落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(123)

2013-10-25 12:19:18 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(123)
「絶体絶命。ブレーカーがもとへ戻り、照明が復活をする・・・・」




 「おっ、やっとたどり着いたぜ。厨房の一番奥だ。
 ママさんよ。配電盤はどこの位置だ。俺がいるのは右の壁の真下だ」


 「左へ移動していくと、業務用の冷蔵庫がある。その真上さ。
 あんたが今立っている位置から、2歩ほど横に歩いて左手を伸ばせば届くはずだ」


 「まったく・・・・流行りの電子機器ばかりを大量に使うから、
 簡単にブレーカーが落ちるようになるんだ。困ったもんだな。ママの新しい物好きにも。
 おっとぶつかった。こいつが業務用の冷蔵庫かな?」



 10人余りの招待客たちは、息を潜めたまま2人のやり取りに耳を澄ませています。
どこに誰がいるのかまったく見当がつかない闇の底という状態ですが、護衛の男の命令を素直に
聞いれ、誰も動こうとせず、体を固くして床に伏せている気配が続いています。
手探りのまま歩みを進めていく貞園の指先に、横たわる障害物が触れてきました。
床を這い続けているもう一方の指先には、金属質の固い感触も触れてきます
触れた瞬間の冷たさの感触から推し測ると、どうやら犯人が落とした拳銃のような気配がします。


 (ということは、・・・指先の感触は、実行犯ということになる。
 拳銃らしきものが床に落ちているということは、すでに撃たれて、怪我をしている状態だろう。
 でも、苦しそうな息使いも聞こえてこないし、そんな雰囲気もまるで無い。
 即死で絶命をしているんだろうか、それとも、ただ気を失っているだけなんだろうか。)



 おそるおそる伸びていく貞園の指先が、実行犯の全身の確認をはじめます。
途中で指先が拾った、どろりとした生暖かい感触は、実行犯から流れはじめたばかりの血液かもしれません。
(やっぱり、撃たれている!・・・・)体の奥底から突き上げてくる衝撃と、初めて覚えた恐怖が
それまで必死になって抑えてきた貞園の頭から、瞬時にして酸素を奪い去っていきます。
(やばい。いつもの持病が騒ぎ始めてきた!。落ち着いて。落ち着くのよ、貞園!)
必死になって自分自身へ言い聞かせている貞園の背後で、男の声が基地誇ったように響いてきます。


 「有ったぞ。見つけた。ようやくの配電盤だ。
 いま明るくするからな。もう少しだけ我慢して待ってろよ、お前さんたち」



 (万事休す。ついに時間切れだ・・・・悔しいけれど、ここまでで、ゲームセットだ!。)
 貞園が両目をつぶり、実行犯の身体に触れている指先の動きを止めます。
不規則に上下動を繰り返している実行犯の胸の上へ、崩れるようにして自分の頭を落とします。
(間に合わなかった。助けることはついに、叶わなかった・・・・全部、出遅れたあたしのせいだ・・・)
貞園が涙と一緒に唇を強く噛み締めたとき、入口のドアが激しい勢いで蹴破られます。



 まばゆいばかりの懐中電灯の光が、店内を素早くぐるりと照らし出したあと、
すばやく消されて、また元通りの真っ暗な闇が戻ってきます。
突然の外部からの光に、『なんだ!』『誰だ!』『どうしたんだ』店内が一瞬にしてざわつきます。
多くの招待客たちが一斉に体を起こし始めた気配と、閃光を放つ物体が、外部から投げ込まれたのは、
ほとんど同時といえる出来事でした。ゆるい弧を描いて投げ込まれた物体は、コロコロと床を転げながら
激しいばかりの白煙を大量に噴き出し続けます。
『発炎筒だ!。』誰かが大きな声で叫ぶのと同時に、ふたたび入口で閃光が走ります。
2個目と3個目の発炎筒が、それぞれ奥のボックスと厨房の奥を向かって投げ込まれてきます。



 また懐中電気が入口で、まばゆいばかりに点灯されます。
もうもうと室内を覆いはじめる煙の中で、光の輪が実行犯と貞園の姿をくっきりと捉えます。
再び明かりが消されます。追い討ちをかけるように、4つめと5つめの発炎筒がさらに室内へ投げ込まれます。
濃密な煙が充満をしてきたために、咳き込む声とむせぶ声で、店内が騒然とした
狂乱の坩堝(るつぼ)に変わってしまいます。


 蹴破られたドアから、2人の男が室内へ飛び込んできました。
フルフェイスのヘルメットを被って侵入をした男たちは、銃撃犯を抱き起こし、
貞園に手を添えると強引に抱きあげて、そのまま出口に向かって突進をします。



 「敵だ、新手だ。仲間がいやがったぞ!。
 臆するな、ただの発炎筒だ。逃がすんじゃねぇぞ。女と実行犯を奪われた!」



 護衛の男が立ち上がり、追撃の体勢にかかろうとしたその瞬間、
ドアの前へまた、フルフェイスのヘルメットをかぶった男が姿を見せます。
その手に、筒状に何本もぶら下がった花火のような物体が見えます。
ヘルメットの下で男が不敵な笑いを見せています。『置き土産だ。たっぷりと楽しんでくれ』
そう言葉を吐き捨てた瞬間、手にしたライターで導火線に火を点けると、次から次へと爆竹を店内へ放り込みます。
たてつづけに激しい閃光が走り、激しい爆音とともに紙の破片が四方八方へと飛び散ります。
『あばよっ』と激しくドアが閉められ、室内がまた密室に変わります。
大きな爆発力を秘めた大量の爆竹は、真っ暗な闇の中を乱舞します。破片を滝のように人々の頭上へ
撒き散らしながら、空中を不規則に舞い続けていきます。


 空中を凄まじい勢いで不規則に乱舞する爆竹の動きに、さすがの男たちも勝てません。
悔しそうに唇をかんだまま、耳を塞いで嵐が過ぎ去るのを横目で待ち構えています。


 君来夜の前には、黒いベンツが停められています。
長身の青年によって救出をされた貞園は、ヒョイと抱え上げられたまま、
自分の足で歩いた記憶がまったくないうちに、荷物のように後部座席へ投げ込まれてしまいます。
負傷していたと思われる実行犯は、もうひとりの相棒によって、こちらも無事に救出され、
貞園が放り込まれた後部座席へ、反対側から強引に投げ込まれてきます。



 そのまま走り去るかと思いきや、長身の青年は爆竹を手にもう一度君来夜へ引き返します。
導火線へ火を点けると、次から次へとふたたび店内に向かって投げ込みはじめます。
激しい点滅を繰り返す閃光と、爆竹の音がけたたましく響き始めると、もうひとりの
相棒のが、思い切りドアを閉めてしまいます。
驚いたことに合鍵を取り出して、悠然としてドアにロックをかけてしまいます。
駆け戻ってきた長身の青年が運転席へ飛び込んできます。相棒が助手席のドアを開け身体を半分も
車内へ入れないうちにギャを放り込み、渾身の力でアクセルペダルを踏み込んでしまいます。



 もうひとり表に、見張り役のやくざがいたはずだがと、貞園が入口のあたりを目でさがしていくと
植え込みの中に、見張り役と思える男の足だけが見えています。
まさに問答無用で、一撃で吹き飛ばされたような状況をその足の形が物語っています。

 
 「どうだ。後方に追撃をしてくるような様子はあるか?。
 万一に備えて連中は、待機の車の中に、精鋭を残しておくような場合もある。
 念の為に、その先で角を適当に2つ3つ曲がっていくが、その時に同じ方向へついてくる車があれば
 間違いなくそいつは、俺たちを追いかけてくる敵の追撃車両だ。
 お前。しっかり後方のそれを確認してくれ。できるだろう、それくらい」


 長身の青年が、フルフェイスのヘルメットを脱ぎながら貞園へ指示を出しています。
猛烈なダッシュで店の前を飛び出したものの、法定速度へ達したベンツはそのままの速度を維持します。
裏通りから本通りへ出て、車の流れに乗りながら2度3度と右折と左折を交互に繰り返していきます。



 「誰も、着いてくるような車も、気配はありません。
 それにしても全速力で脇目もふらずに逃げるのかと思ったら、
 安全運転で右折と左折を繰り返すなんて、いったいどういう腹つもりなの。
 さっさと逃げなきゃ、捕まっちゃうじゃないの?」



 「これだから素人さんは困る。
 一般道を猛烈に飛ばしてみろ。あっというまに目についちまう。
 怪しさをモロに見せたら、逃走車両ここにありを、自ら自白をしているようなもんだ。
 追撃車両さえなかったら、ゆっくりと走ったほうがかえって安全だ。
 派手な逃走劇を繰り広げるのは、映画とテレビの世界の中のアウトローたちだけだ。
 それにしてもお前さんはよくやった。見直したぜ、怪我はなかったか?」




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