高江雅人  竹工芸職人の独り言  竹工房オンセ

高江雅人  竹工芸を初めて37年、徒然なる出来事をアップしています。

田辺小竹襲名展

2008年05月12日 06時45分32秒 | 職人仲間

511_005 難波高島屋の6階の美術画廊で堺の竹工芸家、田辺君の襲名展が行われていた。朝の比較的お客様の少ない時間にお邪魔して、会場を見せていただいた。可愛い奥さんが迎えてくれる。田辺君は10年ほど前、別府の竹の学校に勉強に来ていたが、その時から、別府で学んだ技術に代々受け継がれた感性がプラスされ独特の魅力ある作品を作っていた。やはり、小さい時から養われた感覚というものは大したものである。その後、作家として日本のみならず、海外でも大きな評価を受け、自分の作風を作りつつある。今回の「もののふ」シリーズなどは彼の持ち味が出て素晴らしい物であった。

「職人」と「作家」。竹細工を生業にしていく上で、どちらの方向を目指すのか?意見が分かれるところであるが?彼は作家としての道を、当然、高度な技術と表現方法、その中に彼の主張したいテーマが見えてくる。量産するものではなく、一品物ばかりなので当然高額な作品になってしまうが、美術画廊でハイエンドなお客様に的を絞ったやり方になる。もちろん、この背景には代々受け継がれている「田辺竹雲斎」という大きな看板と、彼の作家としての活動で生まれた価値付けが物を言う。決して、簡単に此処まで来れるわけでは無い。

511_003 竹工芸家の名門の家に生まれたプレッシャーなどは、私たちには想像できない物であろう。名家に生まれ、若くして名を成す、しかし、天狗になることなく礼儀正しい彼の人柄はこれからも多くのファンを作っていくのだろう。

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アンモナイト

2008年05月12日 05時13分48秒 | 職人仲間

510_0101_2 今回の私の隣のブースはアンモナイトの化石を使ったジュエリーだ。見ていると魅惑的な表情をしている。作家の「ドリーヴス公美」さんに話を聞いてみると、このアンモナイトジュエリーを作り出して5年くらいだそうだ、以前は何と、発掘の仕事をしていたそうだ。その中でアンモナイトの魅力に取り付かれてしまったそうだ。実家の仕事の関係で、細工物のボタンを作ったり、金属加工の知識はあったそうだが、失敗をしながら独自な物を作っていったそうだ。

510_0131 見ていて面白い、色の違いはアンモナイトの出てきた地層の違いだったり、何万年の時間の流れの中で、どんなものが繁殖していたのか?絶滅していったのか?時代時代の顔をしているようだ。ジュエリーを作る技術的な事は後から付いて来るが、元になるのは何を人に伝えたいか?自分の大切なもの、大好きなものは何なのか?そこからオリジナルな物が生まれてくる。

510_0141 彼女の話を聞いていると、淡々とした表情の中に驚くような感性、人生観が散らばっている。アメリカ人のご主人と結婚し、娘さんは中学からイギリスに、今はイギリスでOLをしているそうだ。人を押しのける様な虚勢は一切無く、自然体の素敵な人である。

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