落合順平 作品集

現代小説の部屋。

つわものたちの夢の跡・Ⅱ (11)満開、京都の桜

2015-04-08 12:43:50 | 現代小説
つわものたちの夢の跡・Ⅱ

(11)満開、京都の桜




 京都の春は、満開の桜からはじまる。
周囲を山や丘陵に囲まれた盆地のため、標高の低い街中から桜の開花がはじまる。
市内が満開になったあと、四方の山へ桜前線がいっせいに広がっていく。


 市内の桜が盛りを過ぎたころ、嵐山、嵯峨野で桜の花が咲く。
あとを追うように鞍馬寺や、大原の里で桜の花が満開の時を迎える。
和裁塾で迎える2年目の春。
すずが塾へ通う途中で、満開の桜に思わず驚きの声をあげる。



 「去年は、桜を見る余裕がありませんでしたが、
 綺麗なものです・・・たくさん咲くのですねぇ、市内に、桜の花が」


 「明けれも暮れても、ひたすら運針に没頭した1年だもの。
 塾生の中であんたほど不器用で、要領と呑み込みが悪くて、
 上達の遅い子は初めてです。
 けどなぁ。2年生になった中で運針だけなら、あんたが1番や。
 1年生は、ひたすら我慢をする時です。
 それを乗り越えた子だけが、ご褒美に、こんな綺麗な桜が見られます」



 1年間。すずを見守ってくれた和子は、この春から最終学年にすすむ。
4年間、見続けてきた塾の行き帰りの桜も、この春で見納めになる。



 「あとで天神さん(北野天満宮)へ行こうか。
 桜も満開やし、なによりも天神さんは、学問の神様や。
 ウチ等の守り神みたいなもんやから、お願いをしておいて絶対に損は無い。
 毎月25日は、天神さんの縁日で、賑やかに蚤(のみ)の市が立つ。
 美術品や骨董品。アンティーク着物なんかを扱う露店がずら~と軒を並べる。
 ひとつひとつひやかして歩くのも、楽しいもんやでぇ」


 「北野天満宮が、すぐ近くに有るなんて、初めて知りました・・・」


 「運針に明け暮れた1年だもの。周りが見えないのは当り前のことです。
 天神さんだけやあらへんで。
 金閣寺にも歩いて行けるし、きぬかけの路から見る、桜の様子も絶景や」



 「きぬかけの路?」



 「市道183号のことや。別名は鞍馬口通り。
 第59代の宇多天皇が真夏に雪景色が見たいと言い出し、
 衣笠山に白絹をかけて覆い、雪景色に見せたという故事から、
 「きぬかけの山」と呼ばれているんや。
 衣笠山の麓に沿って、足利義満が隠居所として建てた金閣寺から、
 禅の境地を表す石庭で有名な龍安寺を経て、御室の仁和寺に至るまでの
 2.5キロほどの通りを、きぬかけの路と呼ぶんや」


 「和裁の技術も凄いですけど、物知りなんですねぇ、先輩は」



 「天神さんも、きぬかけの路の話も、全部わたしの面倒を見てくれた
 先輩からの受け売りです。
 あんたも先輩になったら、後輩たちに教えてあげるといいわ。
 ついでにもうひとつ。
 塾生の外泊は禁止だけど、ひとつだけ抜け道があるの。
 肉親から事前に連絡が有った場合だけ、外泊が許されるという決まりがあるの。
 みんな、それを逆手にとって活用しているわ。
 手紙を書いてボーイフレンドに、肉親になりすませて電話を入れさせるの。
 会いたいでしょう、あなただってボーイフレンドに?」



 (特にそういう人は居ません・・・)と言いかけて、すずが言葉を呑み込む。
塾の先輩たちは和裁の指導もしてくれるが、もう一方で多感な少女たちの欲求を
ひそかに満たすための裏技も、抜け目なく教えてくれる。


 (そういえば、東京へ行った勇作はいまごろどうしているんだろう。
 忙しすぎて、手紙を書くことさえ忘れていました・・・)



 ハラハラと散り急ぐ桜の木の下で、すずが久しぶりに勇作のことを
少しだけ、懐かしい思いで胸に甦らせている。

(12)へつづく

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