またまた読書メモ(のようなもの)シリーズ。
これまでに2度アップしたけど、メモというより感想文みたいだし、こんなスタイルだと書くこと自体が一仕事になっちゃって更新するのがおっくうになるし、そうすると読んだのが溜まるいっぽう…。このままではまたもや読書日記三日坊主に陥ってしまふ…ということに気づいてるんだけど。だいたい、書くまでに時間がかかるのと、書くスピードが遅いからこんなことになってるわけで(そのわりには書いてる量が少ないから、やっぱりメモか)、もっとバッサリしたやり方にしたほうがいいのかも。
とまあ、それはさておき。とりあえず、今日は、昨年末くらいから読んだもののなかから、印象に残っている翻訳関係の書籍を中心に。
『気になる部分』 (岸本佐和子、白水社、2006年)
★★★★ 「名翻訳家による抱腹絶倒のエッセイ集」。めくるめく妄想ワールドにやられました~。すいかの最大のお気に入りは「キノコ」のエピソード。好き嫌いが分かれるタイプの作家かもしれないけど、一度はまると抜けられません。あらゆるところに笑いの地雷がしかけられているので、公の場所で読むことはおすすめいたたしかねます(と注意して友人に貸したら、「面白かったけど、電車の中でも読めた」と言って返却された。わたしの笑いの沸点が低いだけなのか)
『ねにもつタイプ』 (岸本佐知子、筑摩書房、2007年)
★★ タイトルどおり粘着質というか執念深いというか、「ユーモア通り越してちょっと笑えないよ」てなかんじの毒気が多くて、『気になる部分』ほど楽しめなかった。残念。
んで、彼女が訳した、これまたへんてこな小説が、
『中二階』 (N.ベイカー 著、岸本佐和子 訳、白水社、1997年)
★★★ 1人のサラリーマンが、昼休みの外出先から中二階にあるオフィスに戻るため、エスカレーターに乗っている数何十秒間に、彼にわき起こる連想(妄想?)だけで始まって終わる、短めの中編小説。“まともな”勤め人が、しょーもないことを真剣にあーでもないこーでもないと考えをめぐらせ、納得し、それに単純に感動するのが、なんともばかばかしくもかわいらしい さらに、ほとんどのページに、ものすごーく長い注釈があって、これがまた細かいっ!ていうニッチを突いてきて、好きな人は好きだと思うけど、読むのが面倒といえばそうねってかんじの1冊。
『翻訳教室』 (柴田元幸、新書館、2006年)
★★★ 「東大文学部翻訳演習完全収録」本。ゲストのひとり村上春樹の回は、期待していたほどおもしろくはなかった(こういうところでされる質問の彼の回答は、いつも同じ。ま、よく言えば一貫性があるってことか)。けど、講義回数が重なるたびに、柴田センセイと学生たちの議論がだんだんガチの真剣勝負になっていく様子がなんともスリリングで楽しめます(個人的に、逐語形式の読み物は苦手なんだけど、これはそんなことを感じさせなかった)。トーダイ生でも単純な構文を誤訳しちゃったり、センセイでも「ここは迷うなあ」とか言ってるのを読んで安心しちゃうわたしって、つくづく小心な権威主義者だと思う。とほほ。それにしても文学作品を翻訳するのって、さらにそれでご飯食べてる人ってほんっとにすごいです、ハイ(ちなみに柴田センセイは「“副業”でやってる」らしい。片手間であの仕事量…すご…)。
『翻訳のココロ』 (鴻巣友季子、ポプラ社、2003年)
★★ なあんか全体的なリズムというかテンポが悪く、言葉の選び方にもあまりセンスが感じられず…。それは、ウェブマガジンの連載記事に加筆・修正したエッセイ集ということによるのかもしれない。というのも、最近多い、ブログ本のたぐいがわたしは、あまり好きではないので。なので、好意的に考えるならば、この本への違和感も単に個人的な好みの問題なのかも。うがった見方をするなら、名翻訳家必ずしも名文家ならず…ってことなのかな、とか。それでも、「あらゆる翻訳は暫定案である」とか、やっぱりプロは違う、と思わせてくれる表現とプロ意識がところどころにみられます。
この手の本を読んでつくづく思うのは、米原万里は、やっぱりすごい人だったのだなあ、ということ。
『ユリイカ-特集 米原万里-』 (2009年1月号、青土社)
★★★★★ 2006年に亡くなってなお人々を魅了し続ける彼女。手がけた翻訳は少ないけれど、超一流の通訳者・作家として、ことばで伝えることの苦しみと、それがユーモアによって喜びに変わることを誰よりも知っていた人。この特集号は、学生時代の詩や妹への手紙、ゆかりの人たちの寄稿を中心に構成されています。著作のレビューもあり。こんなふうに自分のことを振り返られる(なかには“蒸し返し”的なものもある)ってことを彼女はどう思っているのかなあ、と考えないでもないけれど、ファン必読の一冊。
翻訳プロジェクトに絡んで(というか、泥縄的にというか、それすら通り越して次に備えて?!)、読みました。この“翻訳プロジェクト”の話については、毎日ちょこっとずつ書いているのだけど、これまた書くペースが遅くて、いつになるのやら…
春休み(ビバ、学生!)のうちになんとかします、たぶん… ← 弱気
これまでに2度アップしたけど、メモというより感想文みたいだし、こんなスタイルだと書くこと自体が一仕事になっちゃって更新するのがおっくうになるし、そうすると読んだのが溜まるいっぽう…。このままではまたもや読書日記三日坊主に陥ってしまふ…ということに気づいてるんだけど。だいたい、書くまでに時間がかかるのと、書くスピードが遅いからこんなことになってるわけで(そのわりには書いてる量が少ないから、やっぱりメモか)、もっとバッサリしたやり方にしたほうがいいのかも。
とまあ、それはさておき。とりあえず、今日は、昨年末くらいから読んだもののなかから、印象に残っている翻訳関係の書籍を中心に。
『気になる部分』 (岸本佐和子、白水社、2006年)
★★★★ 「名翻訳家による抱腹絶倒のエッセイ集」。めくるめく妄想ワールドにやられました~。すいかの最大のお気に入りは「キノコ」のエピソード。好き嫌いが分かれるタイプの作家かもしれないけど、一度はまると抜けられません。あらゆるところに笑いの地雷がしかけられているので、公の場所で読むことはおすすめいたたしかねます(と注意して友人に貸したら、「面白かったけど、電車の中でも読めた」と言って返却された。わたしの笑いの沸点が低いだけなのか)
『ねにもつタイプ』 (岸本佐知子、筑摩書房、2007年)
★★ タイトルどおり粘着質というか執念深いというか、「ユーモア通り越してちょっと笑えないよ」てなかんじの毒気が多くて、『気になる部分』ほど楽しめなかった。残念。
んで、彼女が訳した、これまたへんてこな小説が、
『中二階』 (N.ベイカー 著、岸本佐和子 訳、白水社、1997年)
★★★ 1人のサラリーマンが、昼休みの外出先から中二階にあるオフィスに戻るため、エスカレーターに乗っている数何十秒間に、彼にわき起こる連想(妄想?)だけで始まって終わる、短めの中編小説。“まともな”勤め人が、しょーもないことを真剣にあーでもないこーでもないと考えをめぐらせ、納得し、それに単純に感動するのが、なんともばかばかしくもかわいらしい さらに、ほとんどのページに、ものすごーく長い注釈があって、これがまた細かいっ!ていうニッチを突いてきて、好きな人は好きだと思うけど、読むのが面倒といえばそうねってかんじの1冊。
『翻訳教室』 (柴田元幸、新書館、2006年)
★★★ 「東大文学部翻訳演習完全収録」本。ゲストのひとり村上春樹の回は、期待していたほどおもしろくはなかった(こういうところでされる質問の彼の回答は、いつも同じ。ま、よく言えば一貫性があるってことか)。けど、講義回数が重なるたびに、柴田センセイと学生たちの議論がだんだんガチの真剣勝負になっていく様子がなんともスリリングで楽しめます(個人的に、逐語形式の読み物は苦手なんだけど、これはそんなことを感じさせなかった)。トーダイ生でも単純な構文を誤訳しちゃったり、センセイでも「ここは迷うなあ」とか言ってるのを読んで安心しちゃうわたしって、つくづく小心な権威主義者だと思う。とほほ。それにしても文学作品を翻訳するのって、さらにそれでご飯食べてる人ってほんっとにすごいです、ハイ(ちなみに柴田センセイは「“副業”でやってる」らしい。片手間であの仕事量…すご…)。
『翻訳のココロ』 (鴻巣友季子、ポプラ社、2003年)
★★ なあんか全体的なリズムというかテンポが悪く、言葉の選び方にもあまりセンスが感じられず…。それは、ウェブマガジンの連載記事に加筆・修正したエッセイ集ということによるのかもしれない。というのも、最近多い、ブログ本のたぐいがわたしは、あまり好きではないので。なので、好意的に考えるならば、この本への違和感も単に個人的な好みの問題なのかも。うがった見方をするなら、名翻訳家必ずしも名文家ならず…ってことなのかな、とか。それでも、「あらゆる翻訳は暫定案である」とか、やっぱりプロは違う、と思わせてくれる表現とプロ意識がところどころにみられます。
この手の本を読んでつくづく思うのは、米原万里は、やっぱりすごい人だったのだなあ、ということ。
『ユリイカ-特集 米原万里-』 (2009年1月号、青土社)
★★★★★ 2006年に亡くなってなお人々を魅了し続ける彼女。手がけた翻訳は少ないけれど、超一流の通訳者・作家として、ことばで伝えることの苦しみと、それがユーモアによって喜びに変わることを誰よりも知っていた人。この特集号は、学生時代の詩や妹への手紙、ゆかりの人たちの寄稿を中心に構成されています。著作のレビューもあり。こんなふうに自分のことを振り返られる(なかには“蒸し返し”的なものもある)ってことを彼女はどう思っているのかなあ、と考えないでもないけれど、ファン必読の一冊。
翻訳プロジェクトに絡んで(というか、泥縄的にというか、それすら通り越して次に備えて?!)、読みました。この“翻訳プロジェクト”の話については、毎日ちょこっとずつ書いているのだけど、これまた書くペースが遅くて、いつになるのやら…
春休み(ビバ、学生!)のうちになんとかします、たぶん… ← 弱気