つわものたちの夢の跡・Ⅱ
(12)すずの2年目
2年目に入ると部分縫いから、全体的な基礎技能の習得に入る。
やがて単衣(ひとえ)の着物を中心に、ひとりですべてを縫えるようになる。
着物は季節により、使う材質と仕立て方法が変るというしきたりがある。
制服を着る学生たちや社会人は、年に2回の衣替えが有る。
6月1日から夏服、10月1日から冬服に衣替えをするが、着物の場合は
衣替えの節目が年に3回もある。
袷(あわせ)、単衣(ひとえ)、うすものと節目ごとに変えていく。
単衣(ひとえ)の着物は、6月と9月に着用される。
単衣は袷の着物に使う生地を、裏地をつけずに仕立てたものをいう。
6月に着用する単衣は、夏が近いことから涼しげな模様や色目を選び、
夏帯とそれに見合った小物を用いる。
9月に着用する単衣は、秋を感じる模様や色目を選び、冬帯とそれに合わせた
小物を用いる。
うすものの着物は、7月と8月の2ヶ月間だけ着用される。
仕立て方は、単衣の着物と同じで、盛夏用の素材や生地が用いられる。
涼しげな絽(ろ)や紗(しゃ)などの、透ける生地が使われる。
帯や長襦袢、小物にも絽や紗、レースなどの夏物素材が使われる。
袷の着物は、10月はじめから5月末までが着用の期間になる。
袷は、表地に裏地を縫い合わせたもののことで、裏地には着やすいように
すべりの良い羽二重などが用いられる。
裏身頃や裏袖、裏衿、裏衽(うらおくみ)を、胴裏(どううら)とよばれる
生地で仕立てられることも有る。
裾には、裾回しや※八掛(はっかけ)とよばれる生地が使われる。
※八掛(はっかけ)。袷の着物の裾の裏につける布。
前後の身頃の裾裏に4枚、衽の裏に2枚、襟先の裏側に2枚つける。
合計8枚掛けることから、八掛と呼ぶ。
着物の表地が傷まないように保護する役目を持ち、裾捌きがよくなる。
歩いたり座ったりするとき、目に触れることが多くなるため、
裾や袖口の色のアクセントになる。こだわると隠れたおしゃれにもなる。
すずの仕立ては、着物を縫うたびに上達していく。
「塾内で一番の問題児だった女の子が、一番の優等生に昇格しましたねぇ。
諦めなければ何事も必ず叶うという、なによりの見本です。
あたしだって一時は、あなたのことを、本気で見離そうかと考えました。
でもよかったぁ~、見捨てなくて。冷たい先輩だと恨まれずに済んだもの・・・
あはは」
能登から来た先輩、和子が、すずの1年生の頃を思い出して楽しそうに笑う。
2年生の冬休みが終る頃。
すずの腕前は、先輩の上級生たちに追いついた。
初心者のすずが、短期間でここまで上達したのには訳が有る。
運針の習得に苦労していたころ、練習用に先輩が上達のためのアイテムをくれたからだ。
筒状に加工された、特訓用のさらしだ。
和裁の修行は、針の運びを身に着けることからはじまる。
筒状に加工されたさらしは、いくら針を進めてもゴールがやって来ない。
練習に励むには、もってこいといえるアイテムだ。
(此処に居る5年間、わたしは毎晩、運針の特訓を自分に課します)
密かに心に決めたすずは、眠る前の30分、ゴールのないさらしの布を相手に、
運針の特訓に励む。
「努力の虫さん。寮母さんが呼んでます。
勇作という男の子から、とにかく出してくれと、電話が入っているそうです。
親族以外は駄目だと断ったら、そのうち親族になると断言したそうです。
勇気のある男の子よねぇ。普通は絶対に言えません、そんな風には。
でも安心をしました。
あなたにも居たのねぇ。将来、親族になってくれる男の子が・・・・」
「ほら。待たせたら可哀想です。早く行きなさい」すずを呼びに来た
和子が、自分の事のように嬉しそうな笑顔をみせる。
(13)へつづく
つわものたち、第一部はこちら
(12)すずの2年目
2年目に入ると部分縫いから、全体的な基礎技能の習得に入る。
やがて単衣(ひとえ)の着物を中心に、ひとりですべてを縫えるようになる。
着物は季節により、使う材質と仕立て方法が変るというしきたりがある。
制服を着る学生たちや社会人は、年に2回の衣替えが有る。
6月1日から夏服、10月1日から冬服に衣替えをするが、着物の場合は
衣替えの節目が年に3回もある。
袷(あわせ)、単衣(ひとえ)、うすものと節目ごとに変えていく。
単衣(ひとえ)の着物は、6月と9月に着用される。
単衣は袷の着物に使う生地を、裏地をつけずに仕立てたものをいう。
6月に着用する単衣は、夏が近いことから涼しげな模様や色目を選び、
夏帯とそれに見合った小物を用いる。
9月に着用する単衣は、秋を感じる模様や色目を選び、冬帯とそれに合わせた
小物を用いる。
うすものの着物は、7月と8月の2ヶ月間だけ着用される。
仕立て方は、単衣の着物と同じで、盛夏用の素材や生地が用いられる。
涼しげな絽(ろ)や紗(しゃ)などの、透ける生地が使われる。
帯や長襦袢、小物にも絽や紗、レースなどの夏物素材が使われる。
袷の着物は、10月はじめから5月末までが着用の期間になる。
袷は、表地に裏地を縫い合わせたもののことで、裏地には着やすいように
すべりの良い羽二重などが用いられる。
裏身頃や裏袖、裏衿、裏衽(うらおくみ)を、胴裏(どううら)とよばれる
生地で仕立てられることも有る。
裾には、裾回しや※八掛(はっかけ)とよばれる生地が使われる。
※八掛(はっかけ)。袷の着物の裾の裏につける布。
前後の身頃の裾裏に4枚、衽の裏に2枚、襟先の裏側に2枚つける。
合計8枚掛けることから、八掛と呼ぶ。
着物の表地が傷まないように保護する役目を持ち、裾捌きがよくなる。
歩いたり座ったりするとき、目に触れることが多くなるため、
裾や袖口の色のアクセントになる。こだわると隠れたおしゃれにもなる。
すずの仕立ては、着物を縫うたびに上達していく。
「塾内で一番の問題児だった女の子が、一番の優等生に昇格しましたねぇ。
諦めなければ何事も必ず叶うという、なによりの見本です。
あたしだって一時は、あなたのことを、本気で見離そうかと考えました。
でもよかったぁ~、見捨てなくて。冷たい先輩だと恨まれずに済んだもの・・・
あはは」
能登から来た先輩、和子が、すずの1年生の頃を思い出して楽しそうに笑う。
2年生の冬休みが終る頃。
すずの腕前は、先輩の上級生たちに追いついた。
初心者のすずが、短期間でここまで上達したのには訳が有る。
運針の習得に苦労していたころ、練習用に先輩が上達のためのアイテムをくれたからだ。
筒状に加工された、特訓用のさらしだ。
和裁の修行は、針の運びを身に着けることからはじまる。
筒状に加工されたさらしは、いくら針を進めてもゴールがやって来ない。
練習に励むには、もってこいといえるアイテムだ。
(此処に居る5年間、わたしは毎晩、運針の特訓を自分に課します)
密かに心に決めたすずは、眠る前の30分、ゴールのないさらしの布を相手に、
運針の特訓に励む。
「努力の虫さん。寮母さんが呼んでます。
勇作という男の子から、とにかく出してくれと、電話が入っているそうです。
親族以外は駄目だと断ったら、そのうち親族になると断言したそうです。
勇気のある男の子よねぇ。普通は絶対に言えません、そんな風には。
でも安心をしました。
あなたにも居たのねぇ。将来、親族になってくれる男の子が・・・・」
「ほら。待たせたら可哀想です。早く行きなさい」すずを呼びに来た
和子が、自分の事のように嬉しそうな笑顔をみせる。
(13)へつづく
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