すると、フロントタイヤがグンっと持ち上がった。それでも、スロットルは全開のままで、暴れるバイクを抑え込み、ギヤをチェンジし、フル加速で、キャンパスを駆け抜けた。後部座席に乗る彼女は予想しえない動きに驚いて「きゃっ! 」と、言って、両腕を僕の身体に回した。その時、背中に柔らかな胸のふくらみと鼓動とぬくもりが伝わってきた。
それは夢のようだったけど、二人乗りのライディングは思ったより難しいし、タンデム走行を楽しもうという余裕もなかった。
「彼女を護らねば! 」
と、自分に言い聞かせ、いち早く都心から離れるなら高速に乗るしかないと思った僕は、渋滞気味で流れの悪い山下通りを南下し、都市高速環状線に上がった。
しばらく行くと、港区方面の空に、SF映画やアニメでしか見られないような、この世のものとは思えないフォルムをした怪物が光の翼を広げて浮かんでいるのが見えた。周りの車のドライバーもその光景に驚いていた。
僕は走行ラインを側道へ移し、車の横を突っ切って中央高速へと進路をとると、彼女が大きな声で「どこへ行くの!!」と、言った。
「わからない! とにかく、東京を離れる! 」
僕は、そう叫ぶと、彼女は、
「うん!君にまかせる!!」
と言って、僕を信じてくれた。
初めての中央高速を全開で下ってゆく。ただひたすら都心から離れる事だけを考えていた。スピードメーターがずっと振り切れている。どのあたりを走っているのかはまったくわからないけれど、前方に高い山が見えるから、都心からはかなり離れることは出来ただろうと、安心した僕は、
「怪物は今どうなってる!?」
と、彼女に聞いた次の瞬間、耳をつんざくような音と共に、周りの景色が真っ白になった。
「なに!! なに!!」
後ろで彼女が叫ぶ。ミラーを見ると遠くの街が真っ赤に燃えあがっていた。僕らの走ってきた道も黒い煙に覆われて寸断されていた。
訳が分からない。不安が心を支配してゆく。ハンドルを持つ手も震えている。体と心の変化を感じていると、僕らを爆風が襲ってきた。
「きゃぁあああああ!」
波動が伝わり、大型地震のように激しく足元が揺らぐ。景色が歪んでみえる。直進する事もままならないバイクを必死にコントロールし、なんとか路肩に停止させると、僕らの頭上を戦闘機の編隊がすっ飛んでいった。終わりの始まりを始めた「使者」を止める為なんだろうけれど・・・・・・。
背中で彼女が泣いている。クールで預言者と呼ばれていても普通の女の子だ。彼女が抱いていた不安や辛い気持ちはどれほどだったろうか。僕は振り返り、彼女が大丈夫か確かめた。
「・・・大丈夫だった? 怪我ない? 」
「・・・うん。大丈夫だよ。」
「・・・じゃあ、行くね。」
「・・・うん。」
それ以上、掛ける言葉が見つからない。僕は再びバイクを走らせ始めると、彼女は僕にぴったりと抱きつき、ヘルメット越しに、
「・・・私も君の事が好きだったんだよ。入学式の時、大勢の人の中で、あなたを見つけた時からずっと。」
と、言った。
難攻不落であった理由が僕だったことに驚いたけれど、こんな状況では返す言葉が見つからなかった。
黒煙が立ち昇り、炎と化した東京が次第に遠ざかって行く・・・。みんな無事だろうか。
神の計画の前に無力な僕達はいったい何者であったのだろうか。何者かもわからない僕達は何処へ向かえばよいのだろうか。滅びが定められたものであるなら、人類が長い年月を掛けて築き上げてきた世界は幻想でしかなく、滅び去った世界こそが真に調和した秩序ある美しい世界といえるのかもしれない。しかし、神の創造物である僕達の魂から湧きおこった、生きようという気持ちも神の御業ならば、その御業にこの身をゆだね、彼女と共に滅びの日まで懸命に生きてやろうと思った。
完