昨日は、サングラハの提携先であり、強力な支援をいただいている㈱はせがわの新事業とそれに合わせた「いのちの終わりと供養を考える会」設立のプレス発表に出席してきました。
報道関係、業界関係合わせて40社あまりが来たとのことでした。
「いのちの終わりと供養を考える会」は、㈱はせがわの大きな支援を得て設立される会ですが、代表に推薦されお引き受けしたので、次のような趣意を述べました。
「いのちの終わりと供養を考える会」設立趣意・スピーチ
今、葬儀やそれに続く供養のあり方が大きく変わってきています。
それは、死=いのちの終わりについての意識の大きな変化に対応していると思われます。
いのちを単に個人だけのものと捉えると、死は本人と周りのごく少人数の関係者だけに関わるものと考えられ、その結果、葬儀は小規模なものでいいとされるようになります〔例えば家族葬〕。
さらにはいのちを単に体という物質の機能と捉えると、死はその機能の停止であり、遺体は要するに死体であると考えられ、その結果、簡略に処理すればいいものとされてしまいます〔例えば直葬、葬儀なしの火葬〕。
〔さらには死んだらすべては終わり、何もなくなるのだから、葬儀も供養も意味はない、お墓や仏壇もいらない、という考え方に到ります。〕
しかし、本当にはいのちは、ただ個人のものであるだけでなく、もともと親や先祖とのつながりによって伝えられたものでありそして子孫へと伝えられていくというところに本質があるのではないでしょうか。
しかも、個人のいのちは生きている間ずっと他の多くの人とつながり・関わりながら営まれます。
そして体の死・個人としてのいのちの終わりの後も、つながり・関わりのあった人にとっては、依然として心の中でそのつながり・関わりは続いていきます。
現代人が考えがちなのと違って、「死んだらすべては終わり」ではないのではないでしょうか。
個人のいのちがその役割を終えてもいのちの流れそのものは過去から未来へつながり続けるのです。
それは、現代科学風に言えば、40億年の生命の歴史は一ヵ所も途切れることなく人間以前のかたちの先祖、そして人類というかたちになってからの先祖、そして私、さらに私の子孫たちというふうにつながり続ける、ということになります。1)
時間的にも空間的にも、いのちは単体で存在するのではなくつながり・関わりの中にあり、「つながってこそいのち」と言えるのではないでしょうか。
日本の葬儀と供養は、そうしたいのちのつながり、心のつながりを大切にすることの象徴的な表現だったのであり、そうした死者と生者〔特に先祖と子孫〕の心のつながりは、日本の深くすぐれた文化の基底にあり続けてきたものだと思われます。
確かに変化のなかには、形骸化したものが捨てられるという当然の面や、時代・社会の変化に伴うやむをえない面もあるでしょうが、そうした葬儀・供養の本質的な意味が見失われ、忘れられてしまうことは、日本文化の変質とその結果としての日本人の心のおそるべき荒廃をもたらす、いやすでにもたらしつつあるのではないかと深く憂慮しています。2)
私たちは、そうした時代状況の中にあって、問題意識を共有するみなさんと、葬儀・供養の本質的な意味についてもう一度捉え直し、再発見し、再発見したものを日本社会に問い直していくための場として本会を設立したいと考えるものです。
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私の読者やブログの読者の中には、私が葬儀・供養の業界と深く関わることに疑問を感じられる方もおられるかもしれません。
ビジネス界とは距離を置いて、純粋に思想的・学問的にやるほうがいいとお考えの方もあるでしょう。
しかし私は、日本人の精神性の荒廃の現状とそれに対処すべき立場の方々の反応の不十分さを考えると、どこであれ協力できるところとはすべて協力してやるほかないと考えています。
これからも、各宗門の真剣な布教師の方や、柔軟性のある新宗教の方や、いろいろな立場の教育関係者、心理学関係者、そしてビジネス界の方……まだあまりありませんが政治家の方などなど、あらゆる分野の方と協力していくつもりです。
しかも、私は、ここ2、3年ずっと社長や副社長その他の幹部の方とふれあいながら、この会社は本気だと感じています。
「儲けるために社会に貢献する(ようなふりをする)のではなく、社会に貢献した結果として正当な利益を得る」という姿勢が一貫しています。
こんな会社は、他にはあまり知りません(といっても、私が知らないだけで、他にもあるはずです。ご存知の方は、ぜひ教えて下さい。いくつもあるようなら、それは日本の希望です。)
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本気でスピーチしたせいか、かなり疲れて帰ってきたので、夜の元アメリカ副大統領ゴア氏の出る筑紫哲也の番組は録画しておいて、今日かみさんと見ました。
かみさんのブログ記事とまったく同感なので、そちらを読んでいただくことにして、こまかいことは書きませんが、「政治には情熱を失いました」という発言には正直失望しました。(同世代として、気持ちはとてもよくわかるような気がしますが……。もしかしたら、「政治的発言」で、実は敵を油断させておいて、次の選挙でぎりぎりになって突然再立候補を表明するのかもしれないと思いつつ)。
今こそ、政治主導の環境問題への取り組みが緊急に必要だと思うからです。
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