落合順平 作品集

現代小説の部屋。

つわものたちの夢の跡・Ⅱ (6)お宮まいり

2015-04-03 12:55:39 | 現代小説
つわものたちの夢の跡・Ⅱ

(6)お宮まいり




 高校生活は単調だ。
朝7時。着替えを終えたすずは、いつものように母と2人だけの朝食をとる。
父はいない。すずが5歳の時に離婚した。
口数の少ない朝食を終えると、7時30分に家を出る。
称念寺の山門前までは自転車を押して、ゆっくりと歩いて行く。
山門を過ぎてからペダルを踏み出していくのが、勇作と通学していた頃からの
毎日の習慣だ。


 ときどき山門から、中の様子をちらりと覗く。
早く来たときの勇作は、決まって、義貞公の五輪の塔を見上げていたからだ。
(居るわけないのに馬鹿だなぁ)と、いつものように自転車のペダルを踏み込む。
高校は男女共学だが、すずは男子に興味を持たない。
部活には所属せず、授業を終えるといつものように帰りの支度をはじめる。


 帰り道。私は何のために高校へ進学したのだろう、と考える。
朝と同じように、称念寺の山門が見えてくると習慣的に自転車から降りる。
珍しく、山門の前に車が停まっている。
(何だろう・・・)と見つめていると、赤子を抱いた和服の女性が降りてきた。
白い産着からすると、どうやら生まれて間もなくのお宮参りのようだ。



 お宮参りの時期は地域によっていろいろと異なる。
男児は生後31日。女児は33日目が一般的だ。
京都では女の子は早く嫁に行けるようにと、男の子より早目にお宮参りをする習慣が有る。
また、生後100日目に行う地域もある。
だが、市街地から離れている称念寺へ、わざわざお宮参りに来る姿は珍しい。



 車を避ける形ですずが、山門脇へ自転車を寄せていく。
進路を譲られた女性が「おおきに」と頭を下げて、すずの前を通り抜けていく。
(京都弁や・・・わざわざ京都から来たんやろか、こんな田舎まで・・・)
すずがはんなりとした京都弁に酔っていた時、通り過ぎていく産着がキラリと光った。


 (えっ?)すずの眼が思わず、キラリと光った白い産着を追う。
(なんやったんやろう、今の輝きは・・・不思議な風合いをしている着物やな)



 「あのう~」と思わずすずが、女性の背中へ声をかける。
「可愛いらしい赤ちゃんですねぇ。見せてもらってもいいですか?」と後を追いかける。
「かまいまへんが」和服の女性が目を細める。
「100日目どす」と見やすいように、すずに向かって前へ差し出す。



 産着にくるまれた赤子が、気持ちよさそうに目を閉じている。
だがすずはスヤスヤと眠っている赤子の様子などは、どうでもよかった。
興味が有るのは、赤子を包んでいる純白の産着のほうだ。
秋の日差しを受けて、キラキラと光り輝く布地のほうに、深い興味を覚えている。
初めて見る、手触りの良さそうな絹地だ。
(なんやろう、これ。絹のように見えるけど、初めて見る不思議な光沢や)
さすがに、女性に向かって、この産着の素材は何ですかと聞くことはできない。
すずの指が、産着にむかって伸びそうになる。



 「可愛い赤ちゃんですねぇ。男の子ですか」と、お世辞を言うのが精いっぱいだ。
「武運長久のお寺さんと聞いてますので、あやかろうと思い、やってきたんどす。
すんまへんなぁ。もう、ええですか、中で主人が待っておりますので」
和服の女性が小さく頭を下げて、山門の中へ消えていく。


 福井の特産品に、絹の羽二重がある。
聞いたことは有るが、実際に自分の目で見るのは初めてのことだ。
柔らかそうな手触り。独特の輝きを放つ純白の生地。
ふわりと包まれた赤子の幸せそうな寝顔。
それらがすべて、すずの眼に瞬時にして焼き付いた。



 (福井の羽二重は、包まれた人を幸せにする絹地なんだ・・・)

 この日の羽二重との出会いは、すずに、きわめて強烈な印象を残した・・・



(7)につづく

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