ふわり・舞う・毎日

気持ちに余裕がないと、心の泉が枯れちゃうもんね。

ドキュメント0401~その1

2009年04月09日 | 極私的記録
「その1 出産へのプロローグ」

私の妊娠がわかったのが、昨年の8月。
その後、つわりも早産などのトラブルも一切なく、体調もすこぶる良好のまま臨月を迎えていた。

予定日は、3月26日。

自分が3月生まれのうお座なので、せっかくなら子供も同じうお座になってくれればなぁと、臨月に入ってからは毎日、今日か今日かとその予兆を待ちわびていた。
3月に入ってからは明らかにお腹の位置が下がってきて、検診でも
「赤ちゃんもずいぶん下がってきてますね、子宮口も柔らかいし、これは早いかも」
と言われていた。
お腹が下がって、赤ちゃんの頭は骨盤に入っていて、胃もスッキリしたし、(膀胱が圧迫されるから)トイレも近い。
にもかかわらず、腰痛もお腹の張りも感じられないまま、気がつけばうお座(~3月20日)も終わり、予定日が過ぎた。

一体いつになったら出てくるの?
本当に私のお腹の中に赤ちゃんはいるの?
……生まれてこなかったらどうしよう。

エコーを使って中の姿も見ているし、ちゃんと検診を受けて順調に進んできたのだから、「赤ちゃんがいない」などということは有り得ない。
頭ではそうわかっていても、あまりにも何の変調もない自分の身体に、日を追うごとに不安と焦りが募った。

「もう生まれた?」
予定日を知っている親戚や友人から来るメール。
楽しみにしてくれる気持ちは嬉しいが、プレッシャーとしてのしかかっても来る。

病院の方針で、予定日から10日間経過するまでは様子を見て、それでも兆候が無ければ11日目に入院、陣痛を促進するための処置を施すということになっていた。
それに基いて、私の強制入院日は4月6日と決まった。
強制入院となっても、いきなり陣痛促進剤を使うようなことはしない。
そう聞いていても、できれば自然に陣痛が来て産む流れに乗りたい。

お腹、早く痛くなれ、早く痛くなれ。
腹痛を心待ちにしたのは、多分生まれて初めての経験(笑)

その時が来たら、ちゃんと出てくるから。
そう開き直ることもできないまま、何も手につかない時間だけが経過していった。
そして迎えた3月最後の日。

事態はようやくゆっくりゆっくりと動き始めた。


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その3 LDRの長い一日の始まり」へ
その4 まだ続くLDR生活」へ
その5 ようやく出産へ」へ
その6 援護射撃」へ
その後 入院生活編」へ


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