忠治が愛した4人の女 (21)
第二章 忠治、旅へ出る ⑥

「やめよ、忠治!。手を引け!」
聞き覚えのある声が、背後から飛んできた。
本間道場の師範代、宇右衛門の声だ。
知らせを聞いた宇右衛門が、馬を飛ばして名主の家へ駆けつけてきた。
背後から聞こえてきた師範代の声に、忠治が我に戻る。
男が、首から血を流して倒れている。
馬から飛び降り、こちらへ走って来る師範代の姿を見て、残った2人が血相をかえる。
腰にさしていた長脇差をあわてて放り出す。
迫って来る師範代の姿を見ながら、ずるずると後ろへ下がっていく。
遠巻きにしていたやじ馬たちの一角が崩れる。
2人のための、逃げ出す道が開いた。
「ひえ~」と悲鳴を上げた2人が、振り向きもせず凄い勢いで駆け出していく。
正気に戻った忠治が、手元の義兼を見つめる。
何が起こったのか、よく分からない。
見下ろした義兼の刀身が血をあびて、真っ赤に染まっている。
自分の全身を見つめ回す。
着物が血で真っ赤に染まっている。しかし身体のどこにも、痛みは感じない。
(どこも痛くねぇ。大丈夫だ。俺はまだ生きている・・・)
大量の血をあびて、あちこちが赤く染まっているだけだ。
「大丈夫か、忠治」
師範代の声に忠治が「はい」とうなずく。
「そいつはなによりだ。
だがまずいなぁ。こっちの男はもう無理だろう。
ほれぼれするほど見事な切り口だ。
頸動脈がここまで切れていたんじゃ、まず、助からねぇだろう」
虚ろな目を見せてふるえていた男が、やがて、がくりとこと切れる。
宇右衛門が亡くなった男の全身を調べ始める。
隅へ逃げていた名主も、男の正体を見極めるため近づいてくる。
「何者ですか。こいつは?」
宇右衛門が、近づいてきた名主を見上げる。
「久宮の親分の客人で、野州無宿の何とかと名乗っておりましたが」
「野州無宿・・・ということは無頼の者だな。
そんな男がなんで名主さんのところへ、乗り込んで来たのですか?」
「勘助一家に因縁をつけに来た。
勘助親分も、嘉藤太も留守だったため、空振りになった。
このままじゃ帰れないと浅を連れて、わたしの家に乗り込んで来た。
久宮一家の縄張りの中で、勘助たちが賭場を開いてたのを知りながら、
見ねえ振りをしてたと、言い掛かりを付けてきたんです」
「ごろつきどものゆすりか。まぁ、身から出た錆びというところだな。
しかし、殺しちまったのはまずい。
おい、忠治。
とりあえず、血だらけの手と顔を洗ってこい。
あとのことは俺と名主で、なんとか手だてを考えてみよう」
忠治が裏庭へ回っていく。
井戸からくんだ水で、血に染まった義兼の刀身を洗い流していく。
もういちどくみ上げた水で、顔と手を洗い始める。
(そういえば、縛られたガキはどうしたんだ?。
夢中だったもんで、ガキのことをすっかり忘れていたぞ・・・)
「おいらなら、無事さ」いきなり忠治の背後で声がした。
振りかえると見覚えのあるガキが、両手に手ぬぐいを持って立っている。
板割りの浅だ。
名主に言われ、忠治のもとへ手ぬぐいを届けにきたらしい。
「おう。ありがとうよ」手ぬぐいを受け取った忠治が、浅の目を覗き込む。
「ぼうず。怖くはなかったか。小さいくせに、よく頑張ったなぁ」
「てやんでぇ。不意をつかれたから縛られちまっただけだ。
あいつら卑怯だぜ。いきなりうしろからやって来たんだ。
正面から来たら、絶対に負けやしねぇ。
今度は、みんなまとめておいらのヤリで、串刺しにしてみせるから!」
(なるほどな。負けん気だけは一人前のようだな、このくそガキは・・・)
(22)へつづく
新田さらだ館は、こちら
第二章 忠治、旅へ出る ⑥

「やめよ、忠治!。手を引け!」
聞き覚えのある声が、背後から飛んできた。
本間道場の師範代、宇右衛門の声だ。
知らせを聞いた宇右衛門が、馬を飛ばして名主の家へ駆けつけてきた。
背後から聞こえてきた師範代の声に、忠治が我に戻る。
男が、首から血を流して倒れている。
馬から飛び降り、こちらへ走って来る師範代の姿を見て、残った2人が血相をかえる。
腰にさしていた長脇差をあわてて放り出す。
迫って来る師範代の姿を見ながら、ずるずると後ろへ下がっていく。
遠巻きにしていたやじ馬たちの一角が崩れる。
2人のための、逃げ出す道が開いた。
「ひえ~」と悲鳴を上げた2人が、振り向きもせず凄い勢いで駆け出していく。
正気に戻った忠治が、手元の義兼を見つめる。
何が起こったのか、よく分からない。
見下ろした義兼の刀身が血をあびて、真っ赤に染まっている。
自分の全身を見つめ回す。
着物が血で真っ赤に染まっている。しかし身体のどこにも、痛みは感じない。
(どこも痛くねぇ。大丈夫だ。俺はまだ生きている・・・)
大量の血をあびて、あちこちが赤く染まっているだけだ。
「大丈夫か、忠治」
師範代の声に忠治が「はい」とうなずく。
「そいつはなによりだ。
だがまずいなぁ。こっちの男はもう無理だろう。
ほれぼれするほど見事な切り口だ。
頸動脈がここまで切れていたんじゃ、まず、助からねぇだろう」
虚ろな目を見せてふるえていた男が、やがて、がくりとこと切れる。
宇右衛門が亡くなった男の全身を調べ始める。
隅へ逃げていた名主も、男の正体を見極めるため近づいてくる。
「何者ですか。こいつは?」
宇右衛門が、近づいてきた名主を見上げる。
「久宮の親分の客人で、野州無宿の何とかと名乗っておりましたが」
「野州無宿・・・ということは無頼の者だな。
そんな男がなんで名主さんのところへ、乗り込んで来たのですか?」
「勘助一家に因縁をつけに来た。
勘助親分も、嘉藤太も留守だったため、空振りになった。
このままじゃ帰れないと浅を連れて、わたしの家に乗り込んで来た。
久宮一家の縄張りの中で、勘助たちが賭場を開いてたのを知りながら、
見ねえ振りをしてたと、言い掛かりを付けてきたんです」
「ごろつきどものゆすりか。まぁ、身から出た錆びというところだな。
しかし、殺しちまったのはまずい。
おい、忠治。
とりあえず、血だらけの手と顔を洗ってこい。
あとのことは俺と名主で、なんとか手だてを考えてみよう」
忠治が裏庭へ回っていく。
井戸からくんだ水で、血に染まった義兼の刀身を洗い流していく。
もういちどくみ上げた水で、顔と手を洗い始める。
(そういえば、縛られたガキはどうしたんだ?。
夢中だったもんで、ガキのことをすっかり忘れていたぞ・・・)
「おいらなら、無事さ」いきなり忠治の背後で声がした。
振りかえると見覚えのあるガキが、両手に手ぬぐいを持って立っている。
板割りの浅だ。
名主に言われ、忠治のもとへ手ぬぐいを届けにきたらしい。
「おう。ありがとうよ」手ぬぐいを受け取った忠治が、浅の目を覗き込む。
「ぼうず。怖くはなかったか。小さいくせに、よく頑張ったなぁ」
「てやんでぇ。不意をつかれたから縛られちまっただけだ。
あいつら卑怯だぜ。いきなりうしろからやって来たんだ。
正面から来たら、絶対に負けやしねぇ。
今度は、みんなまとめておいらのヤリで、串刺しにしてみせるから!」
(なるほどな。負けん気だけは一人前のようだな、このくそガキは・・・)
(22)へつづく
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