グーグルで「好きな建築家」と検索してみる。
何年も不動の一位にあるのが、白井晟一。
松涛美術館や芹沢圭介美術館などを、設計した建築家。
天真庵のピアノの横にかかってある「生」という書も
、白井さんの書。建築を中心に、書、装丁などでも、いいものを
残した。ぼくの師匠、達磨の高橋さんの「達磨」の字も、同じく
白井晟一さんの書である。そして、白井さんを父にもち、師匠とした
白井磨(いくま)さんが、ぼくのこころの師であり、広島の達磨の
建築をしたひとだ。
7月5日(月)から30日(金)まで、東京造形大学付属横山記念マンズー美術館で
「SIRAI、いま」(白井晟一の造形)という展覧会がある。
それにさきがけ、本日渋谷でシンポジウム「白井晟一が生きた時代」
がある。
美しいものを残したひとは、死んだ後にも、生きている。
白井晟一さんが死ぬまで愛用していた柱時計も、まだまだ天真庵の
入り口で、元気に時を刻んでいる。
何年も不動の一位にあるのが、白井晟一。
松涛美術館や芹沢圭介美術館などを、設計した建築家。
天真庵のピアノの横にかかってある「生」という書も
、白井さんの書。建築を中心に、書、装丁などでも、いいものを
残した。ぼくの師匠、達磨の高橋さんの「達磨」の字も、同じく
白井晟一さんの書である。そして、白井さんを父にもち、師匠とした
白井磨(いくま)さんが、ぼくのこころの師であり、広島の達磨の
建築をしたひとだ。
7月5日(月)から30日(金)まで、東京造形大学付属横山記念マンズー美術館で
「SIRAI、いま」(白井晟一の造形)という展覧会がある。
それにさきがけ、本日渋谷でシンポジウム「白井晟一が生きた時代」
がある。
美しいものを残したひとは、死んだ後にも、生きている。
白井晟一さんが死ぬまで愛用していた柱時計も、まだまだ天真庵の
入り口で、元気に時を刻んでいる。