落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(116)

2013-10-17 10:26:15 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(116)
「康平をボコボコにした張本人と、なぜか意気投合する貞園」



 「まいったね。電話で岡本と名乗った瞬間に『殺してやる』と大絶叫されたのは
 君が初めてだ。そんなに酷かったかい、あの日の康平くんは」


 ゴルフショップからの帰り道。白いベンツを運転している岡本が、
すでに満足いっぱいに微笑んでいる助手席の貞園に、そう声をかけています。



 貞園に、見知らぬ番号から電話がかかってきたのは昨夜のことです。
事前に康平から、『折り返し岡本という人物から君へ電話が入ると思う。
かかってきたらすぐに出てくれ。君におりいっての頼みごとがあるそうだ』
という連絡が入っています。


 岡本といえば、数日前、康平をボコボコにしてしまった当の張本人です。
その当人から電話がかかってきたら、いきなり頭ごなしに怒鳴りつけてやろうと、貞園が
手ぐすねをひいて待ちかまえています。


 『もしもし、岡本ですが』と相手が名乗った瞬間、貞園の怒りはいきなり頂点に達します。
鼓膜を切り裂くほどに鋭どく響いた貞園の悲鳴は、受話器のはるか向こうにまで、
果てしなく、これでもかとばかりに響き渡っていきます。
充分なほどの手応えを感じた貞園が、『してやったり』とニンマリと笑います。



 「なるほど。康平くんが明言していたように、確かに君は相当のおてんばだ。
 事前に聞いておいたから、耳への直撃を受けずに済んで幸いだった。
 ぜひとも君と話がしたいので、明日の午前10時に、前橋の駅前広場でお会いをしたい。
 目印は白いベンツ。ナンバーは5910(ごくどう)だ。じゃ詳しくはその時にまた」


 と、いきなり電話が切れてしまいます。
『おっ、さすがに修羅場をくぐってきただけのことはある。実に、抜け目のない対応をするオヤジだ。
 よし。こうなったら明日合った瞬間に、今度は思いっきり蹴飛ばして、引っ掻いてやる!』
と貞園が、あらためての作戦を立て直します。
その翌日。貞園が時間とおりに駅前広場へ出かけていくと、白いベンツはすでに到着をしています。
白線内にきっちりとした形で駐車されていますが、運転席にそれらしい人影は見当たりません。
再び出し抜かれてしまった貞園が諦めきれずに、運転席を覗き込んでいます。



 「君が噂の貞園か。なるほど。
 予想していた以上に、すこぶるの美人だし、かつチャーミングな女の子だ。
 おてんばでさえなければ、引く手あまたで、男にモテるだろうに。
 おっとと。とりあえず至近距離へ寄ってくるのは、まだやめてくれよ。
 その赤くキレイに磨きこまれた鋭い爪で、思い切りひっかかれた日には、
 女房へのいいわけで俺が、大変なことになる」

 「あらまぁ。私の必殺技まですでにご存知なの?、でしたらもう、完全に打つ手がありません。
 降参いたします。もうお手上げです」


 「いさぎが良いというのも、気に入った。
 この先の行きつけのゴルフショップで、レディスウェァの『ブルークラシッュ』が
 冬物の新作を、鳴り物入りで発表しているそうだ。
 若い女性層をターゲットに、大人可愛いがテーマーの冬物新作が目白押しだそうだ。
 君もゴルフをやるんだろう。君さえよかったらそこを覗いてから、
 その後に、お茶を飲みながら頼みごとの相談をしょう」



 「えっ、。ピンクと黒をメインカラーにしている、『ブルークラシッュ』の新作の発表会!。
 なんで私の気に入りの、ゴルフウエァまでご存知なの」

 
 「それも、ある筋の情報からすでに入手済みさ。
 メディアからも大注目!。超キュートな女の子の為のゴルフウエアの『BLUE CRUSH』。
 カラフルな色合いと、にぎやかなパターンに、もう、あなたの胸はキュン!
 これでコースに出れば、お目立ち度100%は間違いナシです・・・などと、案内状に書いてある。
 いつもの俺なら、こんなものはさっさと丸めてクズ箱へポイだが、今回だけは話が別だ。
 どうする、行くのか行かないのか。早く決めてくれ。
 忙しいんだぜ。こうみえてもおじさんは」



 「『BLUE CRUSH』の冬物の新作か。
 まいったなぁ、乙女の心がもう、まったくもってメロメロだぁ。
 はい。もうまいりました。完全におじさまに降参します。
 ブルークラッシュの新作同様に、おじさまにも胸がキュンになってしまいそうです。
 お初にお目にかかります。台湾生まれの朴貞園と言います。
 『じょんうおん』と本来は発音しますが、お友達はみんな私のことを、
 貞ちゃんと呼んでます。おじさまもよかったら『ていちゃん』と呼んでくださいな」


 「嬉しいね。ジジィがおじさまにまで、ついに昇格をしたか。
 それでは君の気が変わらないうちに早速行こう。肝心の話はそのあとだ」



 『大人可愛い」をコンセプトに、20代の女性ゴルファーを中心にお洒落なウェアを
発表し続けているブルークラッシュは、芸能人の間でも人気のあるブランドです。
ゴルフ場以外でも気軽な街着としても着用できることから、貞園もよく愛用をしています。
ショップ内に華やかに並んでいる冬の新作の様子に、店内に入った瞬間から早くも
貞園の目と心は、ウキウキとしっぱなしです。
足早に歩き回りながら、品定めを繰り返している貞園の手元にはいつのまにか
冬物の上着からスカートまでの新作が、一通り握り締められています。
そんな貞園の様子を遠くから見つめていた岡本が、頃合を測って店員を呼びつけます。



 「あの子が手にしている新作の全部を、ギフト用として包装してくれ。
 ついでに、上へ羽織るパーカをまだ選んでいないようだから、そいつもついでに見てやってくれ。
 すべてが揃ったら、会計はいつものようにこいつで頼む」


 馴染みの女性店員へ、慣れた手つきでカードを渡します。
「承知しました」とカードを受け取った女性店員が、愛想笑いを浮かべて貞園に歩み寄ります。
まだ熱心にあれこれと物色中の貞園へ『お決まりですか』と声をかけます。
『あちらのお客様から・・・・』と、事の次第を説明しはじめると、
途端に貞園の顔色が変わります。


 「いけません。全部、自分で払います。
 会ったばかりなのに、いきなり高価なプレゼントをいただいては、後で私が困ります」



 「遠慮するな。こう見えても(ヤクザ)は、すこぶるの金持ちだ。
 念の為に言っておくが、カードをつかって不正を働いているわけじゃない。
 俺が(不良が)汗水たらして稼いだ、まっとうな金だ。
 上に羽織る冬物のパーカを選ぶついでに、帽子と揃いのお洒落な靴下も選ぶといい。
 それで一通りの、今年の冬のファッションが出来上がるだろう。
 多分それで、君がこの冬で一番見栄えのする、美人女性ゴルファーに変身するだろう。
 それを考えると、今度また、どこかのゴルフ場で君と会えるのが楽しみだ」



 岡本の好意に甘えた貞園が大きな紙袋を手に、ゴルフショップをあとにします。
すっかり親密度を上げた2人は、白いベンツを駐車場へ置きざりにしたまま、、
あえて、ゆっくりと前橋の商店街を歩き始めます。


『どこに人の目があるのか油断はできん。なるべく目立たない場所で静かなところがいい。
知っているか。そんなうってつけのコーヒー屋を』
と聞いてくる岡本へ『まかせてよ。ここの裏道にうってつけのカフェがあるの』と、
貞園が片目をつぶり、少しお茶目なウインクなどを見せています。





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