前回の続きです。
NTTのタワーを写してから足元を見たら
「九州電話自動交換発祥の碑」が目に付きました。
「九州最初の自動電話交換は昭和8年3月26日開始されました」
と説明書きがありました。
電話の自動交換はわが町が九州でいちばん早かったのですね。
そのころどれくらいの電話があったのだろうか、と図書館で
市史を調べてみました。
自動交換発祥の地ことも昭和8年の電話数の記述もありません。
市史下巻172ページに次の記述がありました。
「昭和期には電話の利用がいよいよ高くなり、同15年戦争直前の
本市電話加入者は1502口あり、経済活動ならびに文化生活の一端
がしのばれる‥‥」
昭和8年には1500口より少なかったでしょうね。
NTTのタワーを写してから足元を見たら
「九州電話自動交換発祥の碑」が目に付きました。
「九州最初の自動電話交換は昭和8年3月26日開始されました」
と説明書きがありました。
電話の自動交換はわが町が九州でいちばん早かったのですね。
そのころどれくらいの電話があったのだろうか、と図書館で
市史を調べてみました。
自動交換発祥の地ことも昭和8年の電話数の記述もありません。
市史下巻172ページに次の記述がありました。
「昭和期には電話の利用がいよいよ高くなり、同15年戦争直前の
本市電話加入者は1502口あり、経済活動ならびに文化生活の一端
がしのばれる‥‥」
昭和8年には1500口より少なかったでしょうね。