松阪市立歴史民俗資料館(2階小津安二郎松阪記念館)は、母のいる施設から車で10分足らず、松坂城跡の一角にある。市役所の駐車場から歩いて7分。表門跡から入る。左手にあるイチョウがパッと目を引いた。資料館は右に曲がり急な石畳を上がるとすぐに見えてきた。
歴史民俗資料館は、明治45(1912)年に東宮殿下(大正天皇)行啓記念に建設された旧飯南郡図書館であった。昭和53(1978)年に資料館に生まれ変わった。本館と倉庫は国登録有形文化財である。玄関に飾られていた菊、一見、嵯峨菊だと思ったが、説明をみると松阪菊だとあった。
1階の民俗資料はよくあるものだが2階の小津安二郎に関する資料は懐かしくもあり興味深かった。明治36(1903)年、東京の深川の生まれだが「子どもは環境の良い郷里で育てたい」という父の考えにより、9歳から19歳までの多感な時期を松阪で過ごした。旧制中学時代、校則違反を承知で何度も通った「神楽座」で数多くの映画を見たことが、映画監督への道を選ぶことに影響を与えたといわれている。
「今度来るときは、桜の季節かな?」と思いつつ15時前に城跡を後にした。
歴史民俗資料館は、明治45(1912)年に東宮殿下(大正天皇)行啓記念に建設された旧飯南郡図書館であった。昭和53(1978)年に資料館に生まれ変わった。本館と倉庫は国登録有形文化財である。玄関に飾られていた菊、一見、嵯峨菊だと思ったが、説明をみると松阪菊だとあった。
1階の民俗資料はよくあるものだが2階の小津安二郎に関する資料は懐かしくもあり興味深かった。明治36(1903)年、東京の深川の生まれだが「子どもは環境の良い郷里で育てたい」という父の考えにより、9歳から19歳までの多感な時期を松阪で過ごした。旧制中学時代、校則違反を承知で何度も通った「神楽座」で数多くの映画を見たことが、映画監督への道を選ぶことに影響を与えたといわれている。
「今度来るときは、桜の季節かな?」と思いつつ15時前に城跡を後にした。