落合順平 作品集

現代小説の部屋。

つわものたちの夢の跡・Ⅱ   (14)3年目に入ったすず

2015-04-11 12:28:51 | 現代小説
つわものたちの夢の跡・Ⅱ
 
(14)3年目に入ったすず




 (なんで勇作に突然、あんな冷たい態度をとってしまったんだろう・・・)
それ以降、すずは修復のチャンスを失ったまま、半年が過ぎていく。
結局。勇作は京都へ姿を現さなかった。 
自分でも呆れるほどの冷たい言葉を口にしたすずが、春から
和裁塾の3年生になる。
2年間にわたり、着物を仕立てるための基礎技能を学んできたが、
3年生にすすむと、より実践的な仕事の世界が塾生たちを待っている。



 反物から、着物は作られる。
和服の材料となる織物のことを、反物と呼ぶ。
幅は36cmから72cm。長さが4mから26mまでの細長い布を巻いたものが反物だ。
女性用の長着に使われるのは、幅が36cmの並巾と呼ばれる反物だ。
長着を作りあげるためには、12mの並巾が必要になる。


 直線に裁ち、直線に縫製しながら着物を縫い上げていく。
反物に模様や柄が有る場合、上手につないでいくことも和裁には必要になる。
反物の柄とは別に、縫い目を跨いで柄を創る絵羽物が有る。
上質とされる留袖、訪問着、付下げなどは、絵羽物を代表的する着物だ。
絵羽は全体として、一つの柄を構成する。



  広げれば、屏風絵のようなひとつの絵になる。
縫い目を考慮して染なければならないため、留袖や訪問着などは、
白生地の段階で裁断し、いちど着物の形に仮縫いしてから、染めを行う。
縫い目をまたいで柄を創ると言うことは、必ずしも染めや織柄が縫い目を
跨いでいる事を意味しない。
柄を飛び飛びに配して、全体で一つの絵を表現する場合も有る。
色のグラデーションで、絵羽を創ることもある。
無地の着物の裾に、幾つかの刺繍を散らしただけでも絵羽柄になる。
絵羽物は、反物よりも格段に高い縫い合わせの技術が、
和裁士に求められる。


 神経を減らす仕事が続く中、すずの頭から電話の一件が消えていく。
だが勇作の電話は、いまでも、月に1度か2度、思い出したようにかかってくる。
応対するのは、2人のボタンの掛け違いを心配している寮母だ。



 「半年も経つというのに、すずちゃんの機嫌は治っておらんようどす。
 けどなぁ、心配はおへん。悲観することもあらしまへん。
 ウチがなんとかしますさかい、今度は、安心して京都へお越しやす」



 「そうですか。すずは生まれつき頑固なところがあります。
 無理をお願いすると、あとで寮母さんに、迷惑をおかけしますから・・・」



 「遠慮なんぞいらん。
 ウチは、日本全国からやってくる、気難しい年頃のお嬢さんを、
 ぎょうさん預かっとります。
 ささいな事でへそを曲げる気まぐれは、年頃の女の子には、よう有ることどす。
 3年生になると、裁縫の難度が各段に上がんのどす。
 寮で暮らす5年間のうち、3年目のいまが、最大の正念場になりますなぁ。
 ここを乗り切って、晴れて一人前の和裁士にたどり着けるんどす」


 「そんな大事な時期に俺が訪ねて行ったら、へそを曲げているすずのやつに、
 よけいに嫌われてしまいそうな気もしますが・・・」


 「阿保やこと言わんて。恋に、多少の波風はつきもんや。
 ましてや、昔なじみのお2人やないか。
 あんたがおじけづいていて、どうすんの。
 万事、ウチが段取りを立てますさかい、あんたは安心して京都へお越しやす」



 「何か名案でも有るのでしょうか?・・・」



 「綺麗になったすずちゃんに会いたいやろ、あんたも。
 女の子は美しく生まれ変わると、一番好きな人に自分を見てもらいたいもんや。
 日本の着物には、そういう不思議な魔法が潜んでいます。
 心配せんで、京都へおいで。
 来週の水曜日やろ、あんたが京都へやって来る日は。
 5月23日が、待ちどおしいでしょ、あんたも。
 ウチがなんとかしておくさかい、5月23日は、大船に乗って京都へおいで」

 
(15)へつづく


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