忠治が愛した4人の女 (11)
第一章 忠治16歳 ⑦
お鶴が嫁にきて半年が経った。
本間道場からの帰り道。ひとりで歩いていた忠治が、妙な気配に気が付く。
粕川のほとりで、騒いでいる男たちがいる。
たったひとりを取り巻いている男たちの、風体が良くない。
どこかの博徒の三下が、寄って集って素人を脅しているような雰囲気だ。
(なんだぁ、真昼間から三下連中が素人に寄ってたかって、ゆすりかな・・・
たったひとりを、4人で囲むとは尋常じゃねぇ。
囲まれているやつも、このあたりじゃ見たことがねぇ顔だ。
遊び人じゃなさそうだ。
焦げた穴の開いた着物の様子からすると、そのあたりの野鍛冶かな?)
男たちに取り囲まれている男は、20歳前後のように見える。
体つきは華奢だが、頬に少し血のにじむ擦り傷が有る。
しかし。仕事でついた傷ではなさそうだ。
喧嘩によるものか、賭場でもめた際に出来た刃物の切り傷のように見える。
(となると、どうせ、そのへんの博打場でもめたんだろう・・・
まぁいい。堅気の俺には関係ねぇ。
煮るなり焼くなり、川へ投げ捨てるなり、好きにやってくれ)
そのまま通り過ぎていこうとする忠治の耳に、男たちの言葉が飛び込んできた。
たしか「久宮一家」と誰かが口にしたような気がした。
(久宮一家だって・・・)忠治の耳が、一瞬にして研ぎ澄まされる。
「この野郎。大目に見ていれば調子に乗りやがって。
久宮一家の縄張りで素人衆を集めて、盛大に賭場を張るとはいい根性だ」
「親分から2度と壺を振れないように、かまわねぇから、
右腕をたたっ切れとことづかってきた!」
「かまわねぇ。腕を切ったら、簀巻にして川へ放り込んじまえ」
(素人を相手に、さすがにおだやかじゃねぇなぁ、・・・)
忠治が思わず、男たちのほうを振り返る。
振りかえった忠治の眼が、頭格の三下の目とばったりと行きあう。
「やい。こら、ガキの見せもんじゃねぇ。
小便臭いガキは、とっととこの場を立ち去ったほうが、身のためだ!」
小便臭いガキと言われた瞬間。忠治の頭に血がのぼる。
(知らんふりして通り過ぎようとしていたものを、こいつのひとことで火が点いたぜ)
くるりと引き返した忠治が、大股で男たちに近づいて行く。
近寄って来る忠治を、唖然と見つめていた男の胸を、忠治がドンと、
丸太のような両腕で突く。
忠治の身長は5尺2寸(158㌢)足らず。だが体重はすでに20貫(75㎏)。
身長こそ低いが、小太りの力士のような体型に育っている。
不意をつかれた男が、態勢を崩す。
男が、粕川の土手の上であたふたとよろめく。
転落していくのをふせごうと、両手をぐるぐる回して、安定を求めている。
ようやくのことで男が踏みとどまったその瞬間、ふたたび忠治の腕が、
これでもかとばかりに男の胸倉を押す。
空中で両手を回したまま、男が大きな悲鳴を上げて粕川へ落ちていく。
「やりやがったな、この野郎」
残った男たちが、小刀に手を伸ばす。
三下が手にしたのは、いずれも8寸足らずの小刀だ。
ヤクザも、三下のうちは脇差を持てない。
刃物を手にした三下たちが、じりじりと忠治との間合いをつめていく。
(へ。三下どもが、へっぴり腰で一人前に刃物なんぞを構えやがって。
そんな構えで俺と戦おうなんて、10年早い。
見てろ。目にものを見せてやる)
木刀を手にした忠治が、じりっと3人の前に出ていく。
「俺は、本間道場に通っている長岡忠次郎だ。
持っているのが、木刀だと思ってあなどるなよ。
ガキの頃から修行した甲斐があって、腕はまもなく師範代。
遠慮しないで、お前らをぶっ叩く。運が悪けりゃ頭が割れる。
運がよくても、腕の1本や2本は折れるだろう
両方の腕が折れちまっても、天罰と思ってあきらめろ!」
びゅっと振り下ろした忠治の木刀が、するどい勢いで空気を切り裂く。
あまりの勢いに3人の三下の顔から、戦意が消えていく。
「どうだ。準備は出来た。これでもやるか!。遠慮しないで本気でいくぞ」
どうだとさらに、忠治が前へ一歩踏み出す。
ひぇ~と悲鳴をあげた三下たちが、我さきに脱兎のように逃げ出していく。
「こらこら。川に落ちたおまえらの兄貴分を助けねぇのかよ。
呆れた奴らだな。
怖がることはねぇ。後追いはしねぇ。安心して、川へ落ちた奴を助けたらどうだ。
そのかわりここにいる男は、おいらがもらっていくぜ」
(12)へつづく
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第一章 忠治16歳 ⑦
お鶴が嫁にきて半年が経った。
本間道場からの帰り道。ひとりで歩いていた忠治が、妙な気配に気が付く。
粕川のほとりで、騒いでいる男たちがいる。
たったひとりを取り巻いている男たちの、風体が良くない。
どこかの博徒の三下が、寄って集って素人を脅しているような雰囲気だ。
(なんだぁ、真昼間から三下連中が素人に寄ってたかって、ゆすりかな・・・
たったひとりを、4人で囲むとは尋常じゃねぇ。
囲まれているやつも、このあたりじゃ見たことがねぇ顔だ。
遊び人じゃなさそうだ。
焦げた穴の開いた着物の様子からすると、そのあたりの野鍛冶かな?)
男たちに取り囲まれている男は、20歳前後のように見える。
体つきは華奢だが、頬に少し血のにじむ擦り傷が有る。
しかし。仕事でついた傷ではなさそうだ。
喧嘩によるものか、賭場でもめた際に出来た刃物の切り傷のように見える。
(となると、どうせ、そのへんの博打場でもめたんだろう・・・
まぁいい。堅気の俺には関係ねぇ。
煮るなり焼くなり、川へ投げ捨てるなり、好きにやってくれ)
そのまま通り過ぎていこうとする忠治の耳に、男たちの言葉が飛び込んできた。
たしか「久宮一家」と誰かが口にしたような気がした。
(久宮一家だって・・・)忠治の耳が、一瞬にして研ぎ澄まされる。
「この野郎。大目に見ていれば調子に乗りやがって。
久宮一家の縄張りで素人衆を集めて、盛大に賭場を張るとはいい根性だ」
「親分から2度と壺を振れないように、かまわねぇから、
右腕をたたっ切れとことづかってきた!」
「かまわねぇ。腕を切ったら、簀巻にして川へ放り込んじまえ」
(素人を相手に、さすがにおだやかじゃねぇなぁ、・・・)
忠治が思わず、男たちのほうを振り返る。
振りかえった忠治の眼が、頭格の三下の目とばったりと行きあう。
「やい。こら、ガキの見せもんじゃねぇ。
小便臭いガキは、とっととこの場を立ち去ったほうが、身のためだ!」
小便臭いガキと言われた瞬間。忠治の頭に血がのぼる。
(知らんふりして通り過ぎようとしていたものを、こいつのひとことで火が点いたぜ)
くるりと引き返した忠治が、大股で男たちに近づいて行く。
近寄って来る忠治を、唖然と見つめていた男の胸を、忠治がドンと、
丸太のような両腕で突く。
忠治の身長は5尺2寸(158㌢)足らず。だが体重はすでに20貫(75㎏)。
身長こそ低いが、小太りの力士のような体型に育っている。
不意をつかれた男が、態勢を崩す。
男が、粕川の土手の上であたふたとよろめく。
転落していくのをふせごうと、両手をぐるぐる回して、安定を求めている。
ようやくのことで男が踏みとどまったその瞬間、ふたたび忠治の腕が、
これでもかとばかりに男の胸倉を押す。
空中で両手を回したまま、男が大きな悲鳴を上げて粕川へ落ちていく。
「やりやがったな、この野郎」
残った男たちが、小刀に手を伸ばす。
三下が手にしたのは、いずれも8寸足らずの小刀だ。
ヤクザも、三下のうちは脇差を持てない。
刃物を手にした三下たちが、じりじりと忠治との間合いをつめていく。
(へ。三下どもが、へっぴり腰で一人前に刃物なんぞを構えやがって。
そんな構えで俺と戦おうなんて、10年早い。
見てろ。目にものを見せてやる)
木刀を手にした忠治が、じりっと3人の前に出ていく。
「俺は、本間道場に通っている長岡忠次郎だ。
持っているのが、木刀だと思ってあなどるなよ。
ガキの頃から修行した甲斐があって、腕はまもなく師範代。
遠慮しないで、お前らをぶっ叩く。運が悪けりゃ頭が割れる。
運がよくても、腕の1本や2本は折れるだろう
両方の腕が折れちまっても、天罰と思ってあきらめろ!」
びゅっと振り下ろした忠治の木刀が、するどい勢いで空気を切り裂く。
あまりの勢いに3人の三下の顔から、戦意が消えていく。
「どうだ。準備は出来た。これでもやるか!。遠慮しないで本気でいくぞ」
どうだとさらに、忠治が前へ一歩踏み出す。
ひぇ~と悲鳴をあげた三下たちが、我さきに脱兎のように逃げ出していく。
「こらこら。川に落ちたおまえらの兄貴分を助けねぇのかよ。
呆れた奴らだな。
怖がることはねぇ。後追いはしねぇ。安心して、川へ落ちた奴を助けたらどうだ。
そのかわりここにいる男は、おいらがもらっていくぜ」
(12)へつづく
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