院長のひとりごと

私、竹村院長が食べ物から健康まで基本的にノンジャンルでかきつづります。

「立川記。」

2007年01月15日 07時03分52秒 | 
あきる野に限らず、西多摩地区に住む小中高生にとって、

休みの日に遊びに行く町というのはなんと言っても立川でした。

昭島でも拝島でも小作でもなく立川です。


今でこそグランデュオや伊勢丹、高島屋、シネマシティー等

目覚ましく近代化が進み、キレイな町になりましたが

院長が小中学生だった20年程前はむしろ汚らしいくらいの町で

特に場外馬券場のある南口などホントに風紀の悪い危険な感じの町でした。


当時の立川で我らが行く場所なんてだいたい2箇所、第一デパートとゲーセンのオスロです。


第一デパートはデパートと名がついてはいますが、中身はせいぜい長崎屋レベルで、

照明の暗さや壁の色合いなど韓国テイストがプンプンします。

「ここ日本か!?」てなもんです。


その中に独特の客層を狙ったような店ばかりが立ち並び、ニッチなビジネスで

いままでずっと生き残ってきました。


まず2階にはなんといっても聖地「Wing」がありました。

今は無くなったそのWingはボンタンなどの改造学生服を売っている

不良さん御用達のお店でなにせものすごいオーラがありました。


触るもの皆傷つけるようなカミソリみたいな不良たちも、Wingのマスターは

一目置いていて、ちゃんと小さい声で「・・はい、・・はい、それです。」なんて

おとなしくなってました。


このWingには院長あんまり用は無かったのですが、買いもしないすごいボンタンを


どきどきして手に取り「すっげー太ぇ・・」と興奮したことを覚えてます。

シャバゾーだったので、恐る恐る元の場所に返し、足早に店を去ることが精一杯でした。



そして3階にはコトブキヤ(模型)、ジュネ(ポスター)、名前は忘れたがモデルガンショップなど

当時の中坊がよだれを垂らして興奮するものが目白押しで売ってました。

ていうか、このエリアは今でも立川に降りると立ち寄りますが・・・


院長少年を始めとする、中坊達は第一デパートに来ると「スゲー」を100回くらい言って


常に小走りで移動していました。


で、ひとしきりそれらの店を見終えると地下に行って、やはり聖地「サンモリノ」に行くわけです。






パンチパーマの粋で渋いマスターが、とにかくせまいカウンターしかない店内で

洗練という言葉とは対極にあるようなスパゲティーを出してくれます。


太い麺を一度油で炒めてから、ノスタルジックな味のミートソースをドバっとかけてくれます。

で、何故か「サンモリノ漬け」という辛いおしんこが付いてきます。

スパゲティなのに。


西多摩小僧達はこのサンモリノを思春期の通過点で味わっているので、

数年ぶりにここのスパゲティを食べると、まぁ懐かしさで胸が一杯になりますね。

サンモリノのスパゲティは幸いにも類似品が無いくらい個性的なので、

一口食べると「うわー、これだよこれ!」と誰でも懐かしく思うはずなんです。


昨日、そのサンモリノでミートソースをズルズルと食べていたら、

とあるお客さんがマスターに「第一デパートが無くなっちゃうってホントですか?」

と聞いてました。


その隣で院長は無表情のまま一瞬フォークを巻くのをやめて、ちらりとマスターを見ました。

「平成21年なんですけどね、大々的に工事をやるみたいですね、

 まぁうちもそれに合わせて引退だわな」とマスターは競馬新聞を読みながら答えました。


その客は「高校生の頃によく来てたんですよ。なんか残念だなぁ」と言って帰って行きましたが

そんな人たちがたくさんいるのかもしれません。


母校には大して思い入れはなくても、サンモリノには強い郷愁を抱いている人、

きっとたくさんいるはずです。


「もう少し頻繁に来ようかな・・」と考えながら店を出ました。