います。
 まず生活習慣を見直してみることが、重要です。
 ストレスなどを溜めやすい生活を続けていると、病気への免疫力が低くなり、
 病気も悪化しやすいと言われています。
 睡眠不足や散乱した自室などは、無自覚のままにストレスを少しずつ溜めていく
 原因にもなるので、病気を機に改善してみるのもいいでしょう。
 さて、それでは見守る側の康平くんには何ができるのでしょう。


 医学が日々進歩をし、さまざまな治療法が進化を遂げる今の時代、
 未来へ希望を持って明るく進む患者さんと、そのサポーターとしての存在が大切になります。
 何ができるのかは、自分の頭でしっかりと考えなさい。
 まずは、自分の目の前にいて今も病気と闘っている彼女自身をしっかりと、
 正面から受け止めて、見つめてあげなさい。
 目を離さずに、助けを求めてきた時には正面からしっかりと受け止める決意がなによりも必要です。
 あなたがそういう姿勢を見せ続けている限り、彼女はもっと元気に前を向けるでしょう。
 人間はたかが病気なんかに、決して負けません。
 負けてしまうのは、折れてしまう人の心だけなのです。
 医療は物理的に患者を救済しますが、折れてしまった心のための援助は、
 家族やパートナーからの愛が一番だと、個人的に、私はそのように考えています。
 あなたに出来ることと、成し遂げるべきことは、山のように有ると思います。
 あら、まぁ・・・・また余計なお節介などを、やいていますねぇ~。
 あたしったら。ふふふ」



 「ありがとうございます。先生。
 漠然とですが、彼女と、正面から話し合える勇気が湧いてきました」


 「高くつくわよ。講義料は」



 「はい。是非またお店に顔を出してください。
 美味しい料理をたくさん作って、先生を大歓迎をします。
 じゃあ、ここの分は払っておきますので、ゆっくりと残りの時間を過ごしていってください」


 「馬鹿言うんじゃないわよ。この子ったら。
 年下の男の子に、おごってもらうほど私はまだ、それほど落ちぶれていません。
 全部払ってあげるから、美和子の分もそのままにしておいてください。
 ねぇぇ。あんたのことでしょう。
 高校生の時に、美和子を映画館に誘っておいて、放ったらかした男の子というのは。
 やっぱり、そうか。あんたがねぇ・・・・ふぅ~ん。
 まあいいか。なんだかんだと言ったって、人生はなるようにしかならないもの。
 あら。前言とだいぶ異なって、いつのまにか後ろ向きの発言をしていますね、あたしったら。
 ごめんごめん、取り消してちょうだいな。いまの部分だけはね!。あっはっは」



 女医先生は別れ際に、笑いながら『また会いましょう』と片手を振っています。
見送られるような形で席を立った康平が、吊り鐘のドアの前でふとまた立ち止まります。
もう一度女医先生へお礼を言うために、康平が振り返ります。
しかしすでに女医先生は、何事もなかったかのように自分の読書に没頭をしています。




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