硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

剣も銃も使われずに・・・。

2014-09-20 08:30:48 | 日記
スコットランドの独立の賛否を巡る問題が一段落したましたね。

ずっと気になっていて、加熱した想いが行為に繋がらないだろうかと心配していましたが、とりあえず平和的にひと段落して本当によかったです。

なぜ、心配になったのかと言うと、スコットランドの歴史にもいくつもの抗争があったからです。

紀元一世紀にはローマ人が、三世紀位にはスコット人、ピクト人に圧倒されます。それでも5世紀になるとローマの衰退により、ローマ人の引き上げが始まり、事なきを得ました。その名残は東西両海岸を結ぶカレドニア運河にみられます。カレドニアという名称はローマ人が呼称していたからだと言われています。

1066年にはノルマン人による征服に抗いつつも、ノルマンの封建性を取り入れ十二世紀には国家体制を整えました。
それでも、イングランドとの抗争は続き、スコットランドの英雄、ウイリアム・ウォレスはエドワード一世によって殺害されます。

それでも、1314年にはロバート・ブルース王がエドワード二世を破り勝利します。

この歴史を旧スコットランド国家で、

「ウォレスと共に血潮を流したものよ、ブルースが率いたスコットランド人よ、汝らの血まみれの床を迎えよ。さもなくば勝利を迎えよ。今こそその日その時ぞ・・・」

と歌っています。ずいぶん古い話ですが、受け継がれてきた文化はそうたやすく消えるものではないので、どこかにこう言った感覚が残っているのではと思ったのです。

また、スコットランドの人々は忠誠心が強く、粘り強いといわれており、ワーテルローの戦いではナポレオンを打ち破ったウェリトン将軍は「スコットランドのキルトをはいた兵士がいなければ私は負けていたかもしれない」と言葉を残しているほど、戦いとなれば粘り強く戦う気質があるのではとも思ったのです。

イングランドとの確執はまだあり、庶民から愛されていた、クイーン・メリー・スコッツは、イングランドのエリザベスに処刑されています。

しかし歴史とは意外なもので、その子供であるジェームズ6世が即位後、エリザベスが没します。それによってチューダー家が途絶えた為、ジェームズ六世が、ジェームズ一世となりイングランドと、両国の王位を兼ねる事になり、両国の連合が成功したのでした。

その後は重工業や教育等が充実してゆき発展を遂げますが、経済政策で再びイングランドとの確執が生じました。

しかし、時代は変わり、お金の流れが一国ではなく世界を動かしていているので、大変難しくなりました。その事で民主は失われてしまったのかなと思ったりもしたのですが、選挙により無血で自体が終息して、民主もそこにあることが分かり本当に良かったと思ったのです。