落合順平 作品集

現代小説の部屋。

つわものたちの夢の跡・Ⅱ   (13)勇作からの電話

2015-04-10 13:43:24 | 現代小説

つわものたちの夢の跡・Ⅱ
 
(13)勇作からの電話




 「何か、ご用?」
ことさら冷静を装い、すずが電話口に出る。


 「なに気取ってんだよ、すず。
 俺だよ勇作だ。まさか幼なじみの俺の声を、忘れたわけじゃないだろうな」



 「あんたのほうこそ、ウチのことなんか忘れておったくせに。
 あれから3年や。手紙もくれんし、帰っても来ない。
 いくら幼なじみでも3年間も音沙汰なしでは、完全に忘れてしまった過去の人や。
 あんたなんか、記憶の隅で、埃だらけの過去の男や」


 「手厳しいなぁ、相変わらず。
 卒業旅行の行き先が、京都か北海道、沖縄の三択から選ぶことになった。
 で俺は当然、すずのいる京都に決めた。
 行くのは今から一ヶ月後になる。
 嬉しいだろう。首を長くして俺が行くのを待っていてくれ。
 俺がお前に言いたいことは、それだけだ」



 「ウチは、あんたになんか、会いとう無い」


 「会いたくない?・・・なんだよ、俺が嫌いになったのか?」



 「そうやない。
 あんたは3年間の勉強を終えて、これから製造のエリートになるんやろ。
 けどなぁ、ウチはやっとのことで、和裁の世界の入り口に立ったばかりや。
 半人前なんやウチは。
 だから、間もなく一人前になるあんたには会いたくない。
 それだけのことや。
 堪忍な、じゃもう切るで、さいなら」


 カチャリと音を立てて、すずが電話を置く。
壁で聞き耳を立てていた寮母が、「冷たい女やなぁ・・・」と目を丸くする。
だが、10秒と経たないうち、また寮の電話が元気に鳴り始める。
「きっと今の彼氏や!」寮母の指が、電話機に向って嬉しそうに伸びていく。
しかし嬉しそうな指先を、すずの鋭い目が制止する。



 「ウチ。もう出ません。電話は、放っておいてください。
 幼なじみやけど、いつの間にか、自然消滅をしている間柄ですから」



 「そうかぁ。すずちゃんが構わんというのなら、ウチも無理には取り継がん。
 そやけどなぁ。先方の男の子にもいろいろ事情が有んのやろ。
 幼なじみなら余計やで。
 男と女はどこかでボタンを掛け違うと、一生不幸になる。
 悪いことは言わん。まして古い友人ならよけいに大切にしたほうがええ」


 「はい。確かに、寮長はんの言う通りです。
 ウチもほんまは嬉しいんどすが、どこかで天邪鬼(あまのじゃく)な
 あたしが居るんです。
 ごめんなさい。あたしの身勝手に巻き込んでしまって」


 
 背中を見せて、すずが階段を上っていく。
(複雑に揺れる年頃やからなぁ、女の子の、17歳前後というときは・・・)
あとでつまずくことにならへんやろうかと、寮母がすずの背中へ短い溜息をつく。
その日の電話はそれで終わった。


 だが諦め切れないのか、次の日の夕刻。また勇作から電話がかかってくる。
応対に出た寮母が、『あんたもついてないなぁ』と溜息を洩らす。



 「悪いなぁ。取り次いであげたいのはやまやまやけど、
 すずちゃんは、電話に出たくないそうや。
 女こころは秋の空と良く言う。まして若いうちはいろいろと有る。
 試練やと思って、我慢するんやね。
 電話が駄目なら手紙でも書いたらどうや。
 幼なじみとはいえ1度や2度くらい、喧嘩したことが有るんやろ。
 こんなことで、お互いにそっぽを向いたらいかん。
 ボタンはなぁ、一度掛け間違えると2度と元には戻らんさかい、
 気をつけな、あかんぇ」

 
(14)へつづく

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