自民党の小野寺五典政調会長は15日、札幌市で開かれた党セミナーで講演し、アルバイトをしている大学生らを扶養する親の税負担に関する「年収103万円の壁」見直しに疑問を呈した。小野寺氏は「野党各党は壁を取っ払えと話しているが、根本、おかしいと思う。なぜ学生が103万円まで働かなければいけないのか」と指摘した。

 自民、公明、国民民主3党は、大学生らを扶養する親の税負担を軽減する「特定扶養控除」について、アルバイトなどをする子どもの年収上限を現行の103万円から引き上げる方向で調整している。

 小野寺氏は「学生は将来のためにしっかり勉強してほしい。学業に専念できるような支援を国会で議論すべきだ」と訴えた。

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小野寺五典さんの講演会での発言が批判されています。

猛批判です。

Xには9割以上が批判のポスト。

肯定している人は極々少数です。

 

年収103万円の壁。

本来は主婦などが扶養家族から外れるからと、働き控えする事をなくす為です。

年末になると、103万円を超えるからとシフトを減らす人が増え、

その結果、飲食店等は年末の書き入れ時の人手不足で頭を抱え込みます。

その議論の延長線に学生の働き控えの問題が沸き上がっています。

 

以前、大学生の子供を持つお母さんが

「学生の時のバイトは就職した時に役立つからどんどん働くように言っている」と。

その時には扶養家族がどうのこうのとの話はなかったですが、

確かにバイトの経験は就職後の仕事に役立つ事も多いです。

接客、マナー、言葉遣い。。。バイトをしていない学生よりも貴重です。

 

ただ、小野寺さんの発言にも納得します。

大学生は勉強する事が本来の姿です。

生活費の為、学費の為にバイトを増やすと、講義に集中できなくなったり帰宅後の勉強にも差し障ります。

また親元を離れた学生は生活費が負担になったり、学費を捻出するのも困難な家庭もあるでしょう。

その為の奨学金がありますが、その返済で就職後の生活が脅かされると聞きます。

ですから、勉強に集中できるよう奨学金の充実と過度な返済額を設定しない様に政府が考えるべきです。

 

短絡的に小野寺さんを批判するよりも、現行の奨学金制度の見直しをするのが先決です。

本来、学生は勉強する事が目的です。

また街頭でのインタビューで高校生の発言が小中学生並みの学生がいる事に愕然とします。

大学まで行く必要があるのか。

勉強が嫌いな子供まで大学に行く必要があるのかと思います。

それよりも小中学校で基礎学力を十分付け、そして高校ではその集大成としての授業をしてもらいたいです。

勿論、高校では専門的分野の勉学もあるでしょう。

そして高校に行かなくても専門学校で専門技術を身に着ける選択肢もあるでしょう。

何でもかんでも大学に行き、生活が苦しいからとバイト三昧。。。。

これでは本末転倒です。

大学とは勉学するところです。

そして勉強が嫌いな人や、大学以外で技術を付けたかったり、高卒で就職したい人の気持ちを尊重するべきです。

何でもかんでも大学まで、との風潮がおかしいです。

因みに兵庫県立大学の学費を無料化にした斎藤知事が評価されましたが、

県立大学に行く県民はどれだけいるのかです。

それよりも就学前の乳幼児への援助に税金を使ってもらいたいです。

 

話が逸れましたが、小野寺さんの発言が猛批判を浴びている事に違和感があります。

そしてそれよりも留学生は国の宝だと言った岸田さんの方が批判されるべきです。

留学生の多くは中国人です。

日本の大学生よりも中国人に手厚い援助にはもっと批判すべきです。

中国人留学生ほど危険な存在はいません。

そんな中国人への援助、それらは税金である事をもっと深刻に考えるべきです。

こんなポストもあります。⇩ 

手厚すぎませんか?

こんなところに税金を投入する事が納得できません。

ただ、これは事実なのか、デマなのか、

はたまた現在なのか過去の事なのか。。。

ファクトチェックの記事です。⇩ 

外国人留学生には学費免除と10数万円の生活費が税金から支払われる? 対象は留学生の約3%【ファクトチェック】(修正あり)

デマに近い情報だったようです。

とは言え、留学生への補助は全て間違いではありません。

外交なのか、国際親善なのか知りませんが、国民が物価高に喘いでいる今、何も外国人を優遇しなくても。。。

もっと支援する相手は日本人でしょ。

そして将来を担う、若者たちが勉学に集中できるように政府は熟慮するべきです。

奨学金の充実、そして返済で生活が困難にならない様な手立てです。

更には何が何でも大学にという考えはどうかと思います。

そして103万円の壁を取り除く事に学生の存在を持ち出すよりも、学生の本来の姿は何かを考えるべきです。