落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (21)       第二章 忠治、旅へ出る ⑥

2016-07-23 06:09:15 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (21)
      第二章 忠治、旅へ出る ⑥



 「やめよ、忠治!。手を引け!」



 聞き覚えのある声が、背後から飛んできた。
本間道場の師範代、宇右衛門の声だ。
知らせを聞いた宇右衛門が、馬を飛ばして名主の家へ駆けつけてきた。
背後から聞こえてきた師範代の声に、忠治が我に戻る。



 男が、首から血を流して倒れている。
馬から飛び降り、こちらへ走って来る師範代の姿を見て、残った2人が血相をかえる。
腰にさしていた長脇差をあわてて放り出す。
迫って来る師範代の姿を見ながら、ずるずると後ろへ下がっていく。



 遠巻きにしていたやじ馬たちの一角が崩れる。
2人のための、逃げ出す道が開いた。
「ひえ~」と悲鳴を上げた2人が、振り向きもせず凄い勢いで駆け出していく。



 正気に戻った忠治が、手元の義兼を見つめる。
何が起こったのか、よく分からない。
見下ろした義兼の刀身が血をあびて、真っ赤に染まっている。
自分の全身を見つめ回す。 
着物が血で真っ赤に染まっている。しかし身体のどこにも、痛みは感じない。
(どこも痛くねぇ。大丈夫だ。俺はまだ生きている・・・)
大量の血をあびて、あちこちが赤く染まっているだけだ。


 「大丈夫か、忠治」



 師範代の声に忠治が「はい」とうなずく。



 「そいつはなによりだ。
 だがまずいなぁ。こっちの男はもう無理だろう。
 ほれぼれするほど見事な切り口だ。
 頸動脈がここまで切れていたんじゃ、まず、助からねぇだろう」


 
 虚ろな目を見せてふるえていた男が、やがて、がくりとこと切れる。
宇右衛門が亡くなった男の全身を調べ始める。
隅へ逃げていた名主も、男の正体を見極めるため近づいてくる。



 「何者ですか。こいつは?」


 宇右衛門が、近づいてきた名主を見上げる。



 「久宮の親分の客人で、野州無宿の何とかと名乗っておりましたが」



 「野州無宿・・・ということは無頼の者だな。
 そんな男がなんで名主さんのところへ、乗り込んで来たのですか?」



 「勘助一家に因縁をつけに来た。
 勘助親分も、嘉藤太も留守だったため、空振りになった。
 このままじゃ帰れないと浅を連れて、わたしの家に乗り込んで来た。
 久宮一家の縄張りの中で、勘助たちが賭場を開いてたのを知りながら、
 見ねえ振りをしてたと、言い掛かりを付けてきたんです」



 「ごろつきどものゆすりか。まぁ、身から出た錆びというところだな。
 しかし、殺しちまったのはまずい。
 おい、忠治。
 とりあえず、血だらけの手と顔を洗ってこい。
 あとのことは俺と名主で、なんとか手だてを考えてみよう」



 忠治が裏庭へ回っていく。
井戸からくんだ水で、血に染まった義兼の刀身を洗い流していく。
もういちどくみ上げた水で、顔と手を洗い始める。



 (そういえば、縛られたガキはどうしたんだ?。
 夢中だったもんで、ガキのことをすっかり忘れていたぞ・・・)



 「おいらなら、無事さ」いきなり忠治の背後で声がした。
振りかえると見覚えのあるガキが、両手に手ぬぐいを持って立っている。
板割りの浅だ。
名主に言われ、忠治のもとへ手ぬぐいを届けにきたらしい。



 「おう。ありがとうよ」手ぬぐいを受け取った忠治が、浅の目を覗き込む。



 「ぼうず。怖くはなかったか。小さいくせに、よく頑張ったなぁ」



 「てやんでぇ。不意をつかれたから縛られちまっただけだ。
 あいつら卑怯だぜ。いきなりうしろからやって来たんだ。
 正面から来たら、絶対に負けやしねぇ。
 今度は、みんなまとめておいらのヤリで、串刺しにしてみせるから!」



 (なるほどな。負けん気だけは一人前のようだな、このくそガキは・・・)

 
(22)へつづく


新田さらだ館は、こちら

忠治が愛した4人の女 (20)       第二章 忠治、旅へ出る ⑤ 

2016-07-22 10:16:40 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (20)
      第二章 忠治、旅へ出る ⑤ 



 
 「やめるんだ忠治!。おまえさんまでこの男に殺されちまう」



 名主の小弥太が、顔色を変えて忠治を止める。
「やかましい。てめえは出しゃばるんじゃねぇ、引っ込んでろ。もう手遅れだ」
北辰一刀流の使い手が、乱暴に名主の肩を突きとばす。
年寄りの名主に手加減しないところに、この男の凶暴性がよくあらわれている。
おそらくこの男が、佐与松を斬り捨てたのだろう。



 (くそ野郎め。
 留守役の佐与松を斬り捨てたあげく、幼い子供を人質にとるなんて
 卑怯をはたらくにも限度ってものがある。
 こんな野郎は絶対に許せねぇ。
 勘助が留守をいいことに、好き放題を繰り返すってのも勘弁ならねぇ。
 貴様みたいに腐ったやつは、俺もお天道様も、絶対に許さねぇ!)



 あらためて激しい怒りが、忠治の腹の底から湧き上がってきた。
しかし。真剣で斬りあうのははじめてだ。
相手の男は、修羅場を何度もくぐりぬけてきた使い手だ。不敵な笑いを頬に浮かべている。
(下手すれば、ここで死ぬかもしれねえな・・・)
冷たい汗が忠治の背中を流れはじめた。足もしだいに震えてきた。
呼吸するたび忠治の頭の中が、真っ白になっていく・・・



 だがもうすでに遅い。あとには引けない。
忠治の右手がじわじわと、義兼を手繰り寄せる。
その瞬間。呼吸を合わせたように相手の男も、長脇差の柄に手を伸ばす。
2人をへだてている距離は、ほぼ2間。
地面を蹴った瞬間。間違いなく相手の正面へお互いの切っ先が届く。



 相手の方が先に動いた。
激しく抜かれた相手の太刀が、鋭く、忠治の顔面めがけて飛んでくる。
思わず忠治が態勢を低くする。
低く構えた忠治が、満身の力を込めて朱色のさやから義兼を引き抜く。
そのまま相手の懐めがけて、忠治が、するどく飛び込んでいく。
ぐさりという鈍い衝撃が、忠治の手元にやって来た。



 (斬るんじゃねぇ。押し込むんだぞ。義兼はそういう刀だ)



 野鍛冶の言葉が、忠治の頭に浮かんだ。
無意識のうちに忠治の右手が、相手に向かってぐりぐりと刃先を押し込んでいく。
確かな手ごたえが、ふたたび忠治の右手にやって来た。



 真庭念流は謎のおおい剣法だ。
真庭の百姓剣法などと揶揄されることもある。
真庭念流は泥臭い。ゆえに実戦向きといえる、野良着の剣法だ。
草ぶかい田舎に土着して師弟ともに田を耕しつつ、先祖から伝わる剣法を、
黙々と修行しながら身に着けていく。



 剣を学んでも、官に仕えることを欲せず。また名も求めない。
剣を力に徒党をくみ、事をはかるようなことも微塵も考えてはいない。



 腕に覚えのある武者修行者が、真庭念流の村へやってくる。
だが、野良を耕している老人や子供たちに手もなくひねられ、逃げて帰っていく。
そんな話が講談の中に、よく登場してくる。
真庭念流は郷土に土着した、あくまでも泥臭い、実戦によく向いた剣法だ。



 「無構え」というへっぴり腰が、真庭念流の真骨頂だ。
構えに、他の流派のような華麗さは無い。
構えた竹刀で、丁々ハッシと打ち合うことなども、絶対におこなわない。
攻めるのも一撃なら、守るのも一撃だ。



 隙が有れば、ひるまず一撃で斬りかかる。
守るのも、身体をひらいて切り返すか、一歩退いて相手をかわしてから斬るか、
前に進んでツバで受け、そのまま刀を巻き落として切り返すか、
このいずれかである。



 忠治が選んだのは、前に飛び込んでの必殺の突きだ。
切っ先が、相手の身体をみごとにとらえた。
ずしりとした手ごたえのあと、生あたたかいものが忠治の顔へ、どっぷりと
ふりかかってきた。

 
 
(21)へつづく

忠治が愛した4人の女 (19)       第二章 忠治、旅へ出る ④

2016-07-20 09:48:46 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (19)
      第二章 忠治、旅へ出る ④



 「相手は、何人だ?」


 「3人です」又八が、乾いた声でこたえる。
田部井(ためがい)村の名主の家までは、およそ1里。
急ぎ足の忠治が、名主の家の門の前に着いたとき。
屋敷の前でやじ馬たちが、たいへんな人だかりをつくっている。
心配そうな顔が、屋敷の中をのぞきこんでいる。



 又八が、人々を押しのける。
忠治が無言のまま、左右に分かれた人ごみの中をすすんでいく。



 菊の花が見事に咲いている庭のど真ん中に、赤い血の跡がみえる。
縁側に、遊び人風の男3人がいる。
縁側に、兄貴分のような男がどっしりと座りこんでいる。
その足元に、土下座している名主の姿が見える。
残った男2人がそれぞれ右と左から、名主の背中を見下ろしている。
佐与松の姿は、どこにも確認することが出来ない。


 最前列に居た見物人が、忠治をふりかえる。



 「なんでぇ。誰かと思えば、おめえはとなり村の忠治じゃねぇか。
 おめえなんかの出る幕じゃねぇ。引っ込んでろい」


 「子供がいるはずだ。そいつはどうした。いま、どこにいる?」



 「ガキはまだ、無事のようだ。
 ぐるぐる巻きにされたまま、縁側の隅に転がされている」



 「斬られた佐与松は、どうした?」



 「バッサリ斬られて、ほとんど即死の状態だ。
 相手の男は腕がたつ。師範代を呼びにやったから、もうすこし待ったらどうだ。
 ひとつ間違えば、おめえも佐与松の二の舞になる」



 「そいつばかりは、やってみなきゃ、わかんねぇだろう・・・」



 かまわず忠治が、前に出る。
「忠治だ。忠治が来たぞ・・・」「へぇぇ、あれが国定村の忠治か・・・」
見物人の間から、どよめきがあがる。
名主の右に立っていた男がやじ馬の声につられて、うしろを振り返る。



 「なんでぇ、おめえは?」男の鋭い目が、忠治を睨む。



 「国定村の忠治だ。
 わけ有って、そこに転がされているガキをもらい受けに来た。
 他に用事はねぇ。ガキを返してもらえば、このまま黙ってここを去る」



 「このガキは、勘助の身内だそうだ。
 そうそう簡単には返せねぇな。
 どうしても欲しいと言うのなら、腕ずくで奪い取ったらどうだ。
 だがよ。おめえのような若造に負けるような、俺たちじゃねえけどな」



 左に立っていた男が、長脇差の柄に手をおいてズイと前へ出てくる。
腕に、そうとうの自信が有りそうだ。
柄においた右手に、いつでも抜くぞという気迫がみなぎっている。



 「腕ずくで取れと言われりゃ、仕方ねぇ。
 遠慮なくいくから、覚悟しな。あとで泣きをみてもしらねぇぞ。
 こう見えても赤堀村の本間道場の四天王のひとり、国定忠治だ」



 「本間道場だって?」縁側に座っていた男が、じろりと鋭い目を忠治に向ける。
「ケンカ剣法で知られる赤堀の本間道場の四天王じゃ、お前らには敵わねぇ。
どれ。ようやく俺の出番の様だな。そこをどけ、お前ら」
のそりと立ち上がった男が、2人の男を押しのけて前に出てくる。



 「国定村の忠治とか言ったな。
 度胸だけは褒めてやる。
 だが相手が悪い。手加減しないでいくから、おまえのほうこそ覚悟しな。
 今日が命日になってもしらねぇぜ。
 へへへ・・・運が悪かったな。俺は、北辰一刀流を使うんだ。
 忘れちゃいねえだろうな。
 真庭念流はその昔、北辰一刀流の千葉修作に打ち負かされていることを」

 
(20)へつづく


新田さらだ館は、こちら

忠治が愛した4人の女 (18)       第二章 忠治、旅へ出る ③

2016-07-18 10:25:00 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (18)
      第二章 忠治、旅へ出る ③




 蚕の時期は、年に4回。
4月の春蚕(はるご)からはじまる。
夏蚕(なつご)、秋蚕(あきご)とつづき晩秋(ばんしゅう)で最後になる。
これ以上遅くなると、桑畑へ霜が降りる。
蚕の大切な食料が霜にやられて、黒く焦げてしまう。


 蚕の期間中。女たちはせっせと蚕の世話を焼く。
蚕と呼ばず、『おかいこ』あるいは『おかいこさま』と大事に呼ぶ。
糸を吐きはじめると、家の中がとたんに忙しくなる。
納屋から繭を作らせるための場所へ、蚕の大移動が始まる。
忠治が戻ったのは、ちょうどドタバタの大移動がはじまったところだ。


 帰って来た忠治に、誰も注意をはらわない。
みんなそれどころではない。
ザルに居れた蚕を、母屋の2階へ運んでいく。
母もお鶴も、使用人も、手伝いを頼まれた近所の女房たちも、ただドタバタと
ザルを手に、母屋と納屋の間をあわただしく往復する。



 (忙しそうだな。だが俺にはかえって、好都合ってもんだ・・・)



 使用人たちを横目に、忠治が離れの部屋へ入っていく。
旅の支度と、五郎にもらった義兼が置いてある。
押入れの奥。古い行李(こおり)の下に、内緒でためた大金が置いてある。
何かの時のためにと忠治が、博打の稼ぎを貯めておいたものだ。


 そいつを懐へ入れ、旅の支度を整えている時だった。
あわただしく廊下を走る足音が、聞こえてきた。
使用人ではないようだ。
ガラリと障子が開いて、汗びっしりの又八が顔を出した。



 「たっ・・・たいへんだ。忠治の兄貴よう。いっ、・・・一大事だ!」


 又八が、部屋の中へ転がり込んできた。
よほど慌てていたのだろう。
ワラジを履いたままだ。汚れた足のまま、奥の部屋へ駈け込んで来た。


 「なんでぇ、ワラジも脱がず、血相変えて飛び込んできゃがって。
 なにがどうした、そんなに慌てて。
 ひょっとして、おめえんちのトンビがタカでも産んだか?」


 「つまらねぇ冗談なんぞ、言っている場合じゃねぇ兄貴。
 ホントに一大事なんだってば!」



 「だから何がどうしたってんだ。なにがいってぇ一大事なんだ」


 「嘉藤太の家に、ならず者たちが乗り込んできた!。
 留守番を頼まれていた佐与松さんが斬られて、そりゃもう田部井村は大騒ぎだ」



 「なんだって。ならず者たちがいきなり乗り込んで来たって・・・
 留守番なら、もうひとり居ただろう。
 たしか、浅とかいう竹槍を持った小生意気なガキが居たはずだ。
 そいつはどうしたんだ、無事なのか」

 
 「そいつなら、ならず者たち縛られて、人質にされちまった。
 嘉藤太も勘助親分もいねえから、これじゃ話にならねぇとならず者どもが
 浅を連れて、名主の家に乗り込んでいった」



 「名主の家に乗り込んでいった?
 穏やかじゃねぇなぁ。押し込んだのはいったい、どこの何者なんだ」



 「久宮一家に世話になってる、流れ者らしい。
 縄張りのことで言いがかりをつけに来たが、あいにく嘉藤太も勘助親分も留守だ。
 それで嘉藤太の親がわりをしている名主の家に、難癖をつけに
 押し入ったらしい」



 「よし。話はわかった。
 ほっとくわけにいかないだろう。捕まっちまった浅のガキが心配だ。
 加勢に行く、案内しろい!」



 忠治が、義兼を片手に立ち上がる。
表に向かって駆けだそうとする又八を、忠治がうしろから呼び止める。



 「ばかやろう。表から飛びだしてどうする。
 刀を持って出るのが見つかってみろ。おふくろやお鶴が大騒ぎするだろう。
 ここは誰も居ない、裏口から出て行こう。
 くわしい話はみちみち、おいおい聞かせてもらうから」

  
(19)へつづく

忠治が愛した4人の女 (17)       第二章 忠治、旅へ出る ②

2016-07-17 06:17:50 | 現代小説
忠治が愛した4人の女 (17)
      第二章 忠治、旅へ出る ②




 意気込んで田部井(ためがい)村の嘉藤太の家までやって来た忠治だが、
賭場が開かれている様子は、まったく無い。
それどころか誰も見えない。妙に静かだ。
忠治が家の中を覗き込むと、すかさず背後から『おっちゃんなら、居ねぇよ』
と子供の声が聞こえてきた。



 振りかえるとこのあたりでは見かけない、生意気そうなガキが立っている。
10歳くらいだが、一人前に竹槍を構えている。



 「誰でぇお前は。このあたりじゃ見かけねぇガキだな」


 
 「そういうオジサンこそ、見かけねえ顔だ。
 俺はおっちゃんに頼まれて、この家の留守番をしているもんだ。
 オジサンこそ、いったいどこの何者だぁ」



 「おまえさんは留守番か。こいつは、俺が悪かった。
 俺は、国定村の忠治というもんだ。
 ここで子分になっている清五郎と富五郎は、俺の昔からの友だちだ。
 で、嘉藤太と勘助の親分は、いったいどこへ行ったんだ?」



 「草津温泉だ。みんなで草津へ湯治に行っちゃった。
 まんじゅうを買ってきてやるから、しっかり留守番していろと、おいらは
 勘助のおっちゃんから、ことづかっている」
 


 「なんでぇ全員で草津か。そいつはまたずいぶんと豪勢な話だな。
 それじゃ仕方ねぇ。帰るとするか。
 また来るからな、坊主。
 頑張って留守番しろよ。きっと良いことがある」


 あばよと忠治が、嘉藤太の家をあとにする。
せっかく田部井に来たんだ、ひとつ年下の又八の家を訪ねてみるかと、
忠治が立ち止まる。
嘉藤太の家から半里あまり西に、又八の家がある。




 「よくは知らねぇですけど、勘助親分にまとまった金が入ったみたいです。
 草津へ行って、パアッと遊んでくると言ってました。
 嘉藤太さんも清五郎さんも富五郎さんも、みんな一緒について行きました」



 「パアッと遊んでくるってっか・・・いい気なもんだぜ、まったく。
 小生意気そうなガキが、一人前に竹槍をかついで留守番していたが、
 あいつはいったい、どこの何者なんだ?」



 「ああ。あいつは勘助親分の甥(おい)っ子で、板割りの浅ってぇガキです。
 甥っ子といっても血はつながっちゃいないんですがね・・・」



 「血がつながっていねぇ?。それはいったいどういう意味だ」



 「勘助親分の妹が、浅の親父んとこへ後妻に入(へえ)ったんです。
 ところが、新しいおっ母と浅の馬が合わねぇ。
 しまいには、家にも寄り付かねえ始末です。
 みかねた勘助親分が、しばらく俺のところに居ろと浅を引き取ったそうです」



 「へぇぇ・・・あたらしいおっ母とは馬が合わねぇが、
 博徒の勘助とは馬が合うのか?」



 「板割り職人のオヤジの跡を継ぐより、勘助親分の子分になるほうを
 選んだんでしょ、あのガキは」



 「ふう~ん。だがよ、あんなガキに留守番をまかせて草津へ遊びに行くなんて、
 大丈夫か、勘助親分も」



 「あれ?。もうひとり、佐与松さんてのが留守番していたはずですが・・・」


 
 「いなかったぜ。俺が行ったときには・・・」



 どちらにしても、嘉藤太の家が留守だということは良く分かった。
(草津の湯か・・・たしかオヤジが生きていたころ、一度だけ行ったことがあるな。
相手にしてもらえない家にくすぶっていたところで、面白くねぇ)



 忠治のふところには、それなりのまとまった金がある。


 
 (五目牛村の千代松でも誘って、俺も草津へ湯治に行くか・・・
 それも悪くねぇ。じゃ、さっそく家へ戻って、旅支度でもするか)


 じゃなと手を振り、忠治が又八の家を後にする。

  
(18)へつづく


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