人生悠遊

写真付きで旅の記録、古都鎌倉の案内などを、周りの人の迷惑にならないように紹介していきます。

きょうの旅 ーー 曽我物語 ーー

2018-02-12 16:49:54 | 日記

皆さん、日本三大仇討をご存知ですか?忠臣蔵はポピュラーですが、あと二つは馴染みがありませんね。曽我物語と鍵屋の辻の決闘ですね。鍵屋の辻の決闘は荒木又右衛門の映画が記憶にありますが、曽我物語は歌舞伎の演目程度でしょうか。その曽我物語が今回のテーマです。舞台は小田原市。下蘇我駅の近くの城前寺とその周辺になります。ところで国府津から沼津に行く御殿場線はJR東海の区間なんて知りませんでした。三島から先かと思っていましたが、名古屋育ちの身としましては地元に帰ったような気分になりました。

さてこの曽我物語、いろいろ調べていくと非常に興味深い題材です。まずは『吾妻鏡』の建久4年(1193)1月の「工藤祐経の家に怪鳥入る」という記述からこの物語は始まります。だいたいこの『吾妻鏡』では、不吉なことが起こる予兆として鳩が死んだり、怪鳥がでてきたりして知らせます。実際、その年の5月28日に曽我十郎祐成(すけなり)と五郎時致(ときむね)兄弟による富士の巻狩りを舞台にした、兄弟が仇とする工藤祐経の仇討が行われるわけです。『吾妻鏡』ではこの事件、それなりの頁をさいて書かれ、時の将軍頼朝もこの兄弟の勇敢な行為に同情的です。また殺された工藤祐経に関しても殺戮されたという事実の記載にとどまり、それ以上の深入りはしていません。また曽我兄弟と工藤祐経の私闘であれば、わざわざ記録する必要もないと思われ、逆に何か不自然な感じがして「何かあったのでは?」と勘繰りたくなります。

実際、背後には、頼朝の弟である源範頼とか義理の親である北条時政の影が見え隠れしているようなことを書いている本もあります。本当のところはよく分からないのですが、この曽我兄弟の仇討については「口承者」の存在があり、民衆の間には広く伝播していた可能性はあります。無念のうちに死んだ兄弟の怨霊を恐れる御霊信仰というものが各地に残されています。箱根の供養塔や城前寺。さらには浄瑠璃や歌舞伎の演目となり、お盆や正月に演じられています。『吾妻鏡』もそのことを無視できず記録したのではないでしょうか。写真は城前寺にある兄弟の像です。

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