落合順平 作品集

現代小説の部屋。

つわものたちの夢の跡・Ⅱ   (16)18歳の訪問着

2015-04-16 11:21:34 | 現代小説

つわものたちの夢の跡・Ⅱ
 
(16)18歳の訪問着




 日ごろから訪問着や振袖を、仕立てているだけのことはある。
先輩たちの手際は、きわめて熟練している。
呆然としているすずを尻目に、訪問着の着付けが手際よくすすんでいく。


 同じような体型をしている和子の訪問着は、すずの身体にピタリと合った。
出来上がったすずの18歳の訪問着姿に、みずみずしさが漂う。
鏡を見つめるすずも、出来がった自分の美しさに思わずはっと息を呑む。


 「やっぱりねぇ。
 20歳前の素の美しさは、捨てがたいものがあります。
 10代ならではの、健康的な、ピチピチとした美しさが有るもの。
 昔はねぇ。女たちは、10代の頃から、普通に着物を着て過ごしてきました。
 16になれば、身長の伸びが止まります。
 大人サイズの着物を着ることが可能になる、年頃に達します。
 成人式に初めて着物を着るのではなく、こんな風に10代のうちから
 着物に馴染んでいきたいものです。
 綺麗に出来上がりました。すずちゃん。
 これなら何処へ出しても恥ずかしくは、ありません」



 寮母が満足そうに、すずの訪問着姿を見つめる。
「完璧です・・・この子ったらまるで、着物を着るために生まれてきたようです」
着付けを手伝った先輩のひとりが、ふぅ~と、すずの出来あがりにため息を漏らす。


 「背は低め。なで肩で長い首、少しだけハト胸。
 うふふ。ホントですねぇ。
 あなたには、着物美人になるための条件がすべて揃っています。
 持ち主のあたし以上に、訪問着がよく似合っているもの。
 まるであなたのために、仕立てたようです」


 訪問着を提供した先輩の和子も、目を細めてすずを見つめる。
訪問着は、日本女性がまとう正装のひとつだ。
当初は背中と両袖の3カ所に家紋を入れる慣例が有ったが、次第に廃れてきた。
今では紋を入れないほうが多い。
「絵羽物」と言われる、華やかな模様に最大の特徴がある。


 絵羽物は生地を採寸通りに裁断して、まず仮縫いをする。
着物として仕立てた時おかしくならないよう、全体に絵を描いた後、
再び解き、染色の作業をおこなう。
帯の上にも下にも、柄が入る。柄のすべてが縫い目をまたいでつながっていく。
同じ柄物着物である※付け下げと、この点が異なる。
大正初期に三越が、よそのお宅に訪問するに足る格の着物、という意味合いで
販売したのが、「訪問着」の名前の由来になった。



 ※付け下げ(つけさげ)。訪問着を簡略化した染めの着物。
 外見的な特徴として、訪問着より模様が少ない。
 衿と肩、裾の前身頃とおくみの模様が、つながっていない。
 反物で染色され、販売時も反物のまま店頭に並ぶことが多い。
 太平洋戦争中に絵羽模様の訪問着が禁制品となったため、代用として定着した。


 「すずちゃんの、色の白いことが、なによりですねぇ。
 昔から、肌の白さは七難隠すと言います。
 色白の女性というものは、顔かたちに多少の欠点があっても、
 それを補って美しく見えますからねぇ」


 「寮母さん。それって、わたしの顔の造りはごく平凡なのに、
 こうして高い着物を着ると、それなりにかわいく見える、という意味ですか?」


 
 「ご明察です。あなたは、とても賢いわ。
 ほら、こうしているあいだに、時刻は早くも5時50分になりました。
 約束の6時はもうすぐです。
 楽しみですねぇ。白馬の王子様が登場するのが」


 「白馬の王子が登場する?。なんの話ですか、私は何も聞いていませんが・・・」


 「あら、伝えてなかったかしら、あなたには。
 あなたの幼なじみの勇作君が、あなたに会いにやってくる時間です。
 変ですねぇ・・・
 和ちゃんに訪問着を貸してちょうだいと頼んだとき、伝言を頼みましたけど、
 届かなかったのかしらねぇ・・・まぁ、別に問題は無いでしょう。
 彼がやって来る時間にはちゃんと間に合いましたし、出来上り具合も完璧です。
 あら、寮の前にタクシーが停まりましたねぇ。
 到着したのかしらねぇ。
 あなたの白馬の王子様が。予定よりも10分も前に!」


 
(17)へつづく


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