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竹とんぼ

家族のエールに励まされて投句や句会での結果に一喜一憂
自得の100句が生涯目標です

秋の日が終る抽斗をしめるように  有馬朗人

2018-10-18 | 


秋の日が終る抽斗をしめるように  有馬朗人

引き出しがなめらかに入るその感触は、気持のよいものです。扉がぴたりとはまったときや、螺子が寸分の狂いもなく締められたときと同じ感覚です。そのような感触は、あたまの奥の方がすっと感じられ、それはたしかに秋の、乾いた空気の手触りにつながるものがあります。抽斗は「ひきだし」と読みます。「引き出し」と書くと、これは単に動作を表しますが、「抽斗」のほうは、「斗」がいれものを意味しますから、入れ物をひきだすというところまでを意味し、より深い語になっています。「秋の日」、「終る」、「抽斗」と同じ乾き方の語が続いたあとは、やはり「閉じる」よりもさわやかな、「しめる」が選ばれてよいと思います。抽斗をしめることによって、中に閉じ込められたものは、おそらくその日一日のできごとであるのでしょう。しめるときの振る舞いによって、その日がどのようなものであったのかが想像できます。怒りのちからで押し込むようにしめられたのか、涙とともに倒れこむようにしめられたのか。箱の中で、逃れようもなく過ごしてきた一日は、どのようなものであれ、時が来れば空はふさがれ、外からかたく鍵がかけられます。掲句の抽斗は、激することなく、静かにしめられたようです。とくに大きな喜びがあったわけではないけれども、いつものなんでもない、それだけに大切な、小箱のような一日であったのでしょう。『新選俳句歳時記』(1999・潮出版社)所載。(松下育男)

【秋の日】 あきのひ
◇「秋日」 ◇「秋日影」 ◇「秋日向」
秋の一日にも、秋の日差しにもいう。秋の日は暮れやすく、どこかあわただしい感じがある。初秋の頃は夏を引きずったような強い日射しも、次第に和らいで行き、空気も澄んできらきらと輝くようである。立秋から晩秋までひろく示すが「秋の日輪」のみを示すこともある。

例句 作者

水底の草にも秋の日ざしかな 高橋淡路女
白壁のかくも淋しき秋日かな 前田普羅
デモの中の一つの真顔秋日濃し 丸山哲郎
水の面に秋白日の穂高嶽 石原八束
削られし伊吹の地肌秋日濃し 栗田やすし
鶏頭に秋の日のいろきまりけり 久保田万太郎
売れ残るラムネに秋の夕日哉 寺田寅彦
秋の日のかりそめながらみだれけり 去来
谿ふかく秋日のあたる家ひとつ 石橋辰之助
ころがつてゆきし玩具の秋の翳 行方克己

秋日差し鑿あと深き石の蔵    たけし
大仏の胎のなかにて秋日差    たけし
秋日和音たてて跳び足の爪    たけし
秋日差し水面にゆれるフラスコ画 たけし
よそいきの言葉ありけり秋日和  たけし
外人墓地ひとつひとつの秋日影  たけし
  

鮭食う旅へ空の肛門となる夕陽  金子兜太

2018-10-16 | 



鮭食う旅へ空の肛門となる夕陽  金子兜太

大きな景を自身の旅への期待感で纏めた作品だ。加藤楸邨は隠岐への旅の直前に「さえざえと雪後の天の怒濤かな」と詠んだ。楸邨の句はまだ東京にあってこれから行く隠岐への期待感に満ちている。兜太の句も北海道に鮭を食いに行く旅への期待と欲望に満ちている。雪後の天に怒濤を感じるダイナミズムと夕焼け空の色と形に肛門を感じる兜太のそれにはやはり師弟の共通点を感じる。言うまでもなく肛門はシモネタとしての笑いや俳諧の味ではない。食うがあって肛門が出てくる。体全体で旅への憧れを詠った句だ。こういうのをほんとうの挨拶句というのではないか。『蜿蜿』(1968)所収。(今井 聖)

【鮭】 さけ
◇「初鮭」 ◇「秋味」 ◇「鮭の秋」 ◇「鼻曲り鮭」
サケ科。体長約1メートル。9月ころから産卵のため群れをなして故郷の川を遡ってくる。上流で産卵し、孵化した稚魚は海に下って成長する。北日本、特に北海道西海岸に多い。肉は鮮紅色で、東京ではしゃけ、北海道では秋味(あきあじ)と呼ばれる。

例句 作者

一番鮭溯るや早瀬又荒瀬 水原秋櫻子
石狩の怒りのにごり鮭の秋 加藤蛙水子
阿武隈に雲満ちきたり鮭のぼる 加倉井秋を
垂直に鮭が顔出す酒溜 千葉 仁
橋上を婚の荷過ぎる鮭の川 石川文子
月高く産卵の鮭寝静まり 藤田右丞子

尖る歯を剥き出しの鮭下り簗  たけし
月光に尖る鮭の歯下り簗    たけし
泪目の大鮭一尾簗終い     たけし
鮭遡る龍門の滝冬に入る    たけし
   

流星やいのちはいのち生みつづけ 矢島渚男

2018-10-15 | 



流星やいのちはいのち生みつづけ 矢島渚男

季語は「流星(りゅうせい)」で秋。流れ星のこと。流星は宇宙の塵だ。それが何十年何百年、それ以上もの長い間、暗い宇宙を漂ってきて地球の大気圏に入ったときに、燃えて発光する。そして、たちまち燃え尽きてしまう。この最期に発光するという現象をとらまえて、古来から数えきれないほどの詩歌の題材になってきたわけだが、その多くは、最後の光りを感傷することでポエジーを成立させてきた。たとえば俳句では「死がちかし星をくぐりて星流る」(山口誓子)だとか「流れ星悲しと言ひし女かな」(高浜虚子)だとかと……。しかし、この句は逆だ。写生句だとするならば、作者が仰いでいる空には、次から次へと流星が現れていたのかもしれない。最期に光りを放ってあえなく消えてゆく姿よりも、すぐさま出現してくる次の星屑のほうに心が向いている。流星という天体現象は、生きとし生けるもののいわば生死のありようの可視化ともいえ、それを見て生者必滅と感じるか、あるいは生けるものの逞しさと取るのか。どちらでももとより自由ではあるが、あえて後者の立場で作句した矢島渚男の姿勢に、私などは救われる。みずからの遠くない消滅を越えて、類としての人間は「いのち」を生みつづけてゆくであろう。このときに、卑小な私に拘泥することはほとんど無意味なのではないか。そんなふうに、私には感じられた。うっかりすると見逃してしまいそうな句だが、掲句はとても大きいことを言っている。『百済野』(2007)所収。(清水哲男)

【流星】 りゅうせい(リウ・・)
◇「流れ星」 ◇「星飛ぶ」

宇宙に漂う塵が大気中に入って燃焼・発光する現象。夜半に多く現れ、8月中頃の空に最も多い。流星というが、実体は宇宙の塵または砂粒とよぶべきもので、これが群となって夜空に現れ一瞬にして消えると星が飛ぶあるいは流れるように見えるのである。
 
例句 作者

夜遊びの記憶に星の流れけり 神田綾美
流星のつづけさまなる終列車 清水昇子
星流れ土偶の眼より波の音 菅野茂甚
星一つ命燃えつつ流れけり 高浜虚子
流れ星何か掟を破りしや 有吉桜雲
星飛ぶやどこまで行くも早寝村 いのうえかつこ
流星や旅の一夜を海の上 下村ひろし
みごもりて流星さとく拾ひをり 菅原鬨也
星流れ落葉松林すぐ目の前 服部多々穂
流星の尾の長かりし湖の空 富安風生


星流る懺悔のあとの天主堂   たけし
星飛ぶや一軒宿に吾ひとり   たけし
家数に灯りのまばら星流る   たけし


竜胆は若き日のわが挫折の色  田川飛旅子

2018-10-14 | 


strong>竜胆は若き日のわが挫折の色  田川飛旅子

竜胆(りんどう)は、さながら「秋の精」のように美しい。吸い込まれるような花の色だ。しかし、その色を「挫折の色」とする人もいる。花の色が美しいだけに、傷の深かったことが想像されて、いたましい。挫折の中身はもちろん不明だが、失恋などではなくて、むしろ青春期の思想的ないしは政治的な挫折だと私は読んでおく。「挫折」という言葉を俳句で使った人を、他に知らない。ところで、あなたにかつて挫折の時があったとすれば、その「挫折の色」はどんな色でしょうか。(清水哲男)

竜胆】 りんどう(・・ダウ)
◇「笹竜胆」 ◇「深山竜胆」(みやまりんどう) ◇「筆竜胆」
リンドウ科の多年草。茎の梢や葉の腋に、鐘状で先が五裂した青紫色の可憐な花をつける。日中に開花し、夕方や雨の日は閉じる。根は漢方薬で健胃剤となる。

   例句          作者

山の日の片頬にあつき濃竜胆 富安風生
雲に触れ竜胆育つ美幌越     大野林火
竜胆に遠きひかりの流れ雲 小口雅広
竜胆や馬柵に掛け干す牧夫服 浦岡泰広
りんだうのひらかぬ紺を供ふなり 柴田白葉女
竜胆や少女の腰に山刀     西本一都
竜胆やかがめば遠嶺も草の丈 花田春兆
竜胆をみる眼かへすや露の中 飯田蛇笏
竜胆や朝はきらめく白馬岳 水原秋櫻子
野に摘めば野の色なりし濃りんだう 稲畑汀子

暁闇にたしかな吐息濃竜胆    たけし
そぼ降るや竜胆そっと吐息せり  たけし

省略がきいて明るい烏瓜 薮ノ内君代

2018-10-13 | 



省略がきいて明るい烏瓜 薮ノ内君代

烏瓜】 からすうり
◇「玉瓜」 ◇「玉章」
ウリ科の蔓性多年草。楕円形の実で、緑色から黄色となり、晩秋、成熟すると美しい朱紅色となる。葉の落ちつくした後も蔓の先にぶら下がっている。鳥が好んで啄む。

例句 作者

梵妻を恋ふ乞食あり烏瓜 飯田蛇笏
藪先や暮れ行くとしの烏瓜 一茶
烏瓜映る水あり藪の中 松本たかし
顔冷えて来たる頭上の烏瓜 岸田稚魚
いちにちの終りに会ひし烏瓜 桂 信子
たぐり寄す烏瓜依然空遠し 稲垣法城子
負けん気をひそめて引きぬ烏瓜 宮川一美


烏瓜うらなふやうに蔓を引く  たけし
蔓みれば引くがきまりや烏瓜  たけし


省略がきいて明るい烏瓜 薮ノ内君代

まことに省略のきいたものは明るい輝きを持っている。俳句もしかり、さっぱりと片付けた座敷も。ところで秋になると見かける烏瓜だけど、あれはいったいどんな植物のなれの果てなのだろう。気になって調べてみると実とは似ても似つかない花の写真が出てきた。白い花弁の周りにふわふわのレースのような網がかかった美しい花。夏の薄暮に咲いて昼には散ってしまうという。「烏瓜の花は“花の骸骨”とでも云った感じのするものである。遠くから見る吉野紙のようでもありまた一抹の煙のようでもある。」と寺田寅彦が『烏瓜の花と蛾』で書いている。烏瓜というと、秋になって細い蔓のあちらこちらに明るい橙色を灯しているちょうちん型の実しかしらなかったので、そんな美しい経歴があろうとは思いもよらなかった。実があるということはそこの場所に花も咲いていたろうに、語らず、誇らず枯れ色の景色の中につるんと明るい実になってぶら下がっている。省略がきいているのはその形だけではなかったのね。と烏瓜に話しかけたい気分になった。『風のなぎさ』(2007)所収。(三宅やよい)

桜紅葉これが最後のパスポート  山口紹子

2018-10-12 | 



桜紅葉これが最後のパスポート     山口紹子

つい最近、緊急に必要なことができて、急遽パスポートの申請に行ってきた。本籍地のある中野の区役所で戸籍抄本をとり、立川の旅券申請受付窓口で手続きが終わるまで、その間に写真撮影やなんやらかんやらで、ほぼ一日仕事になってしまった。この流れのなかで、一瞬迷ったのが旅券の有効期限の違いで色の違う申請用紙を選んだときだ。赤が十年で、青が五年である。このときにすっと頭に浮かんだのは、揚句秋(仲秋)・植物
【桜紅葉】 さくらもみじ(・・ヂ)
桜は他の木に先だって紅葉し、散り急ぐ。9月の末には素手に赤みがさし、早い葉は落ちてしまう。
例句 作者
霧に影なげてもみづる桜かな 臼田亜浪
桜紅葉しばらく照りて海暮れぬ 角川源義
うつくしく傷みてさくら紅葉かな 山口 速
桜紅葉蹤きゆくことの寧からず 永方裕子
桜紅葉なるべし峰に社見ゆ 河東碧梧桐

の作者と同じく「これが最後のパスポート」という思いであった。最後なんだから赤にしようかとも思ったけれど、十年後の年齢を考えると現実的ではなさそうだと思い直して、結局は青にした。そんなことがあった直後に読んだ句なので、とても印象深い。作者の年齢は知らないが、ほぼ同年代くらいだろうか。作者が取得したのは「桜紅葉」の季節だったわけだが、この偶然による取り合わせで、句が鮮やかに生きることになった。桜紅葉の季節は早い。他の木々の紅葉にさきがけて、東京辺りでも九月の下旬には色づきはじめる。山桜なら、もっと早い。すなわち作者は、「最後」と思い決めた人生に対する季節感が、いささか他の人よりも早すぎるかもしれないという気持ちがどこかにあることを言っている。だから、この感情を苦笑のうちに収めたいとも思ったろうが、一方で苦笑からはどうしてもはみ出てしまう感情がないとは言えないことも確かなのだ。この句を読んだ途端に、私は未練がましくも赤にしておくべきだったかなと思い、いややはり青でよかったのだと、あらためて自己説得することになったのだった。『LaLaLa』(2006)所収。(清水哲男)

づかづかと来て踊子にさゝやける 高野素十

2018-10-10 | 



づかづかと来て踊子にさゝやける 高野素十

【踊】 おどり(ヲドリ)
◇「盆踊」 ◇「阿波踊」 ◇「踊子」 ◇「踊唄」 ◇「踊太鼓」 ◇「踊笠」 ◇「踊櫓」
盆踊のこと。盆とその前後に寺の境内や広場などに老若男女が集まって踊る。本来盆に招かれた精霊を慰める踊であったものが、娯楽になっている。

例句 作者

どうでもいいやうに踊りて手練なる 西村和子
ひとところ暗きを過ぐる踊の輪 橋本多佳子
満潮に踊の足をあらひけり 森 鴎外
踊の灯幾つも見つつ北へ汽車 岡田飛鳥子
あと戻り多き踊にして進む 中原道夫
人の世のかなしきうたを踊るなり 長谷川素逝
ヤッチクサッサ拳をかたく踊りけり 今井飛佐
羽田より踊る阿呆になりにゆく 島崎省三
いくたびも月にのけぞる踊かな 加藤三七子
足をかう手をかう首をかう踊れ 角田竹冷

踊りの輪考の背ひょいと現るる  たけし

づかづかと来て踊子にさゝやける 高野素十

俳句で「踊子」といえば、盆踊りの踊り手のこと。今夜あたりは、全国各地で踊りの輪が見られるだろう。句の二人は、よほど「よい仲」なのか。輪のなかで踊っている女に、いきなり「づかづか」と近づいてきた男が、何やらそっと耳打ちをしている。一言か、二言。女は軽くうなずき、また先と変わらぬ様子で輪のなかに溶けていく。気になる光景だが、しょせんは他人事だ……。夜の盆踊りのスナップとして、目のつけどころが面白い。盆踊りの空間に瀰漫している淫靡な解放感を、二人に代表させたというわけである。田舎の盆踊りでは句に類したこともままあるが、色気は抜きにしても、重要な社交の場となる。踊りの輪のなかに懐しい顔を見つけては、「元気そうでなにより」と目で挨拶を送ったり、「後でな……」と左手を口元に持っていき、うなずきあったりもする。こういう句を読むと、ひとりでに帰心が湧いてきてしまう。もう何年、田舎に帰っていないだろうか。これから先の長くはあるまい生涯のうちに、果たして帰れる夏はあるのだろうか。『初鴉』(1947)所収。(清水哲男)

校歌まだ歌えるふしぎ秋夕焼  渡邊禎子

2018-10-08 | 



校歌まだ歌えるふしぎ秋夕焼  渡邊禎子


【秋夕焼】 あきゆうやけ(・・ユフ・・)
◇「秋夕焼」 ◇「秋の夕焼」 ◇「秋の夕映」
秋の夕焼けには夏ほどの激しさもなく、時間的にも短い。短さを惜しむ心情が表れた語である。単に夕焼けといえば夏の季語。

 例句             作者

秋夕焼商家に嫁ぎ言拙な    岩崎富美子
秋夕焼わが溜息に褪せゆけり 相馬遷子
秋夕映の海より来たり鮃の死 森 澄雄
秋夕焼不二の黒さを残しけり 三木十柿
鷺たかし秋夕焼に透きとほり 軽部烏頭子


秋夕焼切絵のように鳥の列    たけし

一人にはもったいなくて秋夕焼  たけし


校歌まだ歌えるふしぎ秋夕焼  渡邊禎子

これからの季節。大気が澄んでくるので、夕焼けもいっそう美しくなってくる。眺める気持ちも爽やかなので、作者は思わず歌をくちずさんでいたのだろう。いわゆる鼻歌に近い歌い方だ。しかし、気がつけばそれは何故か校歌だった。作者の年齢はわからないけれど、若い人ではないはずだ。もうずいぶん昔に習い覚えた校歌が、どうして自然に口をついて出てきたのだろうか。大人になってからは、ほとんど忘れていた歌である。「本当にふしぎだなあ」と、作者は首をかしげている。それだけの句だが、作者の気持ちの澄んだ爽やかさがよく伝わってくる。誰にでも起きることなのだろうが、気分の良いときに不意に出てくるメロディーや歌詞は、たしかに思いがけないものであることが多いようだ。このあたりの精神作用は、どこか心の深いところで必然性につながっているとも思うのだけれど、よくわからない。そう言えば、若い頃に「鼻歌論」をどこかに書いた記憶がある。何をどう書いたのか。この句を読んだときに思い出そうとしたが、手がかりがなくて思い出せなかったのは残念だ。『新版・俳句歳時記』(雄山閣出版・2001)所載。(清水哲男)

鬼灯のひとつは銀河の端で鳴る 高岡 修

2018-10-07 | 


鬼灯のひとつは銀河の端で鳴る 高岡 修


【鬼灯】 ほおずき(ホホヅキ)
◇「酸漿」(ほおずき) ◇「鬼燈」(ほおずき)
ナス科の多年草。花後に萼が大きくなって球形の果実を包み秋とともに赤らんでくる。
子供は球形の実から種子を抜いて口に入れて鳴らす。

例句 作者
鬼灯をつまぐり父母に拠るながし 野澤節子
ほほづきのぽつんと赤くなりにけり 今井杏太郎
雨の中より鬼灯を売りにくる 栗島 弘
鬼灯の茎まで染りきたりけり 松藤夏山
鬼灯をふくみをさなき口ごたへ 渡辺龍落子
高熱の唇にほほづき鳴らすかな 上野さち子


仏壇の鬼灯は赤今朝の作務   たけし


鬼灯のひとつは銀河の端で鳴る 高岡 修

今年の浅草のほおずき市では千成ほおずきが目立った。あれは子どもの頃によく食べたっけ。浅草で2500円で買い求めた一鉢の鬼灯が、赤い袋・緑の袋をつけて楽しませてくれたが、もう終わりである。子どもの頃、男の子も入念に袋からタネを取り出してから、ギューギュー鳴らしたものだったけれど、惜しいところでやたらに袋が破れた。鳴らすことよりも、あわてず入念になかのタネをうまく取り出すことのほうに一所懸命だったし、その作業こそスリリングだった。今も見よう見まね、自分でタネを取り出して鬼灯を鳴らす子がいることはいるのだろう。掲出句を収めた句集には、死を直接詠ったものや死のイメージの濃厚な句が多い。「父焼けば死は愛恋の火にほてる」「死螢が群れ天辺を明かくする」など。女性か子どもであろうか、心ならずも身まかってのち、この世で鳴らしたかった鬼灯を、銀河の端にとどまり銀河にすがるように少々寂しげに鳴らしている――そんなふうに読みとってみると、あたりはシンとして鮮やかに目に映る銀河の端っこで、鬼灯がかすかに鳴っているのが聞こえてくるようだ。その音が銀河をいっそう鮮やかに見せ、鬼灯の鳴る音を確かなものにし、あたりはいっそうシンと静まりかえったように感じられてくる。ここでは「ひとつ」だけが鳴っているのであり、他のいくつかは天辺の果てで鳴っているのかもしれないし、地上のどこかで鳴っているのかもしれない。儚い秋の一夜である。高岡修は詩人でもある。第二句集『蝶の髪』(2006)所収。(八木忠栄)

叩かれて昼の蚊を吐く木魚哉 夏目漱石

2018-10-06 | 



叩かれて昼の蚊を吐く木魚哉 夏目漱石


【蚊】 か
◇「藪蚊」 ◇「縞蚊」 ◇「赤家蚊」(あかいえか) ◇「蚊柱」(かばしら) ◇「昼の蚊」 ◇「蚊の声」
カ科の昆虫の総称。雌はプーンと鳴いて刺し、蝿同様嫌われている。藪蚊、縞蚊、シママダラカ、マラリアを媒介するハマダラカなどがいる。交尾のために一団になって飛んで、柱のようにみえるのを「蚊柱」という。
例句 作者
蚊柱や力抜けたるひとところ 朝倉和江
妻が手を拱いてをる蚊との距離 島田牙城
蚊が鳴いて夜明けの片々たる悲しみ 田沼文雄
蚊を打つて偽念仏を唱へけり 沢木欣一
越後路の蚊と侮りて喰はれけり 篠田悌二郎
白髪殖ゆうすうすと蚊の水に死し 秋元不二男


目高飼ふもう孑孑は蚊になれず たけし
来し方の概ねたいら蚊遣香   たけし


叩かれて昼の蚊を吐く木魚哉 夏目漱石

法要。僧侶が木魚をポンポンと叩いたら、中で昼寝を決め込んでいた蚊が、飛んで出てきた。それがまた、あたかも木魚が自分で吐いたかのように出てきたというのだから、少なくとも数匹はいたのだろう。「いやあ、驚いたのなんの」と、飛んで出た蚊が言ったかどうかは知らないが、落語好きな漱石ならではの軽妙な句だ。実はこの句ができる四年前に、もう一句「木魚」を詠んだ句「こうろげの飛ぶや木魚の声の下」がある。「こうろげ」は虫の蟋蟀(こおろぎ)。先の蚊の句は、おそらくこの句が下敷きになっていると思われるが、「こうろげ」句よりは洒脱でずっと良い。ところで「こうろげ」句は、二十五歳で早逝した兄の妻・登世の通夜での思いを詠んでいる。登世は漱石が唯一「美人」と言い切った女性であり、死なれた悲しみは深かったようだ。つまり、洒脱に俳句を作る心境になどなくて、こういう句になったということだが、そんな事情を知ると、かなり読む意識が変わってくる。予備知識なしに読んだときとは、句の味も違ってくる。でも、これが俳句というものだろう。予備知識の有無による観賞の差異の問題は、長く俳句の読者を悩ませつづけてきた。『漱石俳句集』(岩波文庫)所収。(清水哲男)

猪突して返り討たれし句会かな 多田道太郎

2018-10-05 | 


猪突して返り討たれし句会かな 多田道太郎


猪】 いのしし(ヰノ・・)
◇「猪」(しし) ◇「瓜坊」(うりぼう) ◇「猪道」(ししみち)
昼間は土を掘った穴にかたまって眠り、夜になると猪道(ししみち)通って出歩き、小動物や木の実・山芋、稲・豆類など田畑の作物を食い荒らす。怒ると毛を逆立てて突進する。子の背中には爪のような縦縞があるため瓜坊(うりぼう)とも呼ばれる。「山鯨(やまくじら)」とも呼ぶ。
例句 作者
鉱泉といふも山小屋猪を吊る 新村寒花
猪の寐に行かたや明の月 去来
猪の荒肝を抜く風の音 宇多喜代子
淋しくて猪垣に猪突き当る 大島雄作
猪罠や大台ヶ原雲の上に 神保素海
猪よぎり晩稲田いたく潰えたり 農口鶴仙渓

泥まみれなる猪の虫退治 たけし

猪の泥浴の痕冨士枯野  たけし

猪の鼻は万能蚯蚓掘る  たけし


猪突して返り討たれし句会かな     多田道太郎

道太郎先生が亡くなられて二年余。宇治から東京まで、熱心に参加された余白句会とのかかわりに少々こだわってみたい。「人間ファックス」という奇妙な俳号をもった俳句が、小沢信男さん経由で一九九四年十一月の余白句会に投じられた。そのうちの一句「くしゃみしてではさようなら猫じゃらし」に私は〈人〉を献じた。中上哲夫は〈天〉を。これが道太郎先生の初投句だった。その二回あと、関口芭蕉庵での余白句会にさっそうと登場されたのが、翌年二月十一日(今からちょうど十五年前)のことだった。なんとコム・デ・ギャルソンの洋服に、ロシアの帽子というしゃれた出で立ち。これが句会初参加であったし、宇治からの「討ち入り」であった。このときから俳号は「道草」と改められた。そのときの「待ちましょう蛇穴を出て橋たもと」には、辛うじて清水昶が〈人〉を投じただけだった。「待ちましょう」は井川博年の同題詩集への挨拶だったわけだが、博年本人も無視してしまった。他の三句も哀れ、御一同に無視されてしまったのだった。掲出句はその句会のことを詠んだもので、「返り討ち」の口惜しさも何のその、ユーモラスな自嘲のお手並みはさすがである。「句会かな」とさらりとしめくくって、余裕さえ感じられる。句集には「余白句会」の章に「一九九五年二月十一日」の日付入りで、当日投じた三句と一緒に収められている。道草先生の名誉のために申し添えておくと、その後の句会で「袂より椿とりだす闇屋かな」という怪しげな句で、ぶっちぎりの〈天〉を獲得している。『多田道太郎句集』(2002)所収。(八木忠栄)

木の実落ち幽かに沼の笑ひけり  大串 章

2018-10-04 | 


木の実落ち幽かに沼の笑ひけり  大串 章

【木の実】 このみ
◇「木の実」(きのみ) ◇「木の実落つ」 ◇「木の実降る」 ◇「木の実雨」 ◇「木の実拾ふ」 ◇「木の実独楽」
果樹を除く、秋に熟する木の実の総称。主に団栗、樫、椎、銀杏のような堅い実を言う。これらの実は熟して自然に地上に落ちる。
例句 作者
神宮の沓に木の実のはずみけり 唯野嘉代子
木の実独楽この子も人に頼らざれ 林 翔
リーダーの靴の大きさ木の実踏む 宮内とし子
袂より木の実かなしきときも出づ 中村汀女
弛みつつ木の実に戻る木の実独楽 内山和江
磔像や虚空に朴の実が焦げて 堀口星眠
ひゆうひゆうと父の息して木の実降る 國分水府郎
木の実降る道ゆつくりと晩年へ 小川匠太郎
吹き降りの淵ながれ出る木の実かな 飯田蛇笏
かくれん坊隠れて淋し木の実落つ 嶋田摩耶子



木の実降る縄文人の血のさわぎ   たけし
ひと癖に賛否のありて木の実独楽  たけし
負け癖を術とならしむ木の実独楽  たけし
木の実独楽父祖の悪癖あらそえず  たけし


木の実落ち幽かに沼の笑ひけり  大串 章

地味だが、良質なメルヘンの一場面を思わせる。静寂な山中で木の実がひとつ沼に落下した。音にもならない幽かな音と極小の水輪。その様子が、日頃は気難しい沼がちらりと笑ったように見えたというのである。作者はここで完全に光景に溶け込んでいるのであり、沼の笑いはすなわち作者のかすかなる微笑でもある。大きな自然界の小さな出来事を、大きく人間に引き寄せてみせた佳句と言えよう。大串章流リリシズムのひとつの頂点を示す。大野林火門。『百鳥』(1991)所収。(清水哲男)

天つつぬけに木犀と豚にほふ 飯田龍太

2018-10-03 | 


天つつぬけに木犀と豚にほふ 飯田龍太


【木犀】 もくせい
◇「木犀の花」 ◇「金木犀」 ◇「銀木犀」 ◇「薄黄木犀」 ◇「桂の花」
モクセイ科の常緑小高木。晩秋に甘い香りを放ち、白い小さな花を多数ひらく。銀木犀とも言う。黄赤色の花をひらくのは金木犀。木質は緻密で家具、そろばんの珠などに使われる。
例句 作者
月の出は金木犀の色にかな 永井東門居
妻あらずとおもふ木犀にほひけり 森 澄雄
木犀や二夜泊りに雨一夜 水原秋櫻子
木犀の香の浅からぬ小雨かな 日野草城
木犀に薪積みけり二尊院 河東碧梧桐
木犀の匂ふ見知らぬ町歩き 新田久子
学校の木犀昼飯抜きしのび 平畑静塔
木犀のしきりにこぼす夜の花 中川宋淵
木犀の香にあけたての障子かな 高浜虚子
夜霧とも木犀の香の行方とも 中村汀女

金木犀花香のこぼれ風だのみ  たけし

金木犀素顔同士のご近所さん  たけし



天つつぬけに木犀と豚にほふ 飯田龍太

豚が臭いのは豚のせいではなく、糞尿を処理してやらない人間のせいだと気づいたのは、僕が家畜試験場で暮していたから。豚はきれい好きな動物である。生まれたばかりの子豚の可愛さや放牧されている豚の賢さや個性は犬や猫と同じだ。小学生の僕が木切れをもって近づくと豚は一斉に柵の側に駆け寄って僕に背を向ける。木切れで背中を掻いてもらうためだ。「天つつぬけに」匂う対象として木犀と豚を同列に置いたのは、作者が豚の匂いを肯定的に捉えているからだと僕は思う。以前、或る雑誌の企画で、「世界中の子豚に捧げる」という文章を書いたとき、載せる写真を問われて、「僕が子豚を抱いているところを」と注文した。それは面白いかもということになり、雑誌社の方で子豚のいるところを探してもらうと、横浜市青葉区にある「こどもの国」という遊園地の中の動物園に子豚がいることが判明。僕は生まれたばかりの子豚を抱いてにこやかに撮られる自分を想像した。当日動物園に行くと、豚はいるにはいたが一抱えほどもあって、とても子豚とは言えない大きさ。どうしますと心配そうに聞くカメラマンに僕は「やるよ」と応えた。五、六頭が飼われている柵の中に僕は入り、逃げ回る奴等を追い回してようやく一頭を羽交い絞めにしたが、形相が怖かったらしく、しきりにカメラマンが「笑ってください」という。バックドロップのように抱き上げた豚の後足に蹴られながら無理に笑った泣き笑いの顔がその時の雑誌に載っている。このとき豚は確かに臭わなかったが、それは僕が必死だったせいかもしれない。『百戸の谿』(1954)所収。(今井 聖

耳しいとなられ佳き顔生身魂   鈴木寿美子

2018-10-02 | 



耳しいとなられ佳き顔生身魂   鈴木寿美子




【生身魂】 いきみたま
◇「蓮の飯」(はすのめし) ◇「生御魂」(いきみたま) ◇「生盆」(いきぼん)
両親の揃った者の盆、すなわち生きているみたまに供養する作法。蓮の葉に飯を包み、生魚を添えて贈ったりする。盆は故人の霊を供養するばかりでなく、生きている目上の者に対しても礼を尽くす日であった。また、生身魂を喜びこれからも長命であるよう、蓮の葉に飯を包み、刺鯖や生魚などとともに贈ることは「蓮の飯」という。
例句 作者
生身魂われを指さしひやあと言ふ 辻 男行
笑みて座すことも千金生身魂 堀内咲子
蓮の葉に盛れば淋しきご飯かな 一茶
生身魂こころしづかに端居かな 阿波野青畝
方言にもつたいをつけ生身魂 木場田秀俊
雨降れば雨を拝みて生御魂 如月真菜
月晴てさし鯖しふき今宵哉 凡兆
生身魂生くる大儀を洩らさるる 大橋敦子
蓮飯やあまりさびしき供へもの 大場白水郎

生身魂せつなきときは早く寝る  たけし
生身魂思うほどには草臥れず  たけし
生身魂他言無用の蝮酒  たけし
シャンパンを月に翳して生身魂  たけし



耳しいとなられ佳き顔生身魂   鈴木寿美子

季語は「生身魂(いきみたま)」で秋。平井照敏の季語解説から引いておく。「盆は故人の霊を供養するだけでなく、生きている年長の者に礼をつくす日でもあった。新盆のないお盆を生盆(いきぼん)、しょうぼんと言ってめでたいものとする。そして、目上の父母や主人、親方などに物を献じたり、ごちそうをしたりし、その人々、およびその儀式を生身魂と言った。食べさせるものは刺鯖が多く、蓮の葉にもち米を包んだものを添えたりする」。つまり現在の「敬老の日」みたいなものだが、敬老の日よりも必然性があると言えるだろう。彼岸に近い存在である高齢者を直視し、故に敬老の日のような社会的偽善性は避けられ、長寿への賛嘆と敬意の念が素直に表現されているからだ。この句もそうした素直な心の発露であり、それをまた微笑して受け入れる土壌が作者の周辺にはあるということである。子規の句にもある。「生身魂七十にして達者也」。いまでこそ七十歳くらいで達者な方はたくさんおられるけれど、子規の時代には相当なお年寄りと受け取られていたにちがいない。私が子どものころだって、七十歳と言えば高齢中の高齢だった。一つの集落に、お一人おられたかどうか。小学生のときに「おれたちは21世紀まで生きられるかなあ」「六十過ぎまでか、まあ無理じゃろねえ」と友だちと言い交わしたことを思い出す。もちろん、村の高齢者の年齢から推しての会話であった。今日は、旧盆の迎え火。『新版・俳句歳時記』(雄山閣出版・2001)所載。(清水哲男)

観覧車より東京の竹の春 黛まどか

2018-10-01 | 


観覧車より東京の竹の春 黛まどか

竹は秋になると青々と枝葉を茂らせる。この状態が「竹の春」。作者によれば、この観覧車は向丘遊園のそれだそうだが、そこからこのように竹林が見えるとなると、一度行ってみたい気になった。最近の東京では、郊外でもなかなか竹林にはお目にかかれない。竹は心地よい。元来が草の仲間だから、木には感じられない清潔な雰囲気がある。木には欲があるが、竹にはない。観覧車から見える竹林には、おそらく草原ないしは草叢に似た趣きがあるだろう。作者の責任ではないにしても、せっかくの「東京の竹の春」なのだから、こんなに簡単に突き放すのではなくて、もう少しどのように見えたかを伝えてほしかった。「竹の春」という季語に、よりかかり過ぎているのが残念だ。惜しい句だ。ところで、世界でいちばん有名な観覧車といえば、映画『第三の男』に出てきたウィーンの遊園地の大観覧車だろう。今でもあるそうだが、実際に見たことはない。男同士で観覧車に乗るという発想の奇抜さもさることながら、あの観覧車自体が持っている哀しげな表情を気に入っている。映画のストーリーとは無関係に、ウィーンの観覧車は、どんな遊園地にもつきまとう「宴の哀しみ」を象徴しているように思える。あれに乗ると、何が見えるのだろうか。誰か、俳句に詠んでいないだろうか。『恋する俳句』(1998)所収。(清水哲男)

【竹の春】 たけのはる
◇「竹春」(ちくしゅん)
竹は春から夏が繁殖の季節で、地下の根茎から若芽(筍)が出るため親竹は衰え黄葉、落葉する。秋には若竹も生長し、親竹も元気を回復
して青々と枝葉を茂らせる。

例句 作者

竹の春水きらめきて流れけり 成瀬櫻桃子
姫夜叉と名付けし竹も春の頃 大島民郎
くちびるに朝日ひややか竹の春 きくちつねこ
門川は雨に濁りて竹の春 尾崎紅葉
京と言へば嵯峨とおもほゆ竹の春 角田竹冷
風添ふて日影みだるる竹の春 今村霞外
一むらの竹の春ある山家かな 高浜虚子


竹の春近道を行く朝参り たけし
首塚という石ひとつ竹の春 たけし
宿坊の朝の説法竹の春 たけし