硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

久しぶりにエヴァンゲリオンというアニメを観たら・・・。

2014-09-07 20:16:05 | 日記
つい先日、テレビで放映されていたエヴァンゲリオンを頑張って観て見た。

新しいシリーズは全く分からないのだけれど、今年の運だめしパチンコで勝たせてもらった台でもあったので少しばかり気になっていた。

さて、いざ観て見ると映像に迫力があり、画面に引きつけられるのだけれど、物語は全く分からない(笑)時代が進んじゃったなぁと思っていたけれど、新たな着目点に気づいた。

エヴァンゲリオンというアニメ、よく観ていると、物語の型の大枠は「ゴジラ」や「ウルトラマン」という特撮もので、中枠に冨野由悠季さんの「イデオン」があって、骨格が手塚先生や石ノ森先生。そして彩りが宮崎駿さんではないかと感じました。

そう捉えると、この作品は間違いなく、庵野秀明さんのアニメ作品の集大成だと考えられます。

また、時代が一回りし、インフラが整備されたおかげで市場は広がったけれども、宮崎駿さんがおっしゃったように「長編アニメが時代を牽引する力」はもうないのかなと思ったのです。

それから、これだけはどうしても納得がいかないシーンがあったので(笑)僕なりの意見を述べておきますね。

主人公の碇君は内向的で優柔不断で心が傷ついていたけれど、渚カヲル君だけには心を開き信頼してエヴァに乗ったのに、彼の言葉を無視し、槍を取りに行った事がどうしても納得ができません。

人間不信で自身の事も信用できず心が傷ついていて、すべてにおいて臆病になっている自身で選択できない少年であったら、信頼していた親友が止めた方がいいと判断したら「戸惑い」は生じるが、判断は親友にゆだねるはずであって、あの状況での感情の暴走は不自然であるようにおもいます。

碇君が暴走しなければ、シナリオは少年たちの希望が反映され自体は終息に向かったはずなのにと思いました。


それと、もう一つだけ。個人的な深読みなのですが、鑑賞者がこの物語で理解しておかなければならないのは、物語の謎ではなくて、碇君達もヴィレやゼーレの大人たちの地続きで、立ち位置が違うだけで、善悪を語っているという事なのではないだろうかと思ったのです。

やっぱり、深読みしすぎだろうなぁ(笑)