
みなさん、明けましておめでとうございます。
今年も、ぜひご一緒に学んでいきましょう。
年末に引き続き、『摩訶般若波羅蜜経』の言葉で、始めたいと思います。
もろもろの菩薩・大士は〔心を〕大スケールに美しく調え、私はまさに限りない数の衆生を救おう、衆生は結局〔実体としては〕把握できないということを知っていてしかも衆生を救うのである、これは困難なことであるとする。……
スブーティよ、菩薩・大士は、二つの事柄を完成し、悪魔は破壊できない。何が二なのか。一切の存在は空であることを瞑想的に洞察することと、一切の衆生を捨てないこととである。スブーティよ、菩薩がこの二つの事柄を完成するならば、悪魔は破壊できないのである。
諸(もろもろ)の菩薩・摩訶薩は大荘厳(だいしょうごん)し、我れ当(まさ)に無量無辺阿僧祇(むりょうむへんあそうぎ)の衆生を度すべし、衆生の畢竟不可得(ひっきょうふかとく)なることを知て而(しか)も衆生を度す、是を乃(すなわ)ち難(かた)しと為す。……
須菩提(しゅぼだい)、菩薩・摩訶薩は二法を成就す、魔、壊(え)すこと能はず。何等か二なる。一切法空を観ずると、一切衆生を捨てざるとなり。須菩提、菩薩此二法を成就すれば、魔壊すこと能はざるなり。(度空品第六十五)
ニュースを見聞きしていると、世界は問題だらけであり、世界中に不幸な人々がたくさんいます。
それらの問題や人々を実体として分別知的に捉えた上で、それらを解決したい、それらの人々を救いたいと執着すればするほど、気持ちが暗くなってきます。
問題の大きさに途方に暮れ、人々の多さにとても手が及ばないと無力感を感じ、自分の非力を嘆き、落ち込み、絶望しそうにさえなってきます。
しかし菩薩は、物事を実体視する心の汚れを清め宇宙スケールの清らかさ・美しさに調えて、一切の存在が空であり、だからもちろん根源的には衆生も空であり、そういう意味では善悪、幸不幸を超えていて、救うも救わないもないことをしっかりと洞察します。
しかしブッダは、弟子の中で空の理解において第一人者とされた(解空第一・げくうだいいち)須菩提・スブーティに向かって、2度も呼びかけながら、すべてが空であると洞察しつつ、しかもすべての衆生を捨てずどこまでも救おうとする、この2つのことを実践するならば、〔落ち込み、落胆、あきらめ、絶望などの〕どんな悪魔も、菩薩を妨げ、挫折させることはできない、と説かれています。
情熱的に行動するがこだわらない、こだわらないが情熱的に行動できる――もっと日常的な言い方にすれば、熱心なのに気軽、気軽なのに熱心――そういう心になれるよう、心を調え浄化しながら、今年も最善を尽くしていきたいと思っています。
よかったら、ご一緒しませんか。
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