落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (11)       第一章 忠治16歳 ⑦

2016-07-08 09:38:52 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (11)
      第一章 忠治16歳 ⑦


 
 お鶴が嫁にきて半年が経った。
本間道場からの帰り道。ひとりで歩いていた忠治が、妙な気配に気が付く。
粕川のほとりで、騒いでいる男たちがいる。
たったひとりを取り巻いている男たちの、風体が良くない。
どこかの博徒の三下が、寄って集って素人を脅しているような雰囲気だ。



 (なんだぁ、真昼間から三下連中が素人に寄ってたかって、ゆすりかな・・・
 たったひとりを、4人で囲むとは尋常じゃねぇ。
 囲まれているやつも、このあたりじゃ見たことがねぇ顔だ。
 遊び人じゃなさそうだ。
 焦げた穴の開いた着物の様子からすると、そのあたりの野鍛冶かな?)



 男たちに取り囲まれている男は、20歳前後のように見える。
体つきは華奢だが、頬に少し血のにじむ擦り傷が有る。
しかし。仕事でついた傷ではなさそうだ。
喧嘩によるものか、賭場でもめた際に出来た刃物の切り傷のように見える。



 (となると、どうせ、そのへんの博打場でもめたんだろう・・・
 まぁいい。堅気の俺には関係ねぇ。
 煮るなり焼くなり、川へ投げ捨てるなり、好きにやってくれ)



 そのまま通り過ぎていこうとする忠治の耳に、男たちの言葉が飛び込んできた。
たしか「久宮一家」と誰かが口にしたような気がした。
(久宮一家だって・・・)忠治の耳が、一瞬にして研ぎ澄まされる。



 「この野郎。大目に見ていれば調子に乗りやがって。
 久宮一家の縄張りで素人衆を集めて、盛大に賭場を張るとはいい根性だ」



 「親分から2度と壺を振れないように、かまわねぇから、
 右腕をたたっ切れとことづかってきた!」



 「かまわねぇ。腕を切ったら、簀巻にして川へ放り込んじまえ」



 (素人を相手に、さすがにおだやかじゃねぇなぁ、・・・)
忠治が思わず、男たちのほうを振り返る。
振りかえった忠治の眼が、頭格の三下の目とばったりと行きあう。



 「やい。こら、ガキの見せもんじゃねぇ。
 小便臭いガキは、とっととこの場を立ち去ったほうが、身のためだ!」



 小便臭いガキと言われた瞬間。忠治の頭に血がのぼる。
(知らんふりして通り過ぎようとしていたものを、こいつのひとことで火が点いたぜ)
くるりと引き返した忠治が、大股で男たちに近づいて行く。
近寄って来る忠治を、唖然と見つめていた男の胸を、忠治がドンと、
丸太のような両腕で突く。



 忠治の身長は5尺2寸(158㌢)足らず。だが体重はすでに20貫(75㎏)。
身長こそ低いが、小太りの力士のような体型に育っている。
不意をつかれた男が、態勢を崩す。
男が、粕川の土手の上であたふたとよろめく。
転落していくのをふせごうと、両手をぐるぐる回して、安定を求めている。
ようやくのことで男が踏みとどまったその瞬間、ふたたび忠治の腕が、
これでもかとばかりに男の胸倉を押す。



 空中で両手を回したまま、男が大きな悲鳴を上げて粕川へ落ちていく。
「やりやがったな、この野郎」
残った男たちが、小刀に手を伸ばす。
三下が手にしたのは、いずれも8寸足らずの小刀だ。
ヤクザも、三下のうちは脇差を持てない。
刃物を手にした三下たちが、じりじりと忠治との間合いをつめていく。



 (へ。三下どもが、へっぴり腰で一人前に刃物なんぞを構えやがって。
 そんな構えで俺と戦おうなんて、10年早い。
 見てろ。目にものを見せてやる)


 木刀を手にした忠治が、じりっと3人の前に出ていく。



 「俺は、本間道場に通っている長岡忠次郎だ。
 持っているのが、木刀だと思ってあなどるなよ。
 ガキの頃から修行した甲斐があって、腕はまもなく師範代。
 遠慮しないで、お前らをぶっ叩く。運が悪けりゃ頭が割れる。
 運がよくても、腕の1本や2本は折れるだろう
 両方の腕が折れちまっても、天罰と思ってあきらめろ!」



 びゅっと振り下ろした忠治の木刀が、するどい勢いで空気を切り裂く。
あまりの勢いに3人の三下の顔から、戦意が消えていく。
「どうだ。準備は出来た。これでもやるか!。遠慮しないで本気でいくぞ」
どうだとさらに、忠治が前へ一歩踏み出す。



 ひぇ~と悲鳴をあげた三下たちが、我さきに脱兎のように逃げ出していく。



 「こらこら。川に落ちたおまえらの兄貴分を助けねぇのかよ。
 呆れた奴らだな。
 怖がることはねぇ。後追いはしねぇ。安心して、川へ落ちた奴を助けたらどうだ。
 そのかわりここにいる男は、おいらがもらっていくぜ」


(12)へつづく


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忠治が愛した4人の女 (10)       第一章 忠治16歳 ⑥

2016-07-07 10:12:16 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (10)
      第一章 忠治16歳 ⑥




 その年の秋。16歳になった忠次が今井村の旧家から、2つ年上のお鶴を嫁を貰った。
当時としてはかなり早い結婚だ。
だがそれには長岡家ならではの、事情が有る。


 忠治の父親は、6年前になくなった。
祖父と祖母は、それ以前に亡くなっている。
のこされた旧家を母が、女手一つで支えていた。


 長岡家は国定村でも裕福な部類に入る旧家だ。
姓を持ち、名主を務めた過去もある。
隣村の田部井(ためがい)村に、かなりの規模の小作地がある。
畑のほとんどを小作人たちに任せ、長岡家では養蚕を手広く手がけている。



 養蚕は、女たちの仕事だ。
母は小作人の女房や近所の女たちを使い、蚕(かいこ)を飼い、繭(まゆ)から
生糸を紡(つむ)ぎ、生糸を使って織物を織り、市場に卸していた。


 家に寄り付かず、遊んでばかりいた忠次が心を入れ替えたと聞いたとき、
母は心の底から喜んだ。
父親の意志を継ぎ、剣術道場をやりたいと言い出したとき、母は目に涙を浮かべた。
気持ちが変わらないうちにと、さっそく縁談をまとめる。



 嫁のお鶴に、お町のような華やかさは無い。
しかし。清楚で、しとやかさがよく目立つ美人だ
ひと目見た瞬間から。忠治はすっかり、お鶴に夢中になった。
お鶴が長岡家にやって来た日から、忠治の生活態度が一変していく。


 寄り道など、絶対にしない。稽古が終れば、道場からまっすぐ家へ飛んで帰る。
叔父の源左衛門と一緒に市場へ行き、絹織物の取り引きなどの見聞をする。 
一緒に群れてきた清五郎や千代松、富五郎たちもあまりの忠治の変りように、
ただただ呆れ果てている。



 「なんでぇ、忠治の奴。口ほどにもネェ男だな。
 あれほどお町に熱を上げていたくせに、お鶴を嫁にもらった途端、
 全部忘れて、女房にべったりじゃねぇか。
 けっ、面白くねぇ」



 「しょうがねぇだろう。
 お鶴も、今井小町と言われるほどの器量よしだ。
 あんな美人を嫁にもらえば、俺たちと遊ぶより、お鶴と一緒に居たいだろう。
 美人の嫁をもらえば、たぶん、俺でもそうするだろうな・・・」


 「ちげぇねぇ。
 それにしてもよく長岡家なんかへ、嫁に来る気になったな、お鶴のやつも」



 「長岡家と言えば、名主も務めたことのある名家だ。
 お鶴が育った今井村の桐生家も旧家だ。
 2人は、忠治の親父さんが生きていたころからの、いいなずけらしい」


 「いいなずけか。それじゃ、しょうがねぇ。
 だがよ。このまま忠治は府抜けたまま、道場の先生になっちまうのかな?」



 「それが忠治が決めた道だ。
 女たちに家を任せて、本気で念流の免許皆伝を取るつもりだろう。
 腕を上げてきたから、最近は、俺も負けることが有る。
 いいじゃねぇか。忠治と俺たちじゃ進む道が違う。
 あいつは剣術の先生になるんだ。
 俺たちはサイコロを頼りに、博徒家業で気楽に生きていく。
 そう決めただ、なぁ、清五郎」



 「そうだな。
 だがよ。大丈夫かな、忠治の奴。
 ああみえて忠治は、どこまでいってもお町にぞっこんだ。
 1年か2年もすれば、嫁のお鶴に飽きがくる。
 そうなりゃまたそのうち、俺たちと一緒に遊び始めるかもしれねえな」

 
 「なんで飽きが来るんだ。美人の嫁のお鶴さんに・・・
 俺には意味がよく分からねぇ」



 「ばかやろう。
 美人は3日で飽きるが、ブスは3日で慣れるということわざがある。
 女はな、見かけじゃねぇ。
 もっと中味をみてしっかり選べと言う、いましめだ。
 そんなことも知らねぇで生きているのか、おめえって男はょ?・・・」

(11)へつづく


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忠治が愛した4人の女 (9)       第一章 忠治16歳 ⑤

2016-07-06 10:14:43 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (9)
      第一章 忠治16歳 ⑤




 赤城の山麓を見つめていた忠治が、4人へ視線を戻す。
「それで親分を切られた久宮一家は、その後はどうなっているんでぇ?」
忠治が生まれた国定村と、となりの田部井村を縄張りとして支配しているのは、
いまだに久宮一家だ。
サイコロで遊んでいた富五郎が、ふと手をとめ、忠治の問いかけにこたえる。



 「甥の豊吉ってえのが、跡目を継いだ。
 しかしまだ若え。先代の親分と器が違うらしく、力量もねぇって話しだ。
 子分もだいぶ減っちまったようだ。
 何とか潰れず、青息吐息で持ちこたえてる状況だって、もっぱらの噂だ。
 いま売り出し中なのは、島村の伊三郎だな」


 「島村の伊三郎・・・聞いたことがねぇなぁ」忠治が首をひねる。



 「知らねえのも無理ネェ。
 だがいまこの親分は、飛ぶ鳥を落とすほどの勢いをもっている。
 利根川の河岸は、ほとんどこの親分が仕切っている。
 世良田(せらだ)祇園の賭場には、各地から親分衆が集まって来るそうだ。
 落ち目の久宮一家にかわり、八州様の御用聞きも務めてるから、勢いが有る。
 だけどその勢いも利根川から北の、ここらあたりには届いてこねぇ」



 「どうしてだ。なぜ、そんなことが言える?」



 「利根川の北には、百々(どうど)村の紋次親分がいる。
 伊勢崎には半兵衛の親分がいる。どちらも大前田の親分とは兄弟分だ。
 いくら勢いに乗っている伊三郎親分といえども、百々村から北へは、
 勢力を伸ばせねえのさ」


 「なるほど。富五郎、お前、ずいぶんと詳しいな」



 「へへへ。興味が有るんだよ、侠客の生き方に。
 けどよ。だからといって、そう簡単に侠客になれるわけじゃねぇ。
 これからは、大前田一家の身内になんのが一番だ。
 しかし。大前田の親分から、子分の盃を貰うのは難しいそうだ。
 2年間は三下(さんした)として修行する。
 それが明けて、はじめて子分にしてもらえるそうだ。
 修行もずいぶん厳しいという」



 「へぇぇ、富五郎は侠客になりたいのか。
 なるほどな。サイコロ振りがうまいお前さんには、ピッタリだな」


 
 「どうだ忠治。お前も侠客にならねぇか。
 どうせ短い一生だ。面白可笑しく生きたほうが楽しい。
 だいいち博打うちってのは、誰が見てもかっこいい。
 銭にも苦労なんかしねぇからな」



 「忠次。おめえも道場主なんかやめて、博奕打ちになったらどうだ。
 お町なんか目じゃねえぜ」と、さらに富五郎がまくしたてていく。
「綺麗な姉ちゃんを、思いっきり侍(はべ)らせて、いい思いもたんまりできるぜ」
と目を細めてニンマリと笑う。



 「親父が生きていれば、俺もばくち打ちになってもいいと、考えた。
 だがよ。お袋ひとりに苦労ばっかりさせるわけにはいかねぇ」



 「たしかにおめぇの家は、おふくろさんひとりで持っている。
 そうだよな。ひとりで頑張っているおふくろさんを泣かせたら、バチが当たる。
 じゃ、ばくち打ちの道はすっぱりあきらめて、せいぜい剣術に精を出すんだな。
 だけど、俺はやっぱり、侠客の道を行く」



 富五郎が、立ち上がる。
右手にしっかりと、サイコロが握られている。
富五郎は剣術より、いかさま混じりの壺振りを得意としている。
ここ一番というとき、自在にサイコロの目をあやつる手腕はたいしたものだ。



 (たしかにこいつは、サイコロひとつで飯を食う、侠客家業に向いている。
 だが俺は、そうはいかねぇ。
 おふくろのためにも、一生けん命に腕を磨いて、はやく道場主になる。
 そいつが俺のできる、たったひとつの親孝行だ・・・)




 靄の晴れてきた赤城山をふたたび見つめる忠治は、今年で16歳。
このあと忠治は、自分でも思っていない運命をたどっていくことになる。



 しかしそれはまた忠治と同じ年の、五目牛村の千代松。国定村の清五郎。
曲沢(まがりさわ)村の富五郎も同じことだ。
ひとつ年下で、田部井(ためがい)村の又八も、忠治とともにやがて
博徒の道をたどっていくことになる・・・

  
(10)へつづく

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忠治が愛した4人の女 (8)       第一章 忠治16歳 ④

2016-07-05 10:26:51 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (8)
      第一章 忠治16歳 ④




 「そういえば、どうしているんだろう、大前田の英五郎親分は?」



 大前田 英五郎といえば、上州を代表する侠客だ。
持ち前のキップのよさと腕っ節の強さから、関東一の大親分と呼ばれている。



 その大前田英五郎が、いまから8年前。
敵対していた久宮(くぐう)一家の親分を、闇討ちで斬り捨てた。
それがもとで、いまもその身を役人たちに追われている。
子分たちとともに、諸国をさまよっている。



 「殺された久宮一家の親分といえば、東上州一帯を仕切っていた大親分だ。
 しかも悪いことに、八州(はっしゅう)様の御用聞きをしてたらしい」



 「えっ。そいつを殺(や)っちまったのか、大前田の英五郎親分は。
 そいつは厄介だ。
 役人に追われているんじゃ簡単に、旅から戻って来られねなぁ・・・」



 「兄弟分の月田の栄次郎、武井の和太郎の3人で月田の明神様の祭りの夜、
 久宮の大親分を殺っちまったのよ。
 そん時は、すげえ雨で、雷も落ちたって噂だぜ。
 大前田一家が今のようにでっかくなったのは、英五郎さんのおかげだ」


 「で、英五郎さんは、いまはどうなっているんでえ?」



 「いまだに国を越えて逃走中よ。
 八州様の御用聞きを殺しちまったんだ。もちろん大手配だ。
 いまも旅から旅へ歩いているはずだ。
 なにしろ旅に出てから、もう、まる8年も経ったんだ」
 


 「8年にもなるのか・・・」うぅ~んと忠治が、口をへの字に曲げる。
「いや。江戸で捕まり、佐渡送りになったという話を聞いたぜ」
清五郎が忠治のとなりに寄って来た。



 「俺が聞いたのは、去年のことだ。
 江戸で無宿狩りで捕まり、そのまま佐渡へ送られたそうだ」


 「えっ、捕まって佐渡送りにされたのか・・・
 それじゃあ佐渡の金山で、さぞかし辛い想いをしているんだろうな、親分は」


 「10年間。真面目に働けば帰ることも出来ると言うが、ほとんどの者が
 10年たつ前に死んじまうそうだ」


 「なにっ、殺されちまうのか、みんな!」



 「そうじゃねぇ。事故やら病気やらでみんな死んでしまうのさ。
 佐渡の金山はこの世の地獄だ。
 一日中、暗え穴ん中で、休みなく水汲み仕事をさせられるんだ。
 よほど丈夫な男でも、10年は持たねぇ」


 「じゃ、このまま佐渡で死んじまうのかよ。大前田の親分は・・・」


 「そうともいえねぇ。
 英五郎さんは身の丈が6尺も有るし、すげぇ貫禄も持っているという。
 いまごろは人足をまとめて、佐渡を仕切っているかもしれねぇぞ」



 (帰って来られる可能性は、残っているということか・・・)
忠治が、靄が晴れてきた赤城の峰を見上げる。
赤城山の懐に、栄五郎が生まれ育った大前田村の集落がある。
英五郎の本名は田島だが、なわばりを持った大前田のほうが、いつのまにか
有名になっている。



 16歳になったばかりの忠治は、まだ、英五郎に有ったことが無い。
英五郎が15歳になった時。縄張り内で、敵対勢力の長五郎が賭場をひらいた。
このとき。追い払いにかかったが、賭場で殺傷事件をおこしてしまう。
これがもとで侠客として諸国を流浪したあと、ようやく生まれ故郷へ戻って来るが、
こんどは久宮一家の親分を殺傷してしまう。



 ふたたび英五郎が、旅に出る。
人徳も有った英五郎は、旅先で、侠客どうしの争いを上手に収めた。
謝礼としてもらった縄張りが、全国に200以上もある。
兇状を持っている英五郎は、自分の縄張りに長くとどまれなかった。
産まれ在所にとどまれないという不運を背負いながら、英五郎はいまも、
旅の空の下で生き抜いている・・・

 
(9)へつづく


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忠治が愛した4人の女 (7)       第一章 忠治16歳 ③

2016-07-04 09:37:30 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (7)
      第一章 忠治16歳 ③





 「へっ、おめえにでっかい夢がある?・・・なんでえ、いったい?」



 清五郎が忠治の顔をのぞきこむ。



 「俺の親父は、俺が10歳の時、ぽっくり死んじまった。
 だがよ。本間念流の免許皆伝を持っていた。
 親父の夢は道場を開いて、国定村の若え者に、剣術を教えることだった」



 「その話なら、俺も、ウチの親父からよく聞かされた。
 親父は酒を飲むとおめえの親父の事を、自慢気によく話していたもんだ。
 あいつは商売もうまいが、剣術も強え。
 いまでも生きてりゃ、赤堀の本間道場に負けねえくれえ
 栄えていただろうと、酔っぱらうたんびに口にしていた」


 
 「俺も、親父の事が少しばかり分かって来た。
 親父に負けている場合じゃねぇと、最近になって思い始めてきた」


 「たしかにお前の家は、名主をつとめたこともある名門だ。
 おめえの努力次第で、もしかしたら、名主にもなれるかもしれねぇ。
 だけどけよ。おめえって奴は、名主になれる玉か?」



 「うん、柄(がら)じゃねえな」となりで聴いていた千代松も、ニタリと笑う。
つられた富五郎と又八も、大きな声をあげて笑いだす。



 「馬鹿やろう。俺がいつ、名主になると言った。
 俺は道場主になるんだ。
 本間道場で免許を取り、国定村に剣術の道場を開くんだ」



 「言っちゃア悪(わり)いがな」富五郎が、サイコロを壷の中へ落とす。
カラカラと振ったサイコロを、コロリと手のひらへ落とす。
仕掛けのあるサイコロは、振り方次第で、目を自在にそろえることができる。
「ほらよ。1が揃ったピンゾロの丁だ。チョロいもんだ、えっへっへ」
だがなと、富五郎が言葉をつづける。



 「たしかにおめえの家は、銭もあれば、土地もたっぷりある。
 道場なんかその気になれば、簡単に作れるだんべ。
 だがよ。免許を取るのは難しい。
 はっきり言っておめえの腕は、俺よりも下だ」


 「その点なら心配はねぇ。
 俺は、今日から心を入れ替えた。
 真剣に修行を積み、絶対に免許を取ってやる。もうすでに決めたことだ」



 「へぇぇ・・・お前。
 お町に振られたせいで、心を入れ替えたというのか?」



 清五郎が驚いたように、忠治を見あげる。


 
 「うるせぇ、お町のことは関係ねえ。
 俺がこころに決めたことだ。お町のことは、もう口にするんじゃねぇ!」


 「えへへ。ホントは焼いているんだろう、お前。
 お町が偉い先生のとこに嫁に行ったもんで、焼きもちを焼いているのさ、
 実はそうなんだろ、忠治よ」



 「偉え先生?、なんだい、何の先生だ。お町の結婚相手は?」


 「五惇堂(ごじゅんどう)という、塾の先生さ」



 「へっ、お町の相手は、塾をやっている学者先生さんか。
 それじゃ相手が悪すぎる。
 逆立ちしたって、学問嫌いの忠次がかなうわけがねぇ」


 富五郎がふたたび、大きな声をあげて笑い出す。



 「うるせえ。いい加減にしろ。学者先生が何だってんだ!」



 「お町の相手が五惇堂の先生だから、道場の先生になるって決めたんだろう? 
 へっ。まったくもって、どこまでいっても単純な男だぜ。こいつときたら」



 「うるせえやい。
 お町は関係ねえって言ってんだろうが。しまいにゃ本気になって怒るぜ!
 怒らせると怖いぜ、おれさまは!
 ニッコリ笑って人を斬る。それが国定村の忠次郎さまだぞ!」 


(8)へつづく

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