歯が回復したので集中力も戻り、一気に下巻も読み終えた。下巻は幕末の動乱から明治の混乱と否応なしに時代の波に呑み込まれた頃なので上巻とは趣きが違う。お順の兄である勝麟太郎(海舟)が頭角をあらわし東奔西走するのだが、兄に感心する一方で批判的な気持ちにもなっている順の海舟観を述懐した部分。
兄は昔から言っていた。大切なのは忍耐だと。世の中はめまぐるしく動いている。もう少しがまんしていたら、高野長英は無傷で出牢できたかもしれない。吉田寅次郎は大手を振って渡米していたかもしれない。急いて事をし損じた者たちを身近で見て、ああはなるまいと肝に銘じたのだろう。
謹慎させられれば即座に頭を切り換え、時間を無駄にしないよう、勉学に励んで本を書き上げる。出仕せよと言われれば、畏まりましたと出かけてゆく。なにごとにも抗わず、与えられた場所で全力を尽くそうとするのが兄の生き方だった。生涯、無役を嘆きつづけるあまり自棄になって放蕩三昧に明け暮れた父、小吉のあやまりをくりかえすまいとして、自ずと身につけた処世術だろう。
そう、兄さまは臆病なのだわー。
新たな発見だった。
明朗で多弁で人たらし、怖いもの知らずで、傍若無人に見えながら、本当は兄ほど小心で用心深い男はいない。
後に、順は兄が臆病であるのはまちがいである。と悟るのであるが、このあたりの下りは諸田さんの海舟観の変化が窺える。小説を書き始める前は海舟をあまり好きでなかったとあとがきにも書いている。勝海舟全集24巻などを読み解く間に感じ入ること大となり、スゴイ人と言い切るまでになった。妹の順を書きながらそのベースには海舟への思い入れが流れている。
江戸城総攻撃を食い止めるために、山岡鉄太郎に捕虜をつれて駿府にいる西郷のもとに単身で乗り込ませ、その帰りを待っている時、麟太郎が順に語った言葉。
「お順坊・・・・」兄の声で我にかえった。目を上げると、麟太郎がいつもとはちがう、真面目な顔で見つめていた。真面目だが、やさしい目だ。
「島田先生は『剣は心なり』とよく言っていた。覚えてるかい」
「はい・・・・」
「政(まつりごと)も同じだ。カッとなったり、意地になったり、見栄をはったり・・・・心がどこにあるかつい忘れてしまう。だがナ、最後は心だョ」
国内外の政治のニュースを見るたびにため息が出る昨今である。
兄は昔から言っていた。大切なのは忍耐だと。世の中はめまぐるしく動いている。もう少しがまんしていたら、高野長英は無傷で出牢できたかもしれない。吉田寅次郎は大手を振って渡米していたかもしれない。急いて事をし損じた者たちを身近で見て、ああはなるまいと肝に銘じたのだろう。
謹慎させられれば即座に頭を切り換え、時間を無駄にしないよう、勉学に励んで本を書き上げる。出仕せよと言われれば、畏まりましたと出かけてゆく。なにごとにも抗わず、与えられた場所で全力を尽くそうとするのが兄の生き方だった。生涯、無役を嘆きつづけるあまり自棄になって放蕩三昧に明け暮れた父、小吉のあやまりをくりかえすまいとして、自ずと身につけた処世術だろう。
そう、兄さまは臆病なのだわー。
新たな発見だった。
明朗で多弁で人たらし、怖いもの知らずで、傍若無人に見えながら、本当は兄ほど小心で用心深い男はいない。
後に、順は兄が臆病であるのはまちがいである。と悟るのであるが、このあたりの下りは諸田さんの海舟観の変化が窺える。小説を書き始める前は海舟をあまり好きでなかったとあとがきにも書いている。勝海舟全集24巻などを読み解く間に感じ入ること大となり、スゴイ人と言い切るまでになった。妹の順を書きながらそのベースには海舟への思い入れが流れている。
江戸城総攻撃を食い止めるために、山岡鉄太郎に捕虜をつれて駿府にいる西郷のもとに単身で乗り込ませ、その帰りを待っている時、麟太郎が順に語った言葉。
「お順坊・・・・」兄の声で我にかえった。目を上げると、麟太郎がいつもとはちがう、真面目な顔で見つめていた。真面目だが、やさしい目だ。
「島田先生は『剣は心なり』とよく言っていた。覚えてるかい」
「はい・・・・」
「政(まつりごと)も同じだ。カッとなったり、意地になったり、見栄をはったり・・・・心がどこにあるかつい忘れてしまう。だがナ、最後は心だョ」
国内外の政治のニュースを見るたびにため息が出る昨今である。