素浪人旅日記

2009年3月31日に35年の教師生活を終え、無職の身となって歩む毎日の中で、心に浮かぶさまざまなことを綴っていきたい。

赤目四十八滝に立ち寄り松阪から帰る

2023年11月20日 | 日記
 プラザホテル洞津は公立学校共済組合の宿泊所で、私が高校受験で四日市にある海星高校を受験した時に利用した。当時は「洞津荘」という名前で木造の古びた宿だった。今はその面影はない。近鉄「津新町」から徒歩5分弱が好都合だった。今と違い鵜方から四日市まで行くのは大旅行という感じであった。

 弟が大阪に一緒に行きたいというので、9時にロビーに来ることになっていた。弟は中川駅が最寄り駅で津新町には13分ほどで来ることができる。朝食を8時に終えたので弟を待つ1時間ほどで津城跡まで散歩することにした。ホテルにあった散策マップで15分で行けるとあった。せっかくの機会を逃す手はないというところだ。

 通学する高校生や通勤する人が行き交っていた。県庁と中部電力関係の人が多いみたいだ。20分で津城跡に着いた。お城公園として整備されていた。

 津城は、永禄年間(1558年 – 1569年)に細野藤光が安濃津城を構えたことに始まる。1568年(永禄11年)に織田信長の伊勢侵攻によって織田氏が入城し、後に信長の弟の織田信包が入城した。1577年(天正5年)には、5重天守と小天守が完成する。1595年(文禄4年)に、豊臣家の家臣である富田一白が入城。関ヶ原の戦い(安濃津城の戦い)では一白の子である信高が東軍についたため、西軍から城を攻撃され、西軍3万に対し、1,300人で立ち向かい、奮戦の末に開城を余儀なくされた。このとき、城内の建造物の大半を焼失してしまった。1608年(慶長13年)に伊予今治藩より藤堂高虎が入城。藤堂高虎は城の大改修を行い、また、城下町を整備した。1871年(明治4年)に廃城となり、建造物は取り壊された。1958年(昭和33年)に丑寅櫓が復元された。
      ホテルに8時50分に戻ると弟がロビーで待っていた。帰路は国道165号を使い、途中で赤目四十八滝に寄っていこうとなった。3人とも赤目には行ったことがなかったので下見みたいなものである。9時過ぎに出発すれば11時過ぎには着けるだろうと踏んだので途中でスーパーに寄り弁当を買い込んでハイキングコースの折り返し地点で昼食を取ることにした。赤目滝には思っていたよりも早く10時50分に着いた。駐車料金は800円だが、特別に600円にしてもらった。
  500円の入山料を払い、日本サンショウウオセンターを抜け遊歩道に入った。遊歩道は整備されているが、思っていたより高低差がありワイルドであった。時間の関係で800m余りにある八畳岩付近の弁当スポットで昼食をとり引き返した(ゆったりコース)が、渓谷ハイキングコース約3.3kmを歩くのであれば、しっかりした装備と気合いが必要だと弟と見解が一致とした。
        12時30分に駐車場に戻り赤目を後にした。次に来るのは「1日をかけて終点の岩窟滝までの往復6.6kmを歩くぞ!」と思い立った時だ。いい下見になった。
 国道165号に戻り桜井から国道169号で般若寺を目指した。コスモス寺でとして有名で以前はよく行っていたのだがここ7,8年行っていない。通り道だし休憩も兼ねて寄ろうとなった。
以前は狭い道路からしか行けなかったが、そこからの受付と駐車場は閉鎖され、国道からすぐに入ることができる大きな駐車場が整備され以前は無料だったが500円の有料になっていた。少々戸惑ってしまった。おそらく、明治政府が監獄の国際標準化を⽬指して計画し、明治41年に完成した五⼤監獄の⼀つ「旧奈良監獄」。後に少年刑務所となり2017年に閉鎖されたものを星野リゾートがリニューアルして2016年に開業した「星のや奈良監獄」のため観光客の増大で環境が一変したことが大きいのではと感じた。道をはさんで植村牧場があるというのどかな感じは消えてしまった。これも時の流れである。コスモスは見頃は過ぎていたがかろうじて間に合った。
       16時前に帰ることができた。関西文化の日も活用しなかなか充実した1泊2日の松阪行きだった。
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松坂行・津で一泊

2023年11月19日 | 日記
 盆前に浜島の墓掃除を兼ねて松坂に行ってからバタバタ過ごす間に2ヶ月余りご無沙汰となってしまった。津のホテルプラザ洞津で宿をとり妻と二人で母の顔を見に行くことにした。ちょうど18日(土)と19日(日)は、第21回関西文化の日で、関西の美術館、博物館など約450施設が入館無料である。三重県の施設も参加しているので、いつもは有料のため立ち寄らなかった施設を見てこようということになった。

 朝8時20分に家を出て、いつもの国道163号から西名阪に入るルートで松坂を目指した。日曜日なのでトラックや仕事車が少なく快適なドライブとなりノンストップで関ドライブインに10時過ぎに到着した。一服してから10分ほど車を走らせ、亀山市歴史博物館へ立ち寄った。こんな機会でないと絶対行かない所である。「無料」の引力は強い。
  
企画展で、亀山市に伝わっている多くの刀剣類を集めた「きらめく亀山刀剣鐔」を開催していた。常設展示室では、亀山市の通史展示を行っていた。さまざまな時代の実物や復元された古墳、城下町の模型、数十年前まで実際に使われていた道具などが展示されていた。
      

10時40分に出て、芸濃ICから伊勢自動車道に入り1時間ほどで母のいる松坂のベタニヤシニアホームに到着した。近くに住む弟と合流し4人で、母お気に入りの店「シェ・ロアンヌ」で昼食を取りながら談笑。毎週日曜日午後1時25分からBSJapanextである『パネルクイズ アタック25 Next』を楽しみにしているとのことで、その時間に合わせて施設に戻る。「一緒に見よう」と言うので答えを考えながらクイズを楽しむ。脳の刺激になると笑っていた。番組が終わった14時25分過ぎに母にいとまを告げ、松坂市立歴史民俗資料館(2階:小津安二郎松阪記念館)と松浦武四郎記念館に立ち寄り16時50分に津新町のホテルプラザ洞津に到着した。後の2施設については日をあらためて書くつもり。関西文化の日をうまく使って充実した1日であった。
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第41回伊勢高同窓会関西支部総会懇親会に久しぶりに出席

2023年11月18日 | 日記
 コロナ禍で中断していた「伊勢高同窓会関西支部総会懇親会」が4年ぶりに開催された。第41回というから私が大阪に移り住んで8年ぐらいの時に関西支部が結成された。仕事をしている時は余裕もなく欠席していたが、退職してから、何か刺激が欲しいなと思った時に出席することにした。今回は3度目の出席となった。会場は「ホテルアウィーナ大阪」である。

 鶴橋駅から近鉄電車に乗り換え上本町六丁目までの一区間を乗るのが面倒だったので、千日前通りを15分余り歩いた。風が強く沿道のモミジバフウの葉が舞い散っていた。車でもよく走る道だが久しぶりに歩いてみるとけっこうな上り勾配で上町台地を実感した。大阪マラソンで走って以来のことである。

 「ホテルアウィーナ大阪」は、公立学校共済組合の施設なのでよく使っていたが、前回の同窓会に出席して以来とんと行っていなかったので懐かしく思えた。中に入るとクリスマスツリーが出迎えてくれた。他の同窓会も多くありイベント会場は全部埋まっていたのには少々驚いた。
     

 60名余りの出席者があった。前半は総会で、支部長挨拶、役員改選、来賓紹介、来賓挨拶と形通りに進行した。来賓の一人、剣道の授業でお世話になった中西昭八郎先生も健在だった。名前から察すると昭和8年生まれ、90歳だと思うが年齢を感じさせなかった。挨拶の中で先生は昭和37年に伊勢高に赴任して昭和58年に退職するまでの21年間在職し、さらに退職後8年間講師として伊勢高に関わり、合わせて29年間を伊勢高生と接してきたという話にはどよめきの声があがった。
 私は11期生だが同期は他に3名だけだった。今回は14期生が8名と一番多かった。最年長は2期生、最年少は63期生、まだ大学3年の2人であった。そのうちの1人が、私と同じ文岡中学校出身と聞いて珍しいこともあるものだと話が弾んだ。しかし、50年余りの隔たりは埋めようもない。「孫の世代だよ」の一言で納得。

 総会後の恒例の卒業生による講演会は、13期生で愛知教育大学名誉教授の西宮 秀紀さんによる「世界遺産・沖ノ島」についてだった。古代祭祀についての研究をされてきた方で、沖ノ島の世界遺産登録に際して国際専門家会議の一員として沖ノ島見学に参加した。その貴重な写真をもとに沖ノ島について語られた。30分という限られた時間だったので用意されたB5判5枚の資料についての解説は割愛せざるを得なかったが、「なるほど」と思うことが多くあり刺激になった。
 講演会の後の懇親会は、思い出話や近況報告など話が弾んだ。アトラクションでは「吉川晶子(12期生)と愉快な仲間たち」によるフラメンコで盛り上がった。
   いい気分転換になった。



 

 

 
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「教室を生きのびる政治学」(岡田憲治著・晶文社)

2023年11月17日 | 日記
  立ち寄った本屋の店頭で目に留まったり、新聞や週刊誌の書評、知人からの推しなど本との出会いにはいろいろある。「教室を生きのびる政治学」(岡田憲治著・晶文社)との出会いは、7日(火)朝刊にあった小国綾子さんの「あした元気になあれ」というコラムである。タイトルは「本を囲み、人と出会う」。

 小国さんは、街の本屋さんを拠点に政治や社会問題を語り合えるコミュニティーを作ってみたいという思いで、東京・谷中のシェア型書「TAKIBI」(安藤哲也店長)の「棚主」になった。そして初めて主催した「読書会」のことを書いている。その読書会の課題図書になったのが「教室を生きのびる政治学」(岡田憲治著・晶文社)である。

 読書会の参加者は、現役の大学教員、学校教諭、海外暮らしが長くて日本の組織への違和を感じている人、海外にルーツのある人、マンションの管理組合で交渉事に悩んでいる人など実にさまざま老若男女9人。

 一番自分の心に響いたページを一斉に見せ合った時、全員違っていた時の驚きを次のように書いている。
『ある人は、議論する目的は「正しい結論」を出すためじゃない、という一節を選び、別の人は、異なる意見に触れた時、恐れず、自分の考えを変える可能性のある他者と言葉への敬意を持とう、と書かれた箇所を選んだ。<誰にも迷惑をかけない人>になるよりも、自分の弱さを認め、<他者に適切に助けを求める決断のできる人間>になることが大切、という箇所を選んだ人もいた。語る理由に、その人の生きざまがにじむ。
 
 著者の岡田さんによると、大学1、2年生だと「立派な人間にならなくていい」「学校なんて命がけで行く所じゃない」「友だち100人なんていらない」の三つのメッセージに感想が集中するそうだ。一方、私が選んだのは若者が「自己責任」という価値観を内面化し、何もかも自分のせい、と考える風潮に対し、岡田さんが「自由に選択できる場合以外、『自己責任』なんて問う必要も意味もない」と説く箇所だった。私の今の問題意識がそこにあるからだろう。』


 「私だったらどのページを選ぶだろう?」とふと思い、それなら読むしかないと注文したのである。〈国会でも会社でも商店の会合でも、そして学校のなかでも、人間の行動には同じ力学=「政治」が働いている・・・必要なのは、半径5mの安全保障(安心して暮らすこと)だ!〉という帯の言葉は魅力的である。新しい本との出会いにワクワクしている。
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2023年秋・西本願寺界隈

2023年11月16日 | 日記
 知人が、10月中旬に龍谷ミュージアムで開催中の秋季特別展「みちのく・いとしい仏たち」のチケット(1600円/枚)を4枚郵送してくれた。バタバタして過ごしている間に会期末が迫ってきてせっかくの好意を無にしてはいけないと妻と京都へ出かけた。

 西本願寺には無料の大駐車場があるのでありがたい。せっかくなので西本願寺、梅小路公園、京都駅をブラブラと巡ってみることにした。西本願寺の2本ある大銀杏はまだ黄葉が進んでいなかった。1本は緑一色、もう1本は黄色に変わりつつあった。菊花展を開催していて小ぢんまりとした規模だが主だった菊はすべて見ることができた。今年は枚方の菊花展に行けずじまいだったのでラッキーであった。唐門はいつ見ても煌びやかである。

 梅小路公園では、家族連れ、小学校の遠足、中高年グループの散策、犬の散歩仲間の談笑する風景などのどかな秋の一日だとほのぼのとした気持ちになった。京都水族館の中からは元気な小学生の声が聞こえてきた。

 京都駅の方にいくと人の多さに圧倒された。オーバーツーリズムで市営バスが混雑して地元住民から苦情が出ているという報道がよくされているが、駅前のバスターミナルでの長蛇の列を見ると「さもありなん」と納得した。「そのあたりで昼食を」と思って行ったのだが人の多さと値段の高さに退散した。

 退職後数年、仏像巡りに勤しんだが、それらは洗練された技術を持った仏師によるものであったが、「みちのく・いとしい仏たち」で展示されているものはその対極にあるもの。小さなお堂や祠、民家の仏壇や神棚などにあるその土地の大工さんやお坊さんたちの手による素朴でユニークな仏像・神像である。

 青森・秋田・岩手の三県に伝わった約130点の仏像・神像を見ていると民衆の暮らしという別の世界があったことを実感する。ミュージアムを出て堀川通りを渡って向かいの西本願寺に行くために信号待ちをしていたら甘いほのかな香りが鼻をくすぐった。街路樹の1本に小さな白い花が咲いていた。「これか?」と鼻を近づけていたら「銀木犀やで」と妻が言った。金木犀はよく見かけるが銀木犀はあまり見かけない。妻に言わせれば同じ時期に花を付け芳香の強さで圧倒する金木犀が目立つため、ほのかな香りの銀木犀に気づかないことが多いとのこと。こんなに大きな木になるんだと驚き、信号待ちの退屈さが紛れた。


2023年秋・西本願寺界隈
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