落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(124)

2013-10-26 10:03:33 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(124)
「重体の実行犯を乗せベンツは一路、岡本たちが待つ桐生市へ走る」




 「姉ちゃん。ついでに実行犯の怪我の様子を見てくれ。
 運転席側の座敷の下へ、タオルと緊急用の医療品が置いてある。
 すまねえがすこしばかり面倒を見てやってくれ。懐中電灯だ。これを使え」


 助手席から、小型ペンシルタイプの懐中電灯が手渡されます。
明かりをつけた貞園が、いまだに身動きひとつしないままの実行犯を照らし出します。
胸から腹部へかけてが大量の血で、べっとりと濡れています。


 「もしもし。組長。
 はい。指示通り姉ちゃんと実行犯を無事に救出しました。
 姉ちゃんの方はまったく無事ですが、実行犯は撃たれて怪我を負っています。
 いま。様子を姉ちゃんに確認してもらっていますが、さっきから身動きをしない状態です。
 はい。俊彦さんのアパートへ直行ですね。了解しました。
 ところで、姉ちゃんの方はどうしますか?。予定では途中で降ろす手はずになっていますが・・・・
 はい。後を追ってくる車の様子はありません。たぶん、安全だとは思います。
 はい。わかりました、聞いてみます。ちょっと待ってください」


 助手席の男が、携帯の通話口を押さえながら後部座席の貞園を振り返ります。



 「おやじからだが、姉ちゃんはこの先どうするのって、聞いてきた。
 俺たちと一緒に桐生まで行ってもいいが、希望があれば、どこか適当な場所で下ろせという、
 オヤジからの指示が来た。どっちにする?決めてくれ」

 「私も、桐生まで行く」


 貞園が即答で応えます。



 「姉ちゃんも、このまま桐生まで行くそうです。
 病気を抱えているから気をつけろ?。へっ、な、なんですか、どう言う意味ですか組長。
 姉ちゃんは見るからに健康そうだし、病気になんかは見えませんが・・・・
 え?、余計なことは聞くんじゃない?。
 へい。へい。あ、よくわかりました。そういうことなら、充分に気をつけます。
 まもなく道路が市外へ出ますので、30分くらいでそちらへ着くと思います。
 はい。了解しました」



 『おい、ちょっと止めろ。後部座席へ移るから』電話を切った助手席の男が
運転中の長身の男へ指示を出し、車を路肩へ停止させます。
実行犯を投げ込んだ方のドアを開けると、黙って貞園からペンシルライトを受け取ります。



 『ひでえな・・・・』ちらりと腹部の様子を確認すると、座席の足元を物色します。
『ほらよ。お前さんに毛布だ。掛けておけ、寒くなる』ふわりとした毛布を足元から取り出します。
『止血しょうにも出血が酷すぎる。腹部へ直撃弾だな、この様子からすると・・・・』
ペンライトを口にくわえたまま、男が厚手のタオルを取り出しそのまま実行犯の腹部へ当てます。



 「姉ちゃん。過呼吸症の病気を持っているんだって。
 極度の緊張したり、ションキングな光景は見るだけでも身体によくねぇらしい。
 毛布をかぶって身体を横にしていろ。けが人の面倒は俺が見る。
 といったところで、素人が手が出せるレベルの状態じゃねぇ。
 とりあえず出血を停めるために、タオルできつく抑えて我慢させるだけだがな」


 「助かりそう?。死なないよね・・・・」



 「姉ちゃんが最後の最後まで、オヤジとの約束を守り身体を張って頑張ったんだ。
 簡単に、死なせるわけにはいかねぇだろう。
 あとはこいつの運次第だ。
 桐生へ着けば医者が待っている手はずだから、それなりの手当はできる。
 そこまで持てばの話だが、助かる可能性はあるだろう」


 「出血が多すぎる。なにか、私に手伝えることが他にある?」


 「無理すんなって。
 ・・・・そうだな。じゃ、すまねえがこいつの頭を膝枕してやってくれ。
 内部で出血をしている場合、逆流を起こして喉が詰まって窒息をしちまう場合もある。
 ロマンチック場面じゃないが、膝を借してくれるとありがたい」



 「お安い御用です。できるわよ、それくらいなら」


 「姉ちゃん。思いのほか気が強いなぁ
 それでもって繊細な過呼吸の持病持ちとは、見た目にも、まるで信じられねぇ」

 「女はいざとなれば強いけど、普段はか弱く、弱い生き物なの。
 他に何か、手伝えることがある?。なんでも言って」


 「そのまま子守唄でも歌ってくれれば、充分だ。
 それにしてもよく頑張ったなぁ、お前さん。大の男だってビビっちまうような大仕事を
 最後までやり遂げるなんてたいした根性だ。見直したぜ、姉ちゃん」



 「あなたたちのおかげで、命拾いをしました。
 感謝するのは私の方です。護衛のあの冷静な男がブレーカーへたどり着いた時には、
 これでもう最後だと、はっきりと覚悟をしました。
 まさか、あなたたちが突入してきて、私たちを救出をしてくれるとは思わなかったもの」



 「オヤジが考え出した、マル秘作戦の『ウルトラD』のおかげだ。
 東京オリンピックの体操競技で、ウルトラCという大技が有ったらしく、
 それにちなんだネーミングという話だが、俺たちには何のことだかわからねぇ。
 姉さんには内緒で作成をした、救出作戦のひとつだ。
 店内から発砲の音が聞こえたら、迷わずに飛び込めと口を酸っぱくして言われた。
 目的はただひとつ。窮地の中にいるあんたを救出をするためだ。
 実行犯を救出するのは、その次のことで、おまけのおまけみたいなもんだ。
 でもよかったぜ。あんたが怪我一つなくて無事のまんまで。
 怪我でもされていたら、オヤジにどやされるだけじゃ済まねぇもの。
 指の1本や2本では、済まなくなる」


 「あら。やくざの世界では、いまでも不手際を起こすと指を詰めるのかしら?。
 前近代的ですねぇ、相変わらず不良って」



 「言葉のアヤだ、ばかやろう。
 おい相棒。道路が郊外へ抜けたら少し先を急いでくれ。
 実行犯の息が、なんだか浅くなってきたような気配がしてきた。
 ただし、警察に捕まらない程度に飛ばしてくれ。
 この有様じゃ、どうにもこうにもお巡りさんへの説明がややっこしくなる」


 「それは言えるわね。
 でもさぁ、あんたたちって見かけによらずに冷静だわねぇ。あれだけの事を
 テキパキとやり遂げるなんて、たいしたもんだと思うわよ。おかげさまで助かりました」

 「それがよぅ。今も・・・・相変わらず、けっこうピンチな状態なんだぜ。
 あのなぁ。言いにくいが姉ちゃんの綺麗な胸が・・・・
 いまだにお前さんは、まったく気がついていないようだが、チャイナドレスの
 ボタンが取れちまって、白いおっぱいが、隙間から、チラチラしっぱなしだ。
 おいら、鼻血がでそうだぜ。さっきからよぉ!」



 「あっっ!」指摘をされた瞬間、貞園が自分の胸元を覗き込みます。
いつのまに取れていたのか、チャイナドレスの胸のボタンが、上から3つもちぎれています。
白い胸元どころか、ふくよかで豊かな膨らみまでが露わのままにのぞいています。
「駄目。見ちゃァ!このドスケベ!」と、大慌てで貞園が毛布を胸元へかき寄せています。




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