潜(くぐ)らなければ向こう側には行けない。
新しい世界には入れない。
今の生活を捨ててまでとは言わない。
しかし変化させなければ、潜れないこともある。
変化させることは怖いことだ。
今までの流れが変わることは本能的に抵抗される。
誰に?自分自身に。
子供のころ世の中は厳しいんだ、誰もお前のことを助けてはくれないんだぞ、と育てられた。
父は可愛いわが子に強くなってもらいたい為に世の中の真実を伝えようとしたのだろう。
子供は素直に言葉通り受け取る。
だから世の中が怖くてしかたがなかった。
自信の持てない大人になっていった。
もっと自信を持って堂々としろと言われた。
でもこの厳しい世の中は落とし穴が待っていて自分もいつ落ちるか分からい、そう青年は思った。
人生の素晴らしさ世の中を冒険していく充実感よりも楽しさよりも不安と恐ろしさが支配した。
失敗を恐れた。
失敗しても誰も助けてくれないからだ。失敗して再起不能になるのではないかと男は恐れた。
恐怖心が挑戦心をつぶしていった。
その男は社会と接点を持つことができず一人の世界に閉じこもった。
自分を守る為に。
しかし世界は変わっていった、その男も歳をとっていった。
優しさと厳しさで心配をしつづけていた父親も亡くなった。
家族はいなくなった。
男は一人になった。
ある日、ひと気のない午前中一人歩いていると気付いた。
このトンネルを潜(くぐ)らなければ、向こうにはいけないんだと。
トンネルは暗かった、入口の階段を上ると足を取られて躓いて転びそうだった。
向こうに行きたい、男は思った。
でも向こう側は今の世界よりももっと酷い世界かも知れない…もっと寂しい場所かもしれない、
そう思った。
躊躇した。
でも、体の内側から声がするのだ。
向こう側に行きたいんだと。
ここを潜らずにまたもとの場所へは戻りたくないのだと。
男はトンネルに向かって一歩踏み出していた。