つわものたちの夢の跡・Ⅱ
(20)母の気になる症状
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/8c/4eafbfb6ecb98ff4206daea899fca152.jpg)
「気になる症状って、どんな事なの?」
美穂の「あとで」と付け足した言葉に、勇作が反応する。
「たとえば・・・」と美穂が具体例を口にあげようとした時、台所から
すずが戻って来る気配が聞こえてきた。
「ここじゃまずい。やっぱり、あとで・・・」美穂が片目をつぶる。
「そうだね。じゃ、あとにしょう」すずに聞かれては不味い話だろうと納得して、
勇作が、別の方向へ話を切り変える。
「それにしても過酷だね。まる2日、一睡もしないで仕事してきたんだろう。
そろそろ寝たほうが良い。俺もまもなく失礼する時間だから」
「大丈夫。おじ様の顔を見たら元気が出たわ。
それにこの程度のことは、序の口です。
お盆休みのときなんか、連続8日間も緊急手術がつづきました。
それも、全員が外傷ばっかりで、内容も実にさまざま。
ガラスで腱を切ったとか、指を詰めちゃったとか、
そんな風に怪我した人たちばかりが、次から次にやってきました」
「指を詰めたって・・・まさか、やくざじゃないだろうね」
「ご心配なく、普通の人です。
自傷行為でクビ切ったとか、あとは、労災関連のけが人も飛び込んで来ました。
工場の機械で、手までプレスしちゃった人が数名。
酔っ払いのおじさんは、大怪我でした。
大のおとながむかついて、ガラス戸を殴ったあげく腱10本を損傷して、
神経+動脈まで断裂。おいおい大丈夫かよ、って感じです。
極めつけは、スナックのママさん。
夜中にドアで指を詰めたスナックのママが、真っ青な顔で運ばれてきた。
手術室を終えて、やっと片付いたと思ったら、また看護婦さんが飛んで来た。
『先生、もう一人やってきました!』
おいおい、夜中に連続の急患かい!?とおもえば,二人目もドアで指挟んだ男性です。
夜中になんで二人も、ドアで指をはさむのよ!!?
2件の手術が終わったら、外はもう、すっかり明るくなっていました・・・
しかもその日は、午前中は病棟回診。夕方から当直。
次の日も普通に、朝から仕事。もう、こころの底から泣きました」
『因果な商売なんです。女医という職業は』うふふと美穂が、
唇の端を歪めて笑う。
すずが紅茶とミカンを運んできた。
炬燵の上にドスンと置かれたミカンが、正月が近いことを物語る。
(そういえば、もう12月の半ばだ。そうか、また正月がやって来るのか・・・)
ヒョイとミカンを手にした勇作が、皮の剥き方に少しの間、戸惑う。
『貸して』とすずの手が伸びてくる。
みかんのヘソ(ヘタがない側の中心)に指を入れたすずが、そのまま4等分に
ミカンをパックリと割る。
通常の皮を剥いてから食べる方法よりも、1ステップ早い剥き方だ。
ヘタのほうから身を剥がしていくと、白いスジが綺麗に取れる。
ミカンの特産地・和歌山で生まれた『和歌山むき』という早業だ。
『はい』剥き終えたミカンを、すずが勇作の手の中へ戻す。
黙って受け取った勇作が、実のひとつを、ポンと無造作に口の中へ放り込む。
甘酸っぱい果汁が、口の中いっぱいに広がっていく。
(美穂ちゃんは、俺に何を言いたかったのだろう・・・
変った様子は俺には見つからないが、彼女は何かを敏感に感じてとっている。
いったい何だ。すずの中で、変ってきていることとは・・・)
ほろ苦い香りが、口の中から鼻にまでひろがったとき。
勇作が、「あれ?」と感じたすずの、つい最近の出来事を思い出した。
(そういえば、不自然だと感じた出来事が、有ったなぁ・・・
何かを思い出せず、すずが困ったような顔をしていたことが有った。
だが、そんなことは普通に良くあることだ。歳をとれば、誰だって忘れっぽくなる。
気になったことといえば、それだけだ。
だけど、それがすずの気になる症状と、なにか関係が有るというのか?)
(21)へつづく
『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら
(20)母の気になる症状
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/8c/4eafbfb6ecb98ff4206daea899fca152.jpg)
「気になる症状って、どんな事なの?」
美穂の「あとで」と付け足した言葉に、勇作が反応する。
「たとえば・・・」と美穂が具体例を口にあげようとした時、台所から
すずが戻って来る気配が聞こえてきた。
「ここじゃまずい。やっぱり、あとで・・・」美穂が片目をつぶる。
「そうだね。じゃ、あとにしょう」すずに聞かれては不味い話だろうと納得して、
勇作が、別の方向へ話を切り変える。
「それにしても過酷だね。まる2日、一睡もしないで仕事してきたんだろう。
そろそろ寝たほうが良い。俺もまもなく失礼する時間だから」
「大丈夫。おじ様の顔を見たら元気が出たわ。
それにこの程度のことは、序の口です。
お盆休みのときなんか、連続8日間も緊急手術がつづきました。
それも、全員が外傷ばっかりで、内容も実にさまざま。
ガラスで腱を切ったとか、指を詰めちゃったとか、
そんな風に怪我した人たちばかりが、次から次にやってきました」
「指を詰めたって・・・まさか、やくざじゃないだろうね」
「ご心配なく、普通の人です。
自傷行為でクビ切ったとか、あとは、労災関連のけが人も飛び込んで来ました。
工場の機械で、手までプレスしちゃった人が数名。
酔っ払いのおじさんは、大怪我でした。
大のおとながむかついて、ガラス戸を殴ったあげく腱10本を損傷して、
神経+動脈まで断裂。おいおい大丈夫かよ、って感じです。
極めつけは、スナックのママさん。
夜中にドアで指を詰めたスナックのママが、真っ青な顔で運ばれてきた。
手術室を終えて、やっと片付いたと思ったら、また看護婦さんが飛んで来た。
『先生、もう一人やってきました!』
おいおい、夜中に連続の急患かい!?とおもえば,二人目もドアで指挟んだ男性です。
夜中になんで二人も、ドアで指をはさむのよ!!?
2件の手術が終わったら、外はもう、すっかり明るくなっていました・・・
しかもその日は、午前中は病棟回診。夕方から当直。
次の日も普通に、朝から仕事。もう、こころの底から泣きました」
『因果な商売なんです。女医という職業は』うふふと美穂が、
唇の端を歪めて笑う。
すずが紅茶とミカンを運んできた。
炬燵の上にドスンと置かれたミカンが、正月が近いことを物語る。
(そういえば、もう12月の半ばだ。そうか、また正月がやって来るのか・・・)
ヒョイとミカンを手にした勇作が、皮の剥き方に少しの間、戸惑う。
『貸して』とすずの手が伸びてくる。
みかんのヘソ(ヘタがない側の中心)に指を入れたすずが、そのまま4等分に
ミカンをパックリと割る。
通常の皮を剥いてから食べる方法よりも、1ステップ早い剥き方だ。
ヘタのほうから身を剥がしていくと、白いスジが綺麗に取れる。
ミカンの特産地・和歌山で生まれた『和歌山むき』という早業だ。
『はい』剥き終えたミカンを、すずが勇作の手の中へ戻す。
黙って受け取った勇作が、実のひとつを、ポンと無造作に口の中へ放り込む。
甘酸っぱい果汁が、口の中いっぱいに広がっていく。
(美穂ちゃんは、俺に何を言いたかったのだろう・・・
変った様子は俺には見つからないが、彼女は何かを敏感に感じてとっている。
いったい何だ。すずの中で、変ってきていることとは・・・)
ほろ苦い香りが、口の中から鼻にまでひろがったとき。
勇作が、「あれ?」と感じたすずの、つい最近の出来事を思い出した。
(そういえば、不自然だと感じた出来事が、有ったなぁ・・・
何かを思い出せず、すずが困ったような顔をしていたことが有った。
だが、そんなことは普通に良くあることだ。歳をとれば、誰だって忘れっぽくなる。
気になったことといえば、それだけだ。
だけど、それがすずの気になる症状と、なにか関係が有るというのか?)
(21)へつづく
『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら