からっ風と、繭の郷の子守唄(119)
「駐車場に2人乗りの白いベンツが停り、緊張の一週間がはじまる」

スナック『君来夜(いえらいしゃん)』の、20周年祝賀の一週間が始まりました。
不況が長引く中で客の姿がめっきりと減ってきた繁華街の一角が、この一週間だけにかぎり、
すこしばかり華やかに見えてきました。
気風の良さと面倒見のよさだけで、20年間も歓楽街に君臨をしてきた『君来夜』のママの
唐突とも言える引退は、夜の街に大きな波紋を広げています。
地元著名人たちの生花が店の前に並び、店内には馴染みの客からの花が溢れています。
散り際をことさら大事にするという、上州人の気風のよさが如実に表れています。
商売敵(しょうばいがたき)の繁華街のママたちも、それぞれに寸暇を惜しんで駆けつけてきます。
県庁でトップを占めている馴染みの役人や、地元経済界の主だったメンバーたちも、
それぞれに別れを惜しんで顔を見せます。
一日に20人までと決めて招待状を準備したママの配慮はてきめんです。
指定された日時通りに、招待客たちが律儀なまでにめいめいが花束を抱えて顔を出していきます。
この日のためにと、貞園は真っ赤なチャイナドレスを準備しました。
混雑をきわめる店内でスイスイと足取りも軽く泳ぎ回る貞園の赤いチャイナ服は、
名士たちからのことさらの注目を集めます。
『どうだ。いくらでも(金なら)援助をするから2代目君来夜のママにならないか』と、
何度も、繰り返し男たちから声などをかけられています。
しかし、当の貞園は、まったくそれどころではありません。
見慣れているはずの店内の様子を、事細かに観察をすすめているからに他なりません。
今立ち止まっている此処からならば、出口までは、普通に歩けば10数歩。
途中に観葉の大きな植木鉢が置いてあるので、5歩を歩いたあとで要注意。
奥の座席に座ってしまうと、出口までの経路が煩雑すぎるから、座ることさえ危険過ぎ。
カウンターから外へ出る場合は、急に曲がると、足元に障害物があるから充分に気をつけること、
などなど、襲撃にそなえ、店内配置の確認に余念がありません。
(とりあえず、初日の今日だけは無事に済みそうです・・・・)
ママから見せてもらった招待客の名簿の中に、それらしい名前は見当たりません。
10時も過ぎ店内の喧騒が一段落すると、赤いチャイナ服の貞園が小さな包みを持って
小走りのままに、表の通りへ姿を見せます。
周囲を何度か見回したあと、100メートルほど離れている駐車場へ向かって駆け出します。
うす暗い駐車場の一角には、見覚えのある白いベンツに乗った若者の2人組が
エンジンをかけたまま、ひたすらに待機をしています。
「あんたら、バッカじゃないの」
後部座席のドアを開けた貞園が、いきなり頭ごなしの大きな声をだします。
『はい。差し入れのケンタッキーです』良い匂いのするビニール袋を、慌てて振り向いてきた
助手席の男へ、頭ごなしのまま手渡します。
「これ見よがしの白いベンツで、駐車場に待機をしていてどうすんの。
誰が見ても、ここに不良が待機していますって、看板を上げているようなもんだわ。
岡本さんから注意されたでしょうに。くれぐれ気をつけて見張れって」
「おう、差し入れありがとうな。
なるほど。組長が『うまくやれ』と言っていたのはそう言う意味か。
確かにいわれてみればその通りだ。おい相棒。明日からはお前の車でやってこよう。
白いベンツなら目立ちすぎるが、黒いベンツなら、あまり目立たないだろう」
「少しばかり頼りないが、いざという時にはそれなりに役には立つ連中だとは聞いていたけど、
どうやらそれも、あまり当てにはならないようね。無理がありすぎるもの。
あんたたち。真面目に仕事をするつもりが、あるの?
白か黒かの問題じゃなく、ようするに、目立つ車は駄目だということでしょ」
「綺麗なお姉さん。頭が良くて気が利けば、このご時世に不良なんかやっておりやせん。
おれら二人ともガキの頃から出来が悪く、そのうえ少年院帰りだけど、
帰ってきた時から組長・・・いや、いまの社長には、お世話になりっぱなしです。
うちの組にいるのは、少年院帰りや、高校を中退したワル餓鬼ばかりです。
岡本組といえば、ある意味で、札付きの不良連中の更生施設などと呼ばれていやす。
覚せい剤と売春だけはまったくもっての御法度。みかじめ料はとらないし、
弱いものいじめは絶対にいたしやせん。
そいつが、岡本組のモットというやつでござんす」
「なんでそれで、組の経営が成り立つのよ。
一般市民を脅かして金をまきあげなきゃ、成り立たない商売じゃないのさ、極道なんか」
「お言葉ですが、綺麗なお姉さん。
今の時代、原発という便利な金喰い虫が日本中にゴロゴロと転がっております。
こいつが、べらぼうな利権と、ボロ儲けを生み出す代物なんです。
動こうが、動くまいが、設備と核燃料を維持するだけで、膨大な経費とべらぼうな
人件費というやつを発生させます。
危険区域内での作業ともなれば、ひとりあたり5~6万円という高値がつく始末です。
いまどきの頭のいい不良は、人材派遣だけで充分に食っていけやす。
うちの親分、いや社長は、自慢じゃありませんが、東京6大学の出身ですから!」
「なるほどね。そちらの実情はよくわかりました。
ところで、今日の招待客の名簿の中に、それらしい名前は見当たらないから、
初日の襲撃は回避できたみたいです。まだ簡単には、油断できませんけどね。
明日も、暇を見つけてまた差し入れにやって来ます。じゃ、ね。
頑張ってね、あんたたちも」
後部座席から降りた貞園が、運転席をすり抜けて帰ろうとします。
運転席でハンドルを握っていた男が、そんな貞園に背後から遠慮がちに声をかけてきました。
スルスルと空いた窓からは、窮屈すぎるように座席に収まっていた男の顔が現れてきます。
「姉さん。悪かったなぁ、あんたの大事なお人をボコボコにしちまって。
手加減はしたつもりなんだが、おやじの手前、暴力は嫌だと断れない立場なんだ。
理不尽だとは思っているが、そいつもまた俺たちのしきたりなんだ。
彼氏も殴られて痛かっただろうが、殴った俺の気持ちのほうも痛かった。
そこまでされるのを承知の上で、彼氏が真剣に頼み込んできたのが、この一件だ。
俺たちもなんとあんたたちの力になって、うまく事を運びてぇと思っている。
姉さん。店の中から、襲撃犯の情報を提供してくるのはあんたひとりだけだ。
うまく連携プレーでやりくりをしながら、銃撃犯をとっ捕まえて彼氏の期待に応えてやろうや。
ありがとうよ、差し入れ。丁度、小腹がすいていたところだ。
じゃあ、寒いから早く行け。いい女に風邪でもひかしたら、彼氏に申し訳がねぇ。」
「うん。じゃ、また明日ね」
「おう。またな。
あ・・・・いや、ちょっと待て。まだ話が残っている。
いいからここへ来て、姉ちゃんの綺麗な、その背中の様子を見せてみな」
怪訝な顔をしたまま戻ってきた貞園が、言われた通りに運転席の男へ背中を向けます。
「おっ、やっぱり良いスタイルだ。
姉ちゃん、惚れ惚れするほどのナイスバディだね、見るだけでもゾクゾクとするぜ。
だがよう。ただし、こいつだけはいけねぇや。
沈着冷静を装っていても、思わぬところで、なんだっけか、足が出ちまうのは?」
「馬脚。馬の足。」
「そうそう。その馬の足ってやつが、こんなところへ着きっぱなしだぜ。
ちゃんと取っておけよ、値段の札くらい。まったくもって、いい女がこれじゃ台無しだ」
ほらよ、と長身の男が、貞園の襟元から正札をヒラヒラと取り外します。
「あらぁ~。バレないようにと細心の注意をはらいながら、
冷静を装っていたのに、舞い上がっているのが、これですっかりバレちゃったみたい!」
振り返った貞園が、大きな声をあげて笑います。
「安心をしろ、姉ちゃん。
万が一の場合になったら、俺たち2人は躊躇せず、
銃撃犯よりも、姉ちゃんの安全を最優先して確保しろと、おやじから命令を受けている。
怪我の一つもさせるんじゃねぇと、口が酸っぱくなるほどに言われてきた。
俺たちを頼りないと思っているんだろうが、俺たちもそのつもりでここに待機をしているんだ。
まかせろ。何があっても姉ちゃんのことは、俺たちが命をかけても守ってやるから」

・「新田さらだ館」は、
日本の食と、農業の安心と安全な未来を語るホームページです。
多くの情報とともに、歴史ある郷土の文化と多彩な創作活動も発信します。
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「駐車場に2人乗りの白いベンツが停り、緊張の一週間がはじまる」

スナック『君来夜(いえらいしゃん)』の、20周年祝賀の一週間が始まりました。
不況が長引く中で客の姿がめっきりと減ってきた繁華街の一角が、この一週間だけにかぎり、
すこしばかり華やかに見えてきました。
気風の良さと面倒見のよさだけで、20年間も歓楽街に君臨をしてきた『君来夜』のママの
唐突とも言える引退は、夜の街に大きな波紋を広げています。
地元著名人たちの生花が店の前に並び、店内には馴染みの客からの花が溢れています。
散り際をことさら大事にするという、上州人の気風のよさが如実に表れています。
商売敵(しょうばいがたき)の繁華街のママたちも、それぞれに寸暇を惜しんで駆けつけてきます。
県庁でトップを占めている馴染みの役人や、地元経済界の主だったメンバーたちも、
それぞれに別れを惜しんで顔を見せます。
一日に20人までと決めて招待状を準備したママの配慮はてきめんです。
指定された日時通りに、招待客たちが律儀なまでにめいめいが花束を抱えて顔を出していきます。
この日のためにと、貞園は真っ赤なチャイナドレスを準備しました。
混雑をきわめる店内でスイスイと足取りも軽く泳ぎ回る貞園の赤いチャイナ服は、
名士たちからのことさらの注目を集めます。
『どうだ。いくらでも(金なら)援助をするから2代目君来夜のママにならないか』と、
何度も、繰り返し男たちから声などをかけられています。
しかし、当の貞園は、まったくそれどころではありません。
見慣れているはずの店内の様子を、事細かに観察をすすめているからに他なりません。
今立ち止まっている此処からならば、出口までは、普通に歩けば10数歩。
途中に観葉の大きな植木鉢が置いてあるので、5歩を歩いたあとで要注意。
奥の座席に座ってしまうと、出口までの経路が煩雑すぎるから、座ることさえ危険過ぎ。
カウンターから外へ出る場合は、急に曲がると、足元に障害物があるから充分に気をつけること、
などなど、襲撃にそなえ、店内配置の確認に余念がありません。
(とりあえず、初日の今日だけは無事に済みそうです・・・・)
ママから見せてもらった招待客の名簿の中に、それらしい名前は見当たりません。
10時も過ぎ店内の喧騒が一段落すると、赤いチャイナ服の貞園が小さな包みを持って
小走りのままに、表の通りへ姿を見せます。
周囲を何度か見回したあと、100メートルほど離れている駐車場へ向かって駆け出します。
うす暗い駐車場の一角には、見覚えのある白いベンツに乗った若者の2人組が
エンジンをかけたまま、ひたすらに待機をしています。
「あんたら、バッカじゃないの」
後部座席のドアを開けた貞園が、いきなり頭ごなしの大きな声をだします。
『はい。差し入れのケンタッキーです』良い匂いのするビニール袋を、慌てて振り向いてきた
助手席の男へ、頭ごなしのまま手渡します。
「これ見よがしの白いベンツで、駐車場に待機をしていてどうすんの。
誰が見ても、ここに不良が待機していますって、看板を上げているようなもんだわ。
岡本さんから注意されたでしょうに。くれぐれ気をつけて見張れって」
「おう、差し入れありがとうな。
なるほど。組長が『うまくやれ』と言っていたのはそう言う意味か。
確かにいわれてみればその通りだ。おい相棒。明日からはお前の車でやってこよう。
白いベンツなら目立ちすぎるが、黒いベンツなら、あまり目立たないだろう」
「少しばかり頼りないが、いざという時にはそれなりに役には立つ連中だとは聞いていたけど、
どうやらそれも、あまり当てにはならないようね。無理がありすぎるもの。
あんたたち。真面目に仕事をするつもりが、あるの?
白か黒かの問題じゃなく、ようするに、目立つ車は駄目だということでしょ」
「綺麗なお姉さん。頭が良くて気が利けば、このご時世に不良なんかやっておりやせん。
おれら二人ともガキの頃から出来が悪く、そのうえ少年院帰りだけど、
帰ってきた時から組長・・・いや、いまの社長には、お世話になりっぱなしです。
うちの組にいるのは、少年院帰りや、高校を中退したワル餓鬼ばかりです。
岡本組といえば、ある意味で、札付きの不良連中の更生施設などと呼ばれていやす。
覚せい剤と売春だけはまったくもっての御法度。みかじめ料はとらないし、
弱いものいじめは絶対にいたしやせん。
そいつが、岡本組のモットというやつでござんす」
「なんでそれで、組の経営が成り立つのよ。
一般市民を脅かして金をまきあげなきゃ、成り立たない商売じゃないのさ、極道なんか」
「お言葉ですが、綺麗なお姉さん。
今の時代、原発という便利な金喰い虫が日本中にゴロゴロと転がっております。
こいつが、べらぼうな利権と、ボロ儲けを生み出す代物なんです。
動こうが、動くまいが、設備と核燃料を維持するだけで、膨大な経費とべらぼうな
人件費というやつを発生させます。
危険区域内での作業ともなれば、ひとりあたり5~6万円という高値がつく始末です。
いまどきの頭のいい不良は、人材派遣だけで充分に食っていけやす。
うちの親分、いや社長は、自慢じゃありませんが、東京6大学の出身ですから!」
「なるほどね。そちらの実情はよくわかりました。
ところで、今日の招待客の名簿の中に、それらしい名前は見当たらないから、
初日の襲撃は回避できたみたいです。まだ簡単には、油断できませんけどね。
明日も、暇を見つけてまた差し入れにやって来ます。じゃ、ね。
頑張ってね、あんたたちも」
後部座席から降りた貞園が、運転席をすり抜けて帰ろうとします。
運転席でハンドルを握っていた男が、そんな貞園に背後から遠慮がちに声をかけてきました。
スルスルと空いた窓からは、窮屈すぎるように座席に収まっていた男の顔が現れてきます。
「姉さん。悪かったなぁ、あんたの大事なお人をボコボコにしちまって。
手加減はしたつもりなんだが、おやじの手前、暴力は嫌だと断れない立場なんだ。
理不尽だとは思っているが、そいつもまた俺たちのしきたりなんだ。
彼氏も殴られて痛かっただろうが、殴った俺の気持ちのほうも痛かった。
そこまでされるのを承知の上で、彼氏が真剣に頼み込んできたのが、この一件だ。
俺たちもなんとあんたたちの力になって、うまく事を運びてぇと思っている。
姉さん。店の中から、襲撃犯の情報を提供してくるのはあんたひとりだけだ。
うまく連携プレーでやりくりをしながら、銃撃犯をとっ捕まえて彼氏の期待に応えてやろうや。
ありがとうよ、差し入れ。丁度、小腹がすいていたところだ。
じゃあ、寒いから早く行け。いい女に風邪でもひかしたら、彼氏に申し訳がねぇ。」
「うん。じゃ、また明日ね」
「おう。またな。
あ・・・・いや、ちょっと待て。まだ話が残っている。
いいからここへ来て、姉ちゃんの綺麗な、その背中の様子を見せてみな」
怪訝な顔をしたまま戻ってきた貞園が、言われた通りに運転席の男へ背中を向けます。
「おっ、やっぱり良いスタイルだ。
姉ちゃん、惚れ惚れするほどのナイスバディだね、見るだけでもゾクゾクとするぜ。
だがよう。ただし、こいつだけはいけねぇや。
沈着冷静を装っていても、思わぬところで、なんだっけか、足が出ちまうのは?」
「馬脚。馬の足。」
「そうそう。その馬の足ってやつが、こんなところへ着きっぱなしだぜ。
ちゃんと取っておけよ、値段の札くらい。まったくもって、いい女がこれじゃ台無しだ」
ほらよ、と長身の男が、貞園の襟元から正札をヒラヒラと取り外します。
「あらぁ~。バレないようにと細心の注意をはらいながら、
冷静を装っていたのに、舞い上がっているのが、これですっかりバレちゃったみたい!」
振り返った貞園が、大きな声をあげて笑います。
「安心をしろ、姉ちゃん。
万が一の場合になったら、俺たち2人は躊躇せず、
銃撃犯よりも、姉ちゃんの安全を最優先して確保しろと、おやじから命令を受けている。
怪我の一つもさせるんじゃねぇと、口が酸っぱくなるほどに言われてきた。
俺たちを頼りないと思っているんだろうが、俺たちもそのつもりでここに待機をしているんだ。
まかせろ。何があっても姉ちゃんのことは、俺たちが命をかけても守ってやるから」

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