落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (16)       第二章 忠治、旅へ出る ①

2016-07-16 09:32:28 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (16)
      第二章 忠治、旅へ出る ①




 お鶴が嫁に来てから1年が経った。忠治は17歳。
お鶴もはじめの頃は年下の忠治に、従順に従っていた。
しかし。新しい生活に慣れるにつれ、すこしずつ姉さん風を吹かすようになってきた。
無理もない。お鶴は忠治より歳が2つも上だ。


 母親とはうまくいっている。
朝から晩まで母といっしょに手際よく、たくさんの仕事を片づけている。
なぜか忠治だけが、のけもののような空気が生まれている。



 蚕の季節に入ると女たちは、一日中忙しい。
休みことなく蚕の世話に明け暮れる。未明のうちから蚕に、桑の葉をあたえる。
朝の給仕が終るとすぐさま、つぎの葉を確保するため桑畑へ飛んで行く。
蚕は休むことなく、桑の葉を食べる。
大量にとりこまれた葉の繊維が、蚕の体内でやがて透明の絹糸を生む。


 「ねぇ、あんた。まだ免許皆伝がもらえないの?
 いったい、いつになったら、道場をひらくことができるのさ」


 「そんな簡単に免許がもらえたら、誰でも道場主になれる。
 免許を取るってのは、そんな簡単なことじゃねぇ。
 俺だってそれなりには頑張っているが、免許を取るのはまだまだ先の話だ。
 急かすんじゃねぇ。
 それよりよ。
 たまには仕事をさぼって、2人で何処か遊びに行こうじゃねぇか」


 忠治が手を伸ばして、お鶴を抱き寄せようとする。
しかし。やすやすとその手を逃れたお鶴が、フン!と顔をそむけてしまう。


 「なに言ってんの。忙し過ぎて、そんな暇などありません!」



 お鶴が怖い目を見せる。
姉さん被りを直したお鶴が部屋に忠治を残したまま、バタバタと廊下へ飛び出していく。
こんな風に、あっさりお鶴に逃げられてしまうことが、たびたびだ。
家の中に居ても、忠治は面白くない。
当然のように「てやんでぇ」とばかり、また昔のように外を
ふらふらと遊び歩くようになる。


 おさな馴染みの清五郎と富五郎は、三室村の勘助の子分になっている。
お町の兄の嘉藤太(かとうた)と一緒に長脇差を腰に差し、これでもかとばかりに
肩で風を切り、村の中をのし歩いている。



 三室村の勘助は、最初は地元に一家を張ると言っていた。
しかし。親から反対されたため、三室村に一家をはることを断念した。
仕方なく田部井(ためがい)村にある嘉藤太の家を、本拠地にした。
この頃は、嘉藤太の家に妾まで呼び寄せている。
親分気取りでこちらも肩を振りながら、田部井村のあぜ道をのし歩いている。



  ときどき、久宮(くぐう)一家の若い者がやって来る。
小競り合いから血を見ることも有るが、それ以上には発展しない。
いまのところ大きな争いにもならず、うまく追い返している。
国定村はいまだに久宮一家の縄張りだが、いつの間にか田部井村だけは、
新参者の勘助の縄張りのようになっている。


 そんな中。千代松だけが勘助の子分になっていない。
忠次といっしょに、本間道場へ通っていた。
しかし。ふぬけになってしまった忠次と、話をする気分にならないらしい。
稽古が終わると、さっさとひとりで帰ってしまう。



 (チェっ。なんでぇ。
 気が付けば俺ひとりじゃねぇか。
 いつの間にか、みんなからすっかり、仲間外れの扱いを受けている。
 冷たいもんだな、みんな。
 ガキの頃はあれほど仲良く、つるんで遊んでいたというのに、よ)



 懐手をした忠治が、北風がふきはじめた野良道へ出る。
夏は南東からの風が吹く。
しかし稲が黄金色にかわる頃から、北からの風が吹いてくる。
空っ風が吹く季節にはまだ早い。
しかし北からの風の中にはすでに、冷たいものが含まれている。
風に乗ってやって来た赤とんぼの群れが、頭を垂れた稲穂の上を、
スイスイと、気持ちよさそうに飛び回っていく。



 忠治の懐には、それなりの金がある。
祭りの時期なら大金が動く賭場もあるが、いまはそんな賭場は無い。
嘉藤太の家で一家を張った勘助が貸元になり、いつも賭場がひらかれている、
と言う噂を聞いたことが有る。



 (そうだ。行ってみるか。嘉藤太の家の賭場にでも・・・)



 今日の忠治は久しぶりに、こころいくまで博打が打ってみたかった。

 
(17)へつづく


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忠治が愛した4人の女 (15)       第一章 忠治16歳 ⑪

2016-07-13 10:00:49 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (15)
      第一章 忠治16歳 ⑪



 
 「ずいぶん世話になったな、兄弟」


 五郎がこれがお糸だと、ワラジを履いている若い女の背中を指さす。
身支度を整えた女がくるりと振りかえる。
愛くるしい顔をしている。
典型的な加賀美人だ。しまも気立てが良さそうだ。



 2人は、2年ほど住んだ笠懸を離れていくことになった。
お糸の希望で、冬でも暖かい房州を目指して旅立つことになった。


 
 「これは約束の品だ。遠慮しないで受け取ってくれ」


 いつの間に作り上げたのだろうか。
五郎が、朱塗りの鞘に収まった義兼を差し出す。
忠治の両手にずしりと、刀の重みが降りてくる。



 「抜いてみな」


 刀身を抜くと、刃先が朝陽を受けて青白く光る。
見事なまでに研ぎあげられている。
だが切っ先から3寸ほどにかけて、なぜか薄く曇っている気配が見える。


 「妙だな。先端の切っ先から3寸ほどにかけて、刃先に曇りがあるぞ。
 なんでだ。研ぎ師の野郎が手を抜いたのかな?」



 「ほう。そいつに気がついたか。たいしたもんだ、おめえの勘は。
 そうよ。それがこの刀の切れ味だ」



 「なんでぇ。曇っていたほうが、切れ味が良くなるのか?」



 「サムライが使う刀は、刃の先を、これでもかとばかりに磨き上げる。
 綺麗に波紋がうかび出るまで、徹底的に磨きあげる。
 見た目は、切れそうだ。
 だが、実戦になるとピカピカに磨いた刃先は、脂で滑って切り込めねぇ。
 刃先が脂で滑るからだ。脂の付いた刃は、肉を切り裂かねぇ。
 少しくらいひっかかりが有ったほうが、人を斬るには、ちょうどいい」



 「ピカピカに磨いた刃じゃ、人は斬れねぇのか?」



 「滑る刃を使うには、高い技量がいる。
 だが引っかかる刃は、ちょっと力を加えれば、そこから内部へさらに食い込む。
 斬るんじゃねぇ。相手に当たったら押し込むんだ。
 この刀にはそんな風に、深く斬りこむための刃がついている」


 「斬るんじゃなくて、押し込むのか、こいつの刃は」



 「そうだ。こいつの刃は、そういう風に出来ている。
 こいつならたったの一撃で相手に、致命傷をあたえることができるだろう。
 だがな。ホントは、使わねえのが一番だ。
 こいつを抜いたとき、おまえさんは間違いなく人を殺すことになる。
 こいつは出来上がった時から、そういう力を持っている」


 
 「なるほどなぁ。たいしたもんだ・・・
 こいつは、俺の一生の、強い味方になりそうだ」



 「気を付けろ。両刃の剣と言って、刀は使い方次第でわが身を滅ぼす。
 使い方を間違うなよ、兄弟。
 だがよ。たかがもと刀鍛冶の俺に、それ以上のことはわからねぇ。
 好きに使ってくれ。いろいろ世話んなった礼だ。
 こんなものしかやれねぇが俺だと思って、大事にしてくれると有りがてぇ」



 じゃなぁ。
名残惜しいがそろそろいくぜと、五郎がお糸をうながす。
「はい」と応えたお糸が、「お世話になりました」と忠治に向かって深々と頭をさげる。
2人の背中が、朝もやの中を遠ざかっていく。
残った忠治は2人の無事の旅を、ただただ黙って見送るだけだ。



 加賀の国の住人。小松村出身の刀鍛冶、五郎が作り上げた「義兼」。
この刀はこれからの忠治とともに、その短い一生を、ともに過ごして
いくことになる・・・

 
 第一章 完


(16)へつづく


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忠治が愛した4人の女 (14)       第一章 忠治16歳 ⑩

2016-07-12 10:12:33 | 現代小説
忠治が愛した4人の女 (14)
      第一章 忠治16歳 ⑩


 
 忠治と、加賀から流れてきた五郎の2人3脚がはじまった。
民家で賭場を開くと、町方の役人たちに探索されてしまう。
そのため寺社奉行の管轄下で、町方たちが絶対に踏み入ることが出来ない
寺社の境内で賭場をひらくのが、常道だ。
神仏混淆の時代なので神社も、寺社奉行の管轄下に入っている。


 この日も神社の境内で、五郎が賭場をひらいていた。
ちらりと鳥居の向こう側に、見覚えのある三下の姿がやってきた。



 (おっ、来やがったな・・・なんだよ。
 誰かと思えば、この間、粕川へ転がり落ちた野郎じゃねぇか)



 懐手していた忠治が、両手をゆっくり前に出す。
川へ落ちた男がうしろに、見習いの三下を2人引き連れて忠治の前へやって来た。
しかし。川へ落ちた男を見捨てて、逃げ去った連中の顔が見当たらない。


 「なんでぇ。なんでこんなところにおめえが居るんだ。まいったなぁ。今日は相手が悪い。
 おめえはいまごろ、剣術を習って道場に居るはずだろう。
 そのお前さんがなんでこんな時間に、こんなところに居るんだ。
 ひよっとして、長脇差(ナガドス)の仲間入りしたのか、お前さんは?」



 長脇差(ナガドス)は、博徒の別称だ。
江戸時代の脇差は、1尺以下を小脇差。1尺7寸までのものを中脇差。
1尺9寸までを大脇差といい、2尺の長さになると刀と呼んだ。
長脇差の寸法は特に決まっていない。
大脇差以上で、2尺5寸位までのものを長脇差と呼称した。


 戦国時代。榛名山の中腹につくられた箕輪(みのわ)城の武士たちが、
好んで、この長さの脇差を腰に差した。
そうした慣習にならい、上州に集った博徒たちがこの長脇差で武装するようになった。
使いやすい長さということもある。
それがいつしか博徒たちの間に広まり、博徒の別名になった。



 「長脇差(ナガドス)になったワケじゃねぇ。
 俺はあいつに頼まれただけの、ただの用心棒だ。
 できることなら、無駄な力は使いたくねぇ。
 見過ごしてこのまま、帰ってくれ。
 2度も3度も同じ相手と喧嘩するのは、俺の趣味じゃねぇ」


 「そいつは俺も、同じことだ。
 だがよ、ここへいる見習いどもの手前も有る。
 俺の顔も立ててくれねぇと、帰るに帰れねぇ。頼むぜ、何とか工夫してくれ」



 「それなら五郎さんから、預かったものがある。
 少ないが、お前さんたちの酒代くらいにはなるだろう。
 こいつで一杯やって、何事もなかったと、親分さんに報告してくれ」



 忠治が懐から、小銭の入った袋をとりだす。
ずしりとした重量が有る。
賭場といっても、素人衆をあつめただけだから稼ぎのほどは知れている。
ずしりと入っている小銭が、そのことを証明している。



 「なんでぇ。しょうがねぇなぁ、そこまで言われちゃあ。
 おい、帰るぞ、おめえたち。今日は何もなかったと親分へ報告する。
 わかったな。決して余計なことを口にするんじゃねぇぞ、おめえたち!」



 くるりと背を向けて、川へ落ちた男が帰っていく。
素人衆が集まっていると思わせるのも、賭場をひらいている五郎の策略だ。
うす汚れた容貌をしているが、集まっているのは、いずれも旧家や商家の若旦那衆ばかりだ。


 彼らにしてみれば、寺銭(てらせん)の安い賭場の方が、気兼ねなく遊べる。
こうしてはじまった五郎と忠治の賭場だったが、あれよというまに半年足らずの間に
30両ちかい金を稼ぎ出した。



 (もう充分だ忠治。これだけあれば、お糸の身請けができる。
 おめえにも、礼をすることが出来る。
 だがよ。危ないことはもう、これっきりにしょうぜ・・・
 慣れねえことは、やたら神経をすり減らすし、寿命を短くする・・・)



 (身勝手によく言うぜ。承知して自分から先に、危ないことに手を出したくせに)
忠治がくちびるの端へ、苦い笑いを浮かべる。

(15)へつづく


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忠治が愛した4人の女 (13)       第一章 忠治16歳 ⑨

2016-07-10 09:59:33 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (13)
      第一章 忠治16歳 ⑨



 加賀からやって来た野鍛冶、五郎の住まいは、となり村の笠懸(かさかけ)。
笠懸には、久宮一家の本拠がある。


その昔。赤城山の東端を流れる渡良瀬川の扇状地として、笠懸野が生まれた。
一帯は広大な荒れ地だった。
鎌倉時代のはじめ。狩りを終えた源頼朝が、この地を通りかかった。



そのおり。強風にあおられて、家臣がかぶっていた笠が飛ばされた。
笠が獲物のようにコロコロと地上を転げまわる。
「面白い。誰ぞ、あの笠を射ってみよ」このときの頼朝のひとことが、
のちの馬上の弓技・笠懸を生み出す。
笠懸野というこの地の名前も、このとき命名されたという。



 五郎の住まいは、細い水が流れる川沿いに立っている。
驚いたことに久宮一家が拠点にしている2階建ての屋敷が、すぐ近くに見える。
暗い鍛冶場の中に、鉄の匂いが充満している。
頼まれたカマやスキ、クワなどの刃先をここで鍛えているのだろう。
奥へ入っていった五郎がほどなくして、白鞘に収まった日本刀を持ってきた。



 刃渡り2尺3寸5分。
刀身は、切っ先の伸びた反りの深い、豪壮な姿をしている。
構えるとずしりとした重みが、忠治の手元に降りてきた。
(斬れそうだ。こいつはいい刀だな・・・)
刀身を手にした瞬間。忠治はすかさず、そんな風に直感した。



 「俺がはじめて打った刀だ。銘は義兼。
 訳有りでな。作ったのは、後にも先にもこれ1本だけだ」


 
 「良い刀だ。刀鍛冶として通用する、いい腕をもっているじゃねぇか。
 だが、あとにも先にもこれ1本というのは、いってぇ、どういうワケだ?」



 「俺の師匠は、加賀でも3本の指にはいる刀鍛冶だった。
 弟子入りしたのは、10歳のとき。
 8年が経った18歳の時。はじめて、刀を打ってみろとこいつを任された。
 師匠が見つめる中。見よう見まねで打ち上げたのが、この義兼だ」



 「義兼か。手にしっくりくる、いい刀だ。
 加賀の刀鍛冶がなんでこんな遠く離れた、笠懸のあばら屋に住んでいるんだ」



 「こいつを打ち上げて間もなく、師匠が亡くなった。
 他人の下で修行中の弟子を、あらためて拾ってくれる師匠はいない。
 仕方がねえから刀鍛冶として独立したが、修行中の奴に、刀を注文する奴はいねぇ。
 あきらめて加賀を離れ、あちこち転々と暮らしているうちに、
 この笠懸へ流れついた」



 「それにしても悪名高い久宮一家が、目と鼻の先じゃねぇか。
 それなのに奴らの目を盗んで、大金の動く賭場をひらくとは、素人にしちゃ
 いい根性をしているな」
 


 「好き好んでやっているわけじゃねぇ。だが背に腹はかえられねぇ。
 早いとこ金を作らなきゃ、お糸が他所へ売られちまうからな」


 「お糸?。そいつがお前さんの、訳アリの女なのか?」



 「お糸は、亡くなった師匠の娘さんだ。
 2人でここまで流れてきたが、路銀を使い果たして、あるお人から10両の金を借りた。
 証文代わりにお糸を預けた。
 だが約束した期限までに金をつくらねぇと、お糸は、
 木崎宿の女郎屋に売られちまう」



 「なんでぇ。お前さんのいい女が、女郎屋に売られちまうのか。
 そいつは災難だな。
 でその10両の期限は、いつまでだ?」



 「あと半年だ。半年の間に約束の10両の金を作らないと、
 俺のお糸が、女郎屋へ売り飛ばされちまう」



 「なるほどな。よし、よく分かった。そういう話じゃしかたがねぇ。
 力になろうじゃねぇか。
 手っ取り早く稼いで、お糸さんを身請けしてやろうじゃねぇか。
 俺がお前さんの賭場の、用心棒になればいいんだな」



 「ありがてぇ。やっぱりおめえは、俺が見込んだ通りのいい男だ。
 いやはや、久宮一家に睨まれて四苦八苦していたところだ。
 恩に着るぜ、忠治。地獄に仏とはこのことだ。
 神様、仏さま。国定村の忠次郎様だ!」


(14)へつづく

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忠治が愛した4人の女 (12)       第一章 忠治16歳 ⑧

2016-07-09 09:44:46 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (12)
      第一章 忠治16歳 ⑧



 忠治が生きた時代。博奕は厳しく禁じられている。
しかし博奕は庶民の娯楽として、日常茶飯事的に何処でも行なわれていた。
気心の知れた仲間が集まれば、すぐに博奕が始まる。



 仲間の家はもちろん、畑の中や道端、寺社の境内、坊さんが混じり、
本堂で開帳することもある。
女や子供がまじっていることも珍しくない。
しかし。日常的にひらかれている博打では、大金は動かない。
100文から200文、稼ぐのがせいぜいだ。
(1文は、およそ12円)



 大金が動く博奕場は、貸元と呼ばれる博奕打ちたちが仕切る。
貸元は客の安全を保証して、博奕場をひらく。
見返りとして保証料に当たるテラ銭を、勝った客から受け取る。
ちょっとした仲間内の博打なら目こぼしするが、それなりの金が動く賭場を
勝手に開くと、博奕打ちたちが放っておかない。



 簀巻寸前になっていた男は忠治が睨んだ通り、やはり野鍛冶の職人だった。
野鍛冶は、火を使う。
顏も焼けるが、飛び散った火の粉のせいで着物のあちこちに焦げた穴があく。



 「おう。助かったぜ。命拾いした。
 それにしてもお前さんは背丈は低いが、力士みたいな力持ちだ。
 腕の力もたいしたもんだ。
 いやいや。ありがとうよ。お前さんのおかげさんでアブねぇトコロを助かった。
 ありがてぇ、ありがてぇ」



 助けに入った忠治が年下と知ると、とたんに野鍛冶の口が横柄になった。



 「なんでぇ。まだ16のガキかよ。
 サムライには見えねえが、お前さんはいったい、何処の何者なんだ?」



 「さっき名乗った通りさ。俺は、国定村の長岡忠次郎。
 野鍛冶みたいだが、そういうお前さんこそいったい、どこの何者だ」



 「おっ。こりゃあ悪かった。
 助けてもらったのに礼も言わず、名を名乗るのもあとになっちまった。
 俺の名は、五郎。
 生まれは加賀の小松。見た通り、野鍛冶が俺の仕事さ」


 「加賀の鍛冶屋がなぜこんなところで、久宮一家にからまれているんだ?」



 「わけ有りでな。大金が必要なんだ。
 ナタやカマ、クワの農機具を作っていたんじゃ、稼ぎはたかが知れている。
 手っ取り早く大金を稼ぐのには、イカサマ博打がいちばんだ。
 そうだ。助けてもらったついでだ。
 俺のために、ついでにもうひと肌、脱いでくれねぇか。
 只とは言わねぇぞ。
 礼はそれなりにたっぷりするから」



 「なんだぁ。呆れた男だな。
 久宮一家の縄張りの中で、まだ、イカサマ博打で稼ぐつもりかよ。
 こんど見つかったら、それこそ大変だぞ。
 命がいくつあっても、足らなくなるぜ」



 「だからこそ、おめえに相談だ。
 たしか忠治といったな、お前さん。
 おまえさんの腕っぷしを見込んで、俺の用心棒になってくれないか。
 あんたが居れば久宮一家の連中も、俺に手出しができなくなる。
 そうすりゃ短期間のうちに、がっぽりと大金を稼ぐことができる」



 「よほど金に困っているようだな。そんなに大金が必要なのか?」


 「おうよ。どうにもこうにも切羽詰まっているんだ、いまの俺は」


 「大金を、何に使うんだ?」



 「女だ」


 「女?」



 「女を身請けするために、どうしてもまとまった金が居る」



(13)へつづく

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