西暦紀元1世紀頃以降、空の思想を述べた『般若心経』他の般若経系統の経典が続々と誕生してきます。
これらの経典は、日本仏教では、真言宗、天台宗、禅宗(臨済宗、曹洞宗、黄檗宗)など、広く用いられています。
それから『維摩経(ゆいまぎょう)』も作られます。これを依りどころとする宗派はありませんが、特に禅宗では重視されてきました。
これに対する注釈書を聖徳太子が書いています(否定する説もありますが)。
さらに『法華経(ほけきょう)』で、これは日本の仏教では、天台宗と日蓮宗および法華系と呼ばれる新宗教が依りどころとしている経典です。
これに対しても、聖徳太子は注釈書を書いています。
それから『華厳経(けごんぎょう)』で、これは東大寺の華厳宗が依りどころとする経典です。
『無量寿経(むりょうじゅきょう)』『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』『阿弥陀経(あみだきょう)』(まとめて「浄土三部経(じょうどさんぶきょう)」といいます)は、浄土宗、浄土真宗、時宗など浄土系の宗派の経典です。
これらは、学問的には「初期大乗仏典」と呼ばれています。
大乗仏教は、一般の人間にはついていけなくなってしまった部派仏教の専門的な理論に対する批判として出てきた面がありますから、最初はあまり体系的に述べられたものではありませんでした。
ところが、いったん小乗仏教対大乗仏教というふうに分かれ、対立関係が起こってくると、大乗の側でもやはり理論を整備しなければならなくなります。
そこで大乗の主張を徹底的に理論的・体系的にまとめたのが、龍樹(りゅうじゅ、ナーガールジュナ)です。
説によって年代の前後がありますが、一説では150年から250年頃の人です。
2,3世紀頃になると、「中期大乗仏典(第1期)」と分類されるお経が出来てきます。
例えば『勝鬘経(しょうまんぎょう)』、『如来蔵経(にょらいぞうきょう)』、『大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)』などです。
これらは、特定の宗派の経典にはなっていませんが、『勝鬘経』に対して聖徳太子が注釈書を書いています。
それからこの授業で一番重点をおいてお話ししていく「唯識(ゆいしき)」という学派の一番古い経典である『解深密経(げじんみっきょう)』などが作られていきます。
日本では、法相宗の興福寺や薬師寺、北法相宗の清水寺などが依りどころとする経典です。
それから今日ではもうサンスクリットも漢訳もチベット訳も残っていない唯識の経典、『大乗阿毘達磨経(だいじょうあびだつまきょう)』もこの時代に書かれたようです。
続いて、5世紀ころ、「中期大乗仏典(第2期)」として、『薬師如来本願経(やくしにょらいほんがんきょう)』、『地蔵菩薩本願経』など、特定の宗派に限らず日本人全体に広がった薬師信仰や地蔵信仰の元になったお経が作られます。
そして7世紀ころ、大乗仏典としては後期にあたる密教の経典が出来ます。
『大日経(だいにちきょう)』、『金剛頂経(こんごうちょうきょう)』などで、真言宗の依りどころとされ、天台宗でも密教の分野で重んじられる経典です。
こうして見てくると、日本の伝統的な仏教がすべて大乗経典を依りどころにした「大乗仏教」であることがわかります。
ということは逆にいうと、かたちだけに限れば日本の仏教はゴータマ・ブッダの教えた仏教そのままを受け継いでいるのではない、ということです。
現代の日本人が「仏教」について考える場合、これはきちんと押さえておかなければならないポイントだと思います。
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大乗ロマンの結晶!
ですが、膨大さがかえって仏教を分かりづらくさせたということもできます。
経典間で主張が矛盾していたり。
まずはシンプルな大乗のエッセンスを学びたいと思いました。
ありがとうございました。
ウスイツカサ
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