落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(114)

2013-10-14 11:01:00 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(114)
「堅気の世界に法律があるように、不良の世界には仁義がある」 


 
 「協力者がひとりいます。
 貞園という女の子が、一週間だけ君来夜へ手伝いに行きます。
 狙われている幹部は、この一週間の間に必ずお店に現れると思います。
 襲撃の日は確定できませんが、内部に協力者がいるということは、
 警察よりも先に、店内の異変を察知することができます。
 表に逃走用の車を配置しておけば、店から出た瞬間に実行犯を確保できます」


 「なかなか面白い話だ。
 で、そいつを捕まえたあとはどうする。それもすでに考えてあるんだろう」


 「国内に潜伏させたのでは、いつかは警察か組織に発見されてしまいます。
 また国内に置いたまま放置すれば、美和子との腐れ縁も断ち切ることが出来ません。
 漁船を使って密航をさせ、台湾あたりを経由してから中国へ送り出してしまえば簡単です。
 密出国になりますので、二度と日本に戻って来る事は出来ません」


 「ワルだな、お前は。
 だが店内で発砲されて、けが人や死人が出たらどうするつもりだ。
 第一、協力者だというその女の子は、すこぶる危険な立場に立つことになる。
 未然に防ぐことが最善で合法的に決着をつけるためには。やはり警察に委ねるべきだろう。
 なんでいまさらになって、ことさら美和子をかばおうとしているんだ、お前は。
 仮にも夫婦だ。同じ運命を共有するのは、夫婦としては当然のことだろう。
 暴力団と関係があり、発砲事件の実行犯という事実はどんなことをしても隠しようがない。
 それでもお前は、水面下ですべてを片付け、女だけを助けてくれと俺に頼むのか。
 まったくもって呆れ果てたやつだな。
 そこまで惚れているのならこうなる前に、手立てはいくつも有っただろう。
 いまさらながら往生際の悪い男だな、お前さんも」



 「はい。すべてを承知の上でこうしてお願いに上がっています」


 「なるほど。すべてを承知の上で、覚悟のほうもしっかりと決めて、
 この俺のところへ、無理を頼みにきたわけだ。
 話の内容はよく分かった。じゃあせっかくだからその覚悟というやつを見せてくれ。
 表に車が停めてある。ちょっとそこまで来てくれ。
 お前さんに見せたいものがある」


 銀行の紙袋を懐へ収めた岡本が、ゆっくりと立ちあがります。
案内をされるままに、康平も少し遅れて表に出ます。
午後10時を回ったばかりの駐車場は、半分ほど高級車で埋められています。
ここへ来る人たちの『人種』を物語っているような、いつもながらの駐車場の雰囲気です。
岡本の白いベンツは、一番奥まったうす暗い一角に止められています。
ベンツの運転席と助手席に、時間を持て余している若い男2人の姿が見えます。


 助手席側へ回った岡本が、軽く窓ガラスをノックしています。
2言3言、小さな声での会話が交わされたあと、男がベンツから降りてきます。
見るからに長身です。岡本よりも頭一つは大きく、ゆうに185センチを超えています。



 「坊主。こっちだ」




 長身の青年を従えた岡本が、駐車場の裏手へ歩いていきます。
国道122号線と、わたらせ渓谷鉄道に挟まれている此処のテナントの敷地は、
少し歩いていくだけで、鉄道と渓谷を見下ろす狭い土手の高台に出ます。
足元から水音が絶え間なく聞こえてくる暗闇の真ん中で、ようやく岡本が立ち止まります。


 「もう一度だけ聞いておく。
 さっき俺に話したことは全部ほんとうの話で、お前さんも本気なんだな。
 美和子を助けたいという一心だけで、不良の俺に力を貸してくれという気持ちに、
 嘘はないんだな。」


 暗闇の中でも、鋭く康平を見つめてくる岡本の眼力がひしひしと感じられます。
気迫に押され一歩下がりかけた康平が、拳を強く握りしめて後退をようやくのことで防ぎます。
長身の青年は岡本の背後で両腕を組み、口をへの字に曲げたまま微動だにしません。


 「なるほどな。たしかに覚悟は決めていると見える。
 だがな、康平。悪いが、この話を俺としては、受けることはできない。
 胸に手を当てて、事態の顛末をもう一度よく考えてみろ。
 お前の考え方はまるで正気じゃねぇ。社会人としての常識を大きく踏み外している。
 ヤクザの世界にも付き合いというものがある。そこには義理もあれば仁義もある。
 お前のように物事を都合よく、好き勝手に考えて行動をしていたら、
 いつかは世の中の収集がつかなくなる。
 世間には法律というがあり規則を守って生きるのが、一般常識人の努めだ。
 不良にも横の連帯はある。よその組とは言え、そいつを裏切ることは仁義の道に反する。
 不良に理不尽なことを頼めばどういうことになるか、身をもって教えてやろう。
 おう。かまわねえからこの小僧を、2、3発、本気で痛めつけてやれ。
 手を抜くんじゃねえぞ。ただし、致命傷だけはあたえるな。あとが厄介だ」


 「しかし親分。それじゃ話が・・・・」



 「ばかやろう。親分じゃねぇ、人様の前では社長と呼べ、このトンチキ。
 いいか康平。なにがあろうと、お前さんの頼みごとには応えられねぇ。
 俺たちは今夜、話は一切しなかったし、逢ってもいないということでここで終わりにする。
 だがな。不良に物事を頼めば金ばかりか、あとあとが厄介できわめて面倒なことになる。
 一般人なら大変な目にあわせるところだが、お前さんは俊彦の可愛い一番弟子だ。
 痛い目を見てもらうだけで、俺も我慢をする。
 いいか。これに懲りたらつまらないことで不良に力を借りるんじゃねぇ。
 一般市民なら、先にやるべきことが山ほど有るだろう。
 第一そんなざまじゃ、せっかく助けてやった美和子だって、また結局失う羽目になっちまう。
 お前さんが住んでいるのは、法律と常識に守られている堅気たちが住む社会だ。
 俺たちは、仁義というやつを背負って義理人情だけで生きていく異端児の世界だ。
 2つの世界に交わる道もなければ、共通の利益なんてやつも存在しねぇ。
 これに懲りたらもう2度と、勘違いをおこすんじゃねぇ。
 俺は、お前さんみたいに甘ったれで、自分勝手で、ご都合主義な男が大嫌いだ。
 腹が立ってきた。おい。俺の分まで2、3発、こいつを余計に
 ぶん殴ってっておけ!」


 激しく高台の砂利を踏みしめて、岡本が2人を置いたまま立ち去っていきます。
白いベンツではもうひとりの青年が、運転席で窓を開け、タバコをゆうゆうとふかしています。



 「ばかやろう。お前も、ちょっと目を離すとすぐこのざまだ。
 最初の1本を我慢すれば、タバコなんか簡単に辞められると教えたばかりだろう。
 どいつもこいつも、気が利かねぇやつばかりだな。まったくもって・・・・。
 まぁそれも仕方ねぇか。俺様の教育不足と指導力の不足のせいだ。
 もう少ししたら康平とお前の相棒が、ここへ戻ってくる。
 そうしたら何も言わず、康平を自宅までちゃんと責任をもって送り届けてこい。
 場所は、ここから大胡街道をまっすぐ西へ走り、新里の駅を過ぎると簡易郵便局が左にある。
 そこを右折すると高台に大きな桑の木が見える。その下が康平の実家だ。
 なにを、ヘラヘラ笑いはじめているんだよ、このばかやろう。
 ・・・・そうだよ。お前の推察の通りだよ。そこが、俺の初恋相手の千佳子の嫁ぎ先だ。
 これから送っていく康平ってのは。その可愛い一人息子だ。
 わかったな。わかったらちゃんとやっておけ。
 それが終わったら、もうそのままこの車ごと帰っていいぞ。
 俺は俊彦と2人でタクシーで帰る。
 あ、いけねぇ忘れるところだった。この金も降ろす時に返してやれ。
 康平が持ってきた現金だが、受け取るわけにはいかねぇ。ちゃんと返してやってくれ。
 だがな。何を聞かれても、いっさい余計なことだけは言うんじゃねぇぞ。
 これで何か美味いもんでも2人で食え。ほら」



 運転席の青年へ、康平の現金と2人への小遣いを手渡した岡本が
『うまくやれよ』と一声を残し、のっそりと背を向けてスナック「辻」へ戻っていきます。


 (まったく、今時の若いもんてやつは、どいつもこいつも助からねぇ野郎ばかりだ。
 初恋の千佳子の一人息子で、俊彦の一番弟子をぶん殴る俺の身にもなってみろってんだ。
 情けなくて涙が出てきやがるぜ、まったく。今夜は浴びるほど飲むか。
 辻のママと俊彦でも思い切りいじめながら、うっぷんでもを晴らすとするか。
 まったくなぁ、・・・・悲しくてやりきれねえぜ、ちくしょうめ)






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