落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(122)

2013-10-24 10:32:59 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(122)
「貞園に運は有るのか。生死をかけたドアまでの脱出の道」




 壁を伝いカウンターから店内に出た貞園は、岡本の指示を守って素早く四つん這いの体勢をとります。
暗闇に順応をしはじめたとは言え、まだ視界はそれほど回復してきません。
『電気を消す前から、片目をつぶって暗闇に順応する準備をしておくように」という
岡本の事前のアドバイスも、あまり効力を発揮していません。



 入口のドアが見張りによって開け放たれているものの、場末に近いこのあたりに
暗闇を救うほどの大きなビルの光も、強い街灯もありません。
真っ暗闇の状態を維持するために、総長の顔を見た瞬間からすでに、
太陽光で充電をしていくタイプの常夜灯の配線は、ナイフによって切断をしてあります。
2段階の切り替え用スイッチがついていて、フル充電をしておけば6時間あまりも点灯する優れものです。
「強」で使用しても2時間以上も店内を明るく照らし出してくれるという、厄介なシロモノです。
照明スイッチのすべてが、出入り口から最も遠いカウンター内へ設置をされているため、
ママが長年愛用を続けてきた、安全のための光源です。


 「ママさん大丈夫ですか。怪我はないですか。貞園です。
 唯一の明かりの常夜灯まで故障をしたのか、切れてしまって真っ暗ですね」



 「あたしゃ大丈夫。そういう貞ちゃんこそ怪我などしていないかい。
 動いちゃいけないよ。電気が点くまでこらえておくれ。動くと危険だからね」


 「その通りだ。いいか。誰も動くなよ。
 俺が行って電気を点けてくるから、それまでは全員が頭を下げたまま床に伏せていろ。
 たしか、カウンターの内側に、店の照明のスイッチがあるはずだ。
 誰も動くな。物音がしたらすかさずその場に向けて発砲をすることになるからな。
 身動きをせずに、そのままの体勢を保ったままで、電気が点くのを待つんだぜ」


 身体を張って総長を守りぬいた男が、のそりとして立ち上がる気配が聞こえてきます。
その瞬間、パンという乾いた音と閃光が走り、護衛の男を狙って闇の中を突き抜けていきます。
再び女性たちのあいだから湧き上がった悲鳴が、鋭く室内の空気を切り裂いていく中、うめき声とともに、
誰かが倒れこんでいくような物音が聞こえてきます。


 『大丈夫か、おい!』暗闇からの呼びかけに、倒れた人間から
『大丈夫だ。至近距離をいきなり弾がかすめたようだ。驚ろいて転倒しただけだ。怪我はねぇと思う』
闇のなかから、うろたえたままの返事が返ってきます。
不意を突かれたことへの怒りからか、護衛役の子分たちの高ぶっている気持ちが、
どうにも収まりがつかないようです。左右に離れていた2人の護衛から、2発3発と
拳銃が相次いで反撃の火を吹いてしまいます。



 「ばかやろう。むやみに撃つんじゃねぇ、お前らも。
 真っ暗闇の中で、やみくもに発砲したって、相手に当たるはずがねぇ。
 だいいち。ここにいる関係のない人たちへ、多大な迷惑をかけるだけだ。
 そっちの襲撃犯も、いい加減に、つまらねぇ無駄な発砲をするんじゃねぇ!。
 関係ない堅気の人間に迷惑をかけるだけで、本末転倒の結果になっちまうだけだ。
 無駄に弾を使うんじゃねぇぞ。冷静になれ、そっちも」



 『修羅場を何度もくぐり抜けてきた連中ほど、どんな時でも常に沈着で冷静な行動をとる。
 シャカリキニになったままテンションを上げて、無謀や無茶を何度も繰り返すのは、
 ただの意気地なしの証拠で、経験不足を丸出しの連中だけだ。
 慣れた連中は、冷静に敵を観察したまま、ひたすら相手の隙と弱点を執拗なまでに探り出す。
 自分が傷つかずに、相手の息の根を止めるチャンスが来るまでをひたすら待つ。
 相手の弱みを見つけるまでは、プロの連中は、自分からは仕掛けねぇ。
 命のやり取りをする喧嘩場において、常に勝ち抜いてきた連中はしたたかだぜ。
 お前さんがこれから相手にするのは、そういう場面を何度も生き抜いてきたプロの連中だ。
 素人のお前さんが対抗できる手段は、まず急がないことと、絶対に慌てないことだ。
 万にひとつ、襲撃犯を表に連れ出せるチャンスが運良く巡ってきても、決してことを急ぐな。
 時間が無いというのに急ぐなというのは矛盾した話だが、すべてお前さんのためだ。
 襲撃犯の協力者か、内通者と思われてしまったら、お前さんの立場が後ですこぶる悪くなる。
 痛くもない腹までも探られることになるからだ。
 見破られないために、常に、慎重に行動をすることがいちばん重要な事になる』

 
 あの日の岡本の言葉が、また貞園の耳へ蘇ってきます。
そろりそろりと前進をしていく貞園の後方で、護衛の男がカウンターのスイッチへたどり着きます。
『おかしいなぁ。電気が点かねぇところをみると、ブレーカーの方が落ちたかな。
 ママさんよ。ブレーカーはどこだ。裏口かい、それとも厨房の奥か、どっちだ?』



 「厨房の奥。あんたが今いる場所から、壁伝いに進んだ突き当たり。
 背伸びをすれば、あんたの身長なら、そのままブレーカーまで届くはずだよ」


 『こいつらは些細なことから、敵と味方を本能的に瞬時にして見破る能力をもっている。
 従って、内通者や協力者と思われるような痕跡は、一切、あとには残すな。
 例えば、ブレーカーを落とすために使用した踏み台も、普段置かれている場所へ
 ちゃんといつものように戻しておく必要がある。
 四つん這いで前進していくときも、その気配は感づかれるなよ。
 あせらず黙々と息を潜めながら、亀のように前進をゆっくりと繰り返せ。
 途中で電気が点いてしまったら、作戦は即中止だ。その場へ伏せて涼しい顔で知らんふりをしろ。
 実行犯が銃撃を受けていた場合は、女のお前さん一人ではどうにもならん。
 女の力で、外まで運び出すだけの時間もない。
 途中で電気が点いてしまったら、お前の協力する姿がみんなに晒される結果になる。
 つまり、実行犯が傷ついている場合、作戦Cはその場で当然中止ということになる。
 お前さんは自分自身を守るために、実行犯は見殺しにしろ。
 いいな、つまらないことは考えるな。仏心はかえってお前さんの身の破滅を呼ぶことになる。
 すぐに頭を切り替えて、何もせず、じっとしていることがお前さんの対応だ。
 実行犯は、助からなくても構わないが、お前さんには無事に帰ってきてもらいたい。
 まぁ、いろいろその他にも最善の手を尽くしておくが、お前さんに助言できるのはここまでだ。
 全部を頭にしっかりと入れて、俺との約束を守って行動をしてくれよ。
 無事に再会することができたら、今度は春物の新作ゴルフウェアーを、
 トラック1台ぶん山積みで、丸ごと買ってやる」


 『うまくいったら、トラック一台分のご褒美。うふふ、いやでも全身に力がはいります!』


 『ばかやろう。うまく生きて帰って来られたらという話だ。
 そのくらい、危険きわまりないし、すこぶる困難がつきまとう仕事という意味だ。
 だが、俺も男だ・・・・約束をしちまった以上は、リャカー1台分くらいのゴルフウェアなら、
 いつでも喜んで買ってやるさ』


 『約束をした途端、いきなり、トラックへ山積みからリャカーへの格下げかぁ・・・
 しょぼい不良ですねぇ。金には糸目をつけないと豪語していたくせに。
 いいわよそれでも。それで手を打ちましょう、おじさま』



 『やけに自信たっぷりに言い切るなぁ、お前さんも。
 よし。両手で抱えて持てる範囲の新作ということで妥協をしょう。それで俺も手をうとう。
 だいぶ不足をした分は、おじさんが感謝の気持ちを込めて熱いキスで補填をするから、
 どうだ。そういう約束ということで、今回は納得してくれ』


 『・・・。いいわよ、春の新作を上下セットで買ってくれるなら。
 自分の娘のように、あたしのことを心配をしてくれるんだもの、全部が無事に終わったら、
 あたしの方から、おじさまへキスをさしあげます。
 ただし、ほっぺ限定ということになりますが、それでもよければ契約成立です』


 『契約の成立か。なんだか嬉しい響きのある言葉だな。
 よし、分かった。俺も是非ともほっぺにキスしてもらいたいから、絶対無事に帰ってこいよ。
 ただし、あまり無茶はしないという前提つきでな』

 『わかりました。春の新作のために精一杯頑張ってきます。うふふ』



 『なんだかうまくいきそうに見えてきたから、不思議な気がする。
 なんだかんだと説明をしてきたが、俺のできる助言もここまでだ。
 ひとつやり方を間違えると、総長の組と俺たちの組のあいだで、戦争が始まる羽目になる。
 俺も、ここは一番、ふんどしを締め直して気合を入れておくが、お前も、ふんどしを・・・・
 いや、だめだ。女は、ふんどしなんか締めないもんな』


 『Tバックという便利なものがあります。おじさま。うふふっ』


 『やれやれ・・・・お前さんにはお手上げだ。あっはっは!』



 
 しかし時間は刻々として過ぎ去り、護衛の男がブレーカーへ迫りつつあるいまの局面、
事態は、まったく予断を許しません。
床を四つん這いで進んでいく貞園の指先へ、そこへ横たわって居るはずの銃撃犯の感触は
いまだに伝わってきません。さきほど発砲をした銃撃犯の彼はいったい、
どこへ消えたのでしょう・・・・






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