続・知青の丘

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清和文楽と石橋と(12/2)

2012-12-04 15:30:57 | 日帰り旅行
朝からの冷たい雨にもかかわらず、
山都町の清和文楽を観に行った。
大降りでないのが救い。

田園地帯を抜け、国道218は段々坂道になっていく。
大小の石橋の多いここら一帯は緑川水系。
江戸末期から明治にかけて、
種山石工の技術と当時の村の有力者の資金捻出などの努力とー。

二俣橋(文政年間1829~1830年・中山手永惣庄屋小山喜十郎)


霊台橋(国指定重文・1847年・惣庄屋篠原善兵衛)


寄り道しながらで・・・・
上演にやっと間に合った。

今日の演目は、
11時30分から 
  高千穂夜神楽~天照大神が天の岩戸に御隠れになったので、
  手力雄命が思案している舞いから始まる。
    ・・・手力雄(たぢからお)の舞・鈿女(うずめ)の舞・戸取り(ととり)の舞・御神体(ごしんたい)の舞
    
   ご神体の舞いでは、イザナギ・イザナミの両神さんがそれぞれに会場に降りてきて、男(女)と手を取り合うと、    片方の神さんが妬きもちをやいてひっぱたくという場面や仲良く酒を呑んで睦合うような場面も~。



12時30  中入り・田楽御膳

13時30  清和文楽人形芝居(人形浄瑠璃)
    ・・・壺坂霊験記(沢市内より山の段)
     黒子の汗抱だくになっての人形遣いと語りの太夫、調子の三味線の三位一体の芸術!

     阿波淡路系とされるこの清和文楽は、
     江戸末期嘉永年間から、百姓仕事などの合間をぬって継承されてきたもの。



屋根もアートらしい(騎馬戦工法)


併設の資料館の屋根もアート(バット工法)


浄瑠璃本



人形の骨組み


最近マレーシアからのお客様がみえたものの、
外国からのお客様が増えてき始めたと喜んでいた矢先に、
あの大震災があり、残念な状況にあるという。

今日は、楽楽楽まつりで、
遠くは長野県から、熊本からは留学生たちがきていた。

鄙びた山里で
昔から変わらぬ人情をうたう伝統芸能に浸るのもいいものだ。

 上演中の撮影は禁止です!





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