大震災の被害に日本中が心を痛め、「なんとかしてあげたい!」という気持ちが広がっています。
日本共産党は、国民の要求を実現する、苦難を少しでも軽減する、ということを党設立の目的にする政党として、災害があればその救済に全力を挙げてきました。
今回の震災でも、被災者の救援に国を挙げて全力を尽くすべきであると考え、「いっせい地方選挙は延期すべきである」と政府に申し入れました。
私も、14日(月)、鶴岡市選挙管理委員会に対して、鶴岡市議団としての選挙延期の申し入れをおこないました。
選管事務局長も、被災地の鶴岡のつながり、避難してきた方の受け入れで投票所が使えなくなる懸念などなど、選挙実施の障害について述べられました。
「選挙やってる場合じゃないだろう!」という国民の常識を反映させていかなければなりません。
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なお、党中央委員会の申し入れの趣旨は以下のようなものです。
「日本共産党の志位和夫委員長が14日、国会内で、いっせい地方選の全国的延期について政府・各党に呼びかけた記者会見の要旨は次の通りです。
本日午前、緊急の常任幹部会を開いて、わが党として、各党および政府に提起したい問題を確認した。それは、いっせい地方選の日程についてだ。いま政府では、被災地域などの一部の地域の日程の延期を検討していると伝えられているが、一部の地域だけでなく、全国的に、いっせい地方選の日程の延期が必要だということを各党ならびに政府に提案したい。
その理由は大きくいって3点だ。
第1点は、今回の震災が未曽有の規模であり、救援・復興に全国民的な力を傾注する必要があるということだ。人的・物的被害は極めて甚大なものになっている。被災地域も極めて広大な地域に及んでいる。それから原子力災害や石油コンコンビナート火災など複合的な被害も未曽有の形で広がり、なお被害が拡大しつつある。さらに電力不足という事態が起こり、これもさまざまな困難を招いている。
そういう今回の震災の未曽有の規模・様相を全体として考えた場合、いま全国民的な救援と復興の支援が必要だという局面だと思う。全国民、全自治体がこの大災害に救援と復興のために力を集中すべき大事な局面だと思っている。これは党派の違いを超えて、あげてここに力を傾注すべき局面だ。そういう時期に選挙だということになると、矛盾してくる。
第2点は、選挙そのものを考えてみても、いっせい地方選はそれぞれの自治体にとってどういう自治体のあり方がいいのか、落ち着いた環境のなかで、じっくり政策議論もやって行うのが当たり前のあり方だ。そういう環境があるかといえば、いま現実にない。いま仮に選挙となった場合、これは落ち着いた環境の中で政策論争をやり、審判をやるという条件がないことは明らかだ。メディアも選挙報道より震災報道が優先されることになるだろう。そういうこと一つをとっても選挙戦が実質をもって落ち着いた形でやられる政治的な保障はない。さらに、いま節電が必要といわれるが、選挙となれば電力を使うことにもなる。車も走らせなければならない。そういうこと一つをとっても物理的にも矛盾してくるわけで、選挙をしっかりやる上でも全国的な延期が必要だ。
第3点に、国際的な環境を考えても、世界60カ国以上がいま救援のために日本に部隊を派遣してくださっている。国際的な目が日本に向けられ激励の声もたくさん寄せられている。そのように世界中がさまざまな形で支援してくださっているなかで、日本の一挙手一投足が注目されている。そういうときに世界との関係を考えても、そういう場面で選挙が始まったとなると、何をやっているのかということに世界との関係でもなってくるということも考えなければならない。
以上の3点を考えても全国的な延期が必要だというのが私たちの立場だ。きょう午後1時から各党の書記局長・幹事長会談が行われるので、その場で市田忠義書記局長のほうから各党にも提案したいが、ぜひメディアのみなさんにも、これは国民的な気持ちとしても当たり前の話だと思うのでぜひご協力願いたい。各党にはそれぞれ伝える努力を昨日からしているが、きょう公式に書記局長・幹事長会談で合意が得られればと願っているところだ。
――期間は。
志位 わが党としては半年ぐらいの延期が必要だと思っている。これはもちろん延期が決まった場合で、各党の合意になると思うが、いまの災害の規模の深刻さから考えて半年ぐらいは必要だと思う。
――他の党からの反応は。
志位 それぞれ真剣に問題提起は受け止めていただいている。さまざまだが、これはきょうよく議論してみるなかで前向きの結論が得られればと思っている。――(共産党の)各地方組織はどういっているのか。
志位 わが党の地方組織からは、やはりこれは延期すべきという声が続々寄せられている。大阪とか兵庫とかそういう地域からもそうだ。他の党でも同じだと思う。政党としてもいまボランティアなど救援と復興の支援を行わなければならない局面だから。」
震災翌々日の13日(日)、街頭で募金活動をおこないました。
食べ物や毛布など、現地で必要としている物はあるようですが、いつ、どうやって、どこに運ぶと使ってもらえるか、まだちょっと掌握できません。
いずれにしても、こういう場合に一番有効な支援は募金のようです。
午後3時から近所の生協千石センター前で、ハンドマイクで訴えながら、5人でよびかけたところ、一時間足らずの間に3万円近い募金が寄せられました。
千円札を出してくれる方も大勢いて、本当に多くの人が「何かしたい」という気持ちを持っているということが実感されました。
庄内医療生協では、前日(つまり、震災翌日)には既に現地に職員を派遣したといいます。
現地までの交通、現地の様子、必要な支援などなど、よく聞いてみて、今後の支援の方策を考えたいと思います。
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3月11日午後、私は勤労者会館のステージ上に居ました。
「重税反対集会」で、200人を超える参加者の前で挨拶を述べた後、ステージ上に並べられた椅子の最前列に座って、他の人の発言を聞いていた時に、揺れ始めた訳です。
大きな揺れ、会場の方々の動揺の広がりも一望できましたが、我が身のことは少しも考えられませんでした。
ただ、第三中学校の校舎が大丈夫か!、それだけで頭が一杯で、「早く止まれ!、止まってくれ!!」と心の中で何度も何度も叫びました。
今まで味わったことのないひどい恐怖でした。
「震度5以上の地震で倒壊する危険性が高い」とされる校舎を早く耐震化すべきと、議会で何度も取り上げて来たのは、万が一こういう日が来た時のことを心配してのこと、耐震化するまでこういう日が来ないことを願ってきたからです。
私自身の息子が在学しているという点で、保護者の皆さんの心配は私自身の心配でもありました。
集会後、デモ行進の参加をキャンセルして壇上を降り、まず、市役所危機管理室へ。
予想通りでしたが、役所全体の緊急会議がおこなわれるところで、何の情報も得られず、後で問い合わせることを告げて立ち去りました。
エレベーターも停まっていて、6階まで駆け上がり駆け下る内に心拍数もどんどん上がり、体力の問題なのか、心が追い詰められているのか、ない交ぜになりながら息を切らせて役所を出ました。
次に、第三中学校に向かいました。
到着すると、校舎は無事、一斉に下校する生徒たちの姿を見て、大きなため息を何度もつきました。
職員室では先生方が立ち上がってテレビを見つめていました。
校長先生・教頭先生に会うと、地震発生時は丁度卒業式練習で全員が体育館に集まっていたとのことで、全校が落ち着いて対処できたとのこと。
校舎も巡視したところでは損壊は認められなかったということで、不幸中の幸いと思いました。
続いて、同じく耐震化が求められる一学区学童保育所「星の子」「夢の子」と「いなほ作業所」へ。
学童は、壁にたくさんのヒビが走っていましたが、やはり損壊は認められず。
子どもたちは、隣の第一コミセンに移って落ち着いてすごしていました。
そこでコミセンの方も確認した後、第一小学校へ。
校長先生のお話では、職員引率型集団下校で子どもたちも落ち着いて帰宅したとのこと。
それから、停電が伝えられる朝日地区大網集落へ。
現地からは「地震の直後から停電となって2時間経過、反射式ストーブを引っ張りだしたが寒い。夜になったらどうなるだろうか」という声を聞いてとても心配でしたが、到着直前に「復旧した!」と聞いて、朝日庁舎に寄りました。
大網と同時に停電し、公民館に集まっていたという田麦俣も復旧したということで安心。
朝日中学校に立ち寄ってから、大網に行きました。
向かっている内に、雪がズンズン降ってきて、真冬の吹雪のようになってきました。
親戚・知人のお宅で暫し語り合い、9時半も過ぎた頃に帰路につきました。
ハンドルを握るとドッと疲れが出て、眠気を振り払いながら何とか自宅にたどり着きました。