九州への帰りに「ひるぜん」に行ってきた。岡山に「ひるぜん」という高原がある。昼膳ではない。
蒜山、と書く。天真庵で蕎麦打ち道場を始めて、二番目か三番目のおでしさまがそこの
出身で、その地でとれた野菜やおもちなどを土産にもらっていた。なんか、どでも素朴
でなんということはないけど、「普通にすごい」というようなものが多い。
どうしてもこの地に行ってみたいと、勇んで行ってみたけど、見る風景や立ち寄る場所どこを
見ても、「はじめてでない」ような気がした。旅をしていて、そんな気がする場所はあるけど、
あまりに自然に自分の故郷のような気がする。???
なんていうことはない、もうすでに二三度旅の途中に立ち寄った場所だった。「蒜山」
という地名を、そう呼ばず、右脳に記号として記憶していたようだ。
311以降にこの地に都会から移り住む若者も多いらしい。「他郷憂しというなかれ・・・」
と我が母校の寮歌にあるけど、故郷でない土地にふるさとを感じて生きることは、ある意味
幸せなことだと思う。松の手入れも勉強になり、また他郷に生きる人たちに学ぶことの多い旅だった。
今日は「かっぽれ」 人生は一度だけ、バカになりきる、とか「なりきる」というのは大事やね。
「今」という瞬間をつかむ訓練でもある。しっかりせんと、瞬間という刹那をつかまえることなく、人生がおわる。
明日は「気骨の鮨会」
ぼくの故郷は、宗像といって、魚の美味いとこ。「道の駅 むなかた」にいくと、朝から
新鮮な魚と野菜を求める人が、ごったがえしている。明日は佐賀のがばいじいちゃんの握る鮨を
食べる会。
明後日が「ダメ中」
- 1.夕月淡く梨花(りか)白く 春宵(しゅんしょう)花の香(か)をこめて
都塵治(とじんおさ)まる一時(ひととき)や 眉(まゆ)若き子等相集(らあいつど)い
希望の光を一(いつ)にして
厚き四年(よとせ)を契(ちぎ)りたり 厚き四年(よとせ)を契(ちぎ)りたり - 2.柴扉(さいひ)を排せば暁に 君は川流(せんりゅう)我は薪(まき)
他郷憂(たきょうう)しと云うなかれ 椎(しい)の葉蔭(かげ)に相倚りて
手をとり友と語らえば
春は四年に尽きぬべし 春は四年に尽きぬべし - 3.秋陽落ちて野は寒く たどる帰り路(じ)暗くとも
我待つ寮の灯(ひ)は赤く 朔風(さくふう)天にどよむとも
来(く)る日思えばあかあかと
希望は燃ゆる胸の灯(ひ)や 希望は燃ゆる胸の灯(ひ)や - 4.学びの道は遠けれど 暮るるに早き春の日や
春風秋雨巡(めぐ)り来て 今此の丘を去らんとす
ああ我が友よ我が丘よ
いつかえりみん想い出ぞ いつかえりみん想い出ぞ
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