つわものたちの夢の跡・Ⅱ
(10)和裁塾の1年目
すずの、和裁塾の1年目がはじまる。
着物を縫うための技と知識の基本を、時間をかけて学なんでいく。
実習は、着物の各部位の名前を正確に覚えることからはじまる。
最初に身に着ける技術は、「運針」
和裁独特の針の運び方、「運針」を徹底的に反復練習する。
少しずつだが、簡単な部分縫いなどを行いながら、基礎技能を養っていく。
和裁塾の一年目が終る頃。
ようやく長襦袢くらいなら、縫えるようになる。
全寮制の学生寮は、和裁塾から歩いて5分ほどの距離にある。
古い町屋が並ぶ、西陣の閑静な一角だ。
古都・京都の風情を、行きと帰りの短い時間の中で、満喫することが出来る。
だが和裁未経験者のすずに、古都の景色は目に入らない。
ひたすらに必死に、日課に励む日々ばかりが続く。
慣れない針の運びに、苦戦がつづく。
見かねた先輩が「肩に力が入りすぎ。もっと力を抜いて」とすずにささやく。
「胸をはらず、肩の力をぬいて、楽な姿勢に構えるの。
両腕はひじからまげ、水平に前へ出す。手首をまげ、両手の親指を向かい合わせる。
少し下向きに構えて、目から布までを30cm。胸から布までを15~20cm。
両手の親指の間を、15~20cm位に調節するの。
それで運針の基本的な姿勢は出来上がり。あとはひたすら練習するのみ。
さぁやってみて」
日本の着物は美しさという点において、世界に引けを取らない民族衣装だ。
西洋から来た洋服は、立体的だ。
曲面を多く使って縫い付ける点に、特徴がある。
それに比べて日本の着物は、平面的で、直線をおおく使って縫いあげる。
布を縦と横の繊維にそって裁断し、縫いしろを切り落とさないため、
布を無駄にすることなく、使い切ることが出来る。
運針と言う技術も日本独特のものだ。
いろいろある縫い方の中で、とくに生地を傷めない方法と言われている。
優秀な技術者の運針は、糸をはずしたとき、布に縫い目の跡がほとんど残らない。
直線を基本とした裁断方法と、独特の運針を組み合わせて作る着物は、
容易に、別のものにつくりかえることができる。
男子用を女子用に、子供用を大人用に、着物を半纏(はんてん)や帯などに、
簡単に作り替えることができる。
季節が変わり秋がやって来る頃、すずの運針が格段の進歩を遂げる。
負けず嫌いのすずの性格が、運針の上達に貢献する。
4~5人で暮らす寮での共同生活も、すずにとっては追い風になる。
同室で暮らすのは、ほぼ同年代の女の子たちだ。
日本全国からやって来る少女たちを指導するために、各部屋に
4回生や5回生の上級生が、ひとりずつ配置される。
すでに成人式も終え、高級な着物を仕上げていく先輩たちの姿は
新入生たちの、絶対的な憧れになる。
それだけでも、先輩と同室で暮らす意味が有る。
能登からやって来た4回生で、20歳になったばかりの先輩、和子が
すずに運針の特訓方法を教えてくれた。
「2枚の布を縫い合わせる場合、木綿なら3~4ミリ、
絹布なら2~3ミリの針目で縫い合わせていくの。
運針の上手、下手は、着物の仕立て栄えと、仕立ての時間に影響します。
だから運針は、和裁の基本中の基本。
これができるようになるまで、たくさん、練習する必要があるの」
そう言いながら、「秘密兵器です」と直径20センチほどの筒状になった
晒(さらし)を手渡す。
「糸を着けない状態で、針だけを使い、運針の練習をする最適のアイテムです。
筒状になっていますから、いくら進んでもゴールの来ないエンドレスです。
私も指先が覚えてくれるまで、自分が納得できるまで、
毎日、夜遅くまで練習をしました」
能登出身の先輩、和子は、やがてすずの心の師匠になる。
(10)へつづく
つわものたち、第一部はこちら
(10)和裁塾の1年目
すずの、和裁塾の1年目がはじまる。
着物を縫うための技と知識の基本を、時間をかけて学なんでいく。
実習は、着物の各部位の名前を正確に覚えることからはじまる。
最初に身に着ける技術は、「運針」
和裁独特の針の運び方、「運針」を徹底的に反復練習する。
少しずつだが、簡単な部分縫いなどを行いながら、基礎技能を養っていく。
和裁塾の一年目が終る頃。
ようやく長襦袢くらいなら、縫えるようになる。
全寮制の学生寮は、和裁塾から歩いて5分ほどの距離にある。
古い町屋が並ぶ、西陣の閑静な一角だ。
古都・京都の風情を、行きと帰りの短い時間の中で、満喫することが出来る。
だが和裁未経験者のすずに、古都の景色は目に入らない。
ひたすらに必死に、日課に励む日々ばかりが続く。
慣れない針の運びに、苦戦がつづく。
見かねた先輩が「肩に力が入りすぎ。もっと力を抜いて」とすずにささやく。
「胸をはらず、肩の力をぬいて、楽な姿勢に構えるの。
両腕はひじからまげ、水平に前へ出す。手首をまげ、両手の親指を向かい合わせる。
少し下向きに構えて、目から布までを30cm。胸から布までを15~20cm。
両手の親指の間を、15~20cm位に調節するの。
それで運針の基本的な姿勢は出来上がり。あとはひたすら練習するのみ。
さぁやってみて」
日本の着物は美しさという点において、世界に引けを取らない民族衣装だ。
西洋から来た洋服は、立体的だ。
曲面を多く使って縫い付ける点に、特徴がある。
それに比べて日本の着物は、平面的で、直線をおおく使って縫いあげる。
布を縦と横の繊維にそって裁断し、縫いしろを切り落とさないため、
布を無駄にすることなく、使い切ることが出来る。
運針と言う技術も日本独特のものだ。
いろいろある縫い方の中で、とくに生地を傷めない方法と言われている。
優秀な技術者の運針は、糸をはずしたとき、布に縫い目の跡がほとんど残らない。
直線を基本とした裁断方法と、独特の運針を組み合わせて作る着物は、
容易に、別のものにつくりかえることができる。
男子用を女子用に、子供用を大人用に、着物を半纏(はんてん)や帯などに、
簡単に作り替えることができる。
季節が変わり秋がやって来る頃、すずの運針が格段の進歩を遂げる。
負けず嫌いのすずの性格が、運針の上達に貢献する。
4~5人で暮らす寮での共同生活も、すずにとっては追い風になる。
同室で暮らすのは、ほぼ同年代の女の子たちだ。
日本全国からやって来る少女たちを指導するために、各部屋に
4回生や5回生の上級生が、ひとりずつ配置される。
すでに成人式も終え、高級な着物を仕上げていく先輩たちの姿は
新入生たちの、絶対的な憧れになる。
それだけでも、先輩と同室で暮らす意味が有る。
能登からやって来た4回生で、20歳になったばかりの先輩、和子が
すずに運針の特訓方法を教えてくれた。
「2枚の布を縫い合わせる場合、木綿なら3~4ミリ、
絹布なら2~3ミリの針目で縫い合わせていくの。
運針の上手、下手は、着物の仕立て栄えと、仕立ての時間に影響します。
だから運針は、和裁の基本中の基本。
これができるようになるまで、たくさん、練習する必要があるの」
そう言いながら、「秘密兵器です」と直径20センチほどの筒状になった
晒(さらし)を手渡す。
「糸を着けない状態で、針だけを使い、運針の練習をする最適のアイテムです。
筒状になっていますから、いくら進んでもゴールの来ないエンドレスです。
私も指先が覚えてくれるまで、自分が納得できるまで、
毎日、夜遅くまで練習をしました」
能登出身の先輩、和子は、やがてすずの心の師匠になる。
(10)へつづく
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