長屋茶房・天真庵

「押上」にある築60年の長屋を改装して
「長屋茶房・天真庵」を建築。
一階がカフェ、2階がギャラリー。

伊那谷の老子

2016-02-19 08:29:38 | Weblog

そんな本を、伊那谷と近くのシェアハウスの二股暮らしの

翔くんに貸したら、不思議なことに、その仙人(昨年末に昇華された)

がよくかよった蕎麦屋にたどりついた、という便り。

老子というのは「無為自然」を信条としていた。そのまま訳すと、「何もしない」

ような意味だけど、自然に寄り添いながら、自分らしく生きる、というようなニュアンスで、

言葉で発するにはたやすいが、そんな風に生きるのは、そんな風に生きた人でないと

わからない境地だと思う。伊那谷や恵那や、山紫水明どころには、昔からおもしろい人が棲んでいる。

最近、ぼくのまわりには、そんな場所を求めている人や、実際に移り住む人も多くなってきた。

天地自然の理に逆らわず、人間らしく生きていく、には、おもしろい時代がきたように思う。

天真庵を改装したメンバーのふたりが結婚して、和歌山の串本に移り住んだ。

HPのリンク先に「田並劇場」というのがある。彼らが中心になって、クラウドファンディングでお金を

つどい、それに参道して、わかものたちが集まって、なんやら楽しいことが始まっている。

これからの地方の在り方のヒントがいっぱいつまっているので、参考にしてもらいたい。

熊本の「たまな創生館」というのは、ぼくのIT時代の先輩で、天真庵ではお花とお茶と珈琲を

勉強されて、故郷の由緒ある古民家を改装して、おもしろいことをやってる人だ。「橋本太郎」

一度聞くと痴呆になりかけの人でも忘れない名前だ。九州に旅する機会があれば、夏目漱石の

所縁の地でもあるし、立ち寄ってほしい。そこのカフェの「そばがきぜんざい」は、天真庵の

それより美味いと評判だ。本歌取りとは、そんなことをいう。

リンク先の一番上には、「元気シール」の産みの親の「山田学さん」の部屋にした。

20年以上つきあっているけど、彼の文章は、理路整然としているけど、何をいいたいのか、

皆目わからない。でも無為自然と同じく、自然の目でみれば、わかる日がくるのかもなんばん。

今日は「ダメ中」ダメから始める中国語

明日は「エステ」

 

 


路地裏のコンシェルジュ

2016-02-18 08:12:23 | Weblog

昨日は休みだけど、味噌作りが5人。

「すみだ珈琲」のすみだくんが先頭打者。もう4回目になるので、

珈琲をドリップするような流れるような動きが自然だ。味噌を作り料理もでき、珈琲

もうまくいれ、いつもにこやかに笑っている。こんな人が一家にひとりいると、

幸せな家族がいっぱいになるに違いない。同じ時間に、ぼくのお茶のお弟子様

のひとりもきた。今年が初めてで、郡上八幡から頂戴した木の樽で味噌作りに挑戦。

彼は、アドマチック天国?でこの街が紹介された時に一位になった。

お店ではなく、「第一位  路地裏の散歩人?」なんかそんなタイトルだった。

それ以来、ぼくは勝手に彼のことを「路地裏のコンシャルジュ」と呼んでいる。

その時、かよちゃんから電話があった。インフルエンザで寝込んでいて、たくみを

少し遊ばせてほしい、とのこと。

ぼくのママチャリでは、二人のりができないので、梅が咲く香取神社などを経由して

迎えにいく。3歳になるたくみにとって、天真庵まで歩いていくのは、テレビの「初めてのお使い」

のようなものかもなんばん。しかもこの世で一番こわいおっちゃんだと思っているのと

歩いていくのは、かなり緊張したに違いない。その前に、作務衣にちゃんちゃんこをはおり、

うなぼーかぶっているおっさんが、セキュリティーのしっかりしたマンションの玄関を無事に

入れるのか?を心配した。はたして、その時間は学校帰りの子供たちや買い物?帰りの

人たちが多く、けったいな大黒様?みたいなんが、3歳のお稚児さんを連れて何しているの?

といった視線を感じた。でもそこから天真庵まで大人の足なら10分程度のところを、子どもと

同じゆっくりと20分以上かけ、しかも路地裏のまたその裏道を教え(なんどか迷った)ながら

散歩できたのは、有意義だった。無事天真庵についた時、ふたりでみかんジュースで乾杯した。

夜は「おんなかっぽれ」。下では5人目さんの味噌作り。そこにまた珍客到来。

今月に能登に移り住むことになったMさん。いよいよ来週引っ越すらしい。

立春朝搾りを土産にいただき、ほぼぶらじるをお返しに入れていると、二階で「かっぽれ」

の軽快な音楽が聴こえてきた。舞踊家の血が騒いだらしく、二階にお連れすると、そのまんま

かっぽれの人になった。こんな自然体できっと新しい街にも溶け込んでいかれるに違いない。

奇人と貴人を兼ね備えたような人だけど、ながい能登の歴史とか風土のコンシェルジュに

なるのではないかしらん。

今日も4人の味噌作り。82人の味噌の折り返しを少しすぎたくらいかな。

明日は「ダメから始める中国語」だ。


味噌作りのシェアハウス

2016-02-16 08:57:48 | Weblog

昨日は、音楽家たちの味噌作り。いつもはテレビで演奏している姿を拝見して

いるふたりだけど、年に一度は天真庵で味噌作り。芸術家も人間力と体力が勝負の世界。

自分たちで作る「国産大豆」と「遺伝子組み換えでない大豆」で作る味噌の力を

知っているのだ。さすがに、ベテランの域に達しているので、すいすいと味噌ができる。

その後は、近くの「文花会館」という元蕎麦屋を改装したシェアハウスのN子が初めての味噌作り。

明治通りにできた「旧邸」というシャアハウスと同じく、親戚みたいな関係で、住民の人たちの

ほとんどが味噌作りに参加している。みんな台所も冷蔵庫もシャアしているし、味噌も保管場所も

同じだ。ただそれぞれの選んだ「麹」と「塩」と、各自の持っている「菌」が違うだけ。でもほぼ毎日

いっしょに食事をするので、みんな「借り物」であり、「私有」とは違うところにある。それが素晴らしい。

よくよく考えてみると、よくよく考えなくても、私たちの「体」も、神さまから借りていて、必要でなくなったら

帰して、何ももたずに帰っていくのだ。「本来無一物」とは、そんなこと。

「欲」にとらわれると、よくよく考えたりすることもなく、「よくない」方向をさ迷うことになる。

お金や、家、車などの財産も、家族や友人や連れ会いや・・・・そんなものみんな必要な時に借りているだけで、

必要になくなったら返すだけ、という無駄のないエコで好循環のリサイクル状態が一番自然かもなんばん。

平成生まれのN子ちゃんたちに、「懐かしい未来の人間の自由さ」みたいなものを教わっているような毎日。

帰ったら、旧邸と伊那谷の二股暮らしのショーくんからシャメが届いた。伊那谷の仙人がよく通っていた

らしい蕎麦屋の写真。春になったら、友達の墓参りにいくので、その蕎麦屋も立ち寄ってみようと思う。

今日は「タイムドメイン」。聴きたいCD、飲みたい酒、つまみを持ち寄って、談論風発する日。

これもまた月に一度の「シャアハウス」みたいなイベント。

明日は「おんなかっぽれ」   日々是好日な押上時間。

 


バレンタインデーの味噌

2016-02-15 07:24:26 | Weblog

昨日はなまあたたかい日だったけど、味噌作りがあったので、

朝からストーブをつけ、その上に寸胴を置いて、窓を開けて、

味噌作りをした。みんな初めて。ひとりが「友達に味噌をもらって

感動し、うちにきて味噌作りをするということになり、その友達に

「どこでつくるの?」と聞かれ、「天真庵」といったら、「あげた味噌も

天真庵でつくった」とわかり共にビックリした、とのこと。お話が近所ではなく、

小岩での話なのがびっくり。80人ちょっとでこん話が生まれるくらいだから

「100匹目の猿」になる来年はどうなるのかしらん?楽しみだ。

昨日の女子たちは、「バレンタインデーの味噌作り」。

春慶寺でも味噌作りの日だったらしく、そこで味噌をつくった女子が

「味噌プリンがおいしかった」とのこと。なんか少しひかれる言霊。

ゆうがたみくちゃんが、手作りチョコをもってきてくれた。

幼稚園にいく前からの常連さんで、元気くんに絵てがみを書いていたのが

昨日のことのようだが、来年は高校生。JKパワー(女子高生パワー)ではないけど、

この子と話ていると、懐かしい未来の展望が見えてくる。「20歳になったら押上文庫に

いっしょに飲みにいってあげる」という約束を3年くらい前にした。「あと5年だ。オリンピックの年だ」

とぽつりつぶやく。傍らで文庫ちゃんがにやりと笑いながらほぼぶらじるを飲んでいる。不思議な「押上時間」。

これから「卵かけごはん」。今日は音楽家たちの味噌つくり。いい音楽を聞かせる味噌の味は・・・

明日は「タイムドメイン」

明後日水曜日が「おんなかっぽれ」

 


アマテラスさんもへそのうがあった?

2016-02-14 09:03:50 | Weblog

昨日は不思議なポカポカ天気。東京も21・8度まであがったらしい。今日はその上・・・Tシャツで仕事

ができそう?

今朝はゴーーという音で目覚め、4時半に店にいく。

スカイツリーは、強風だと、軍隊の飛行機みたいな音がする。634mくらい離れて

いる我が家でも、そんな音で目が覚めるのだから、近所の人はすごかろう。

水曜日の「無茶しぃの会」に、お弟子様でお花屋さんをやっているイルフィオレット

さんが、痴呆にならないようにとの願いを込めて、ボケを持ってきてくれた。

さっそく信楽の大壺や、古瀬戸の花器に投げ入れた。昨日の陽気でいっきに満開だ。

庭のしだれ梅も可憐な花を咲かせ、ときどき目白が遊びにきて目と耳を楽しませてくれる。

春が立つ立春が過ぎ、花が匂い立ち、そろそろ春が近づいてくる。

昨日は「ヨガ」だった。

ヨガの前に、恵那山に住む仙人みたいな人が蕎麦を手繰りにこられた。

忘れたころに里に下りてくる人だ。「恵那はえーな、ですか?」と聞くと、

「最高」と答えてくれる。昨日は「恵那は、胞(えな)山といっていた。イザナギ・ イザナミが、

アマテラスさんを産む時に、ここでへそのうを切った、という伝説の山なんじゃ」とのこと。

なんだかわからないけど、仙人さまがおっしゃるので「そうにちがいない」と納得。

なんやら不思議な水?が入っている小ビンをぼくが飲んでいる珈琲カップにあてて

くれたら、珈琲の味がかわった。ちょうど「元気シール」をあてたのと同じ味。

カウンターに座っていた常連の女子が「私のも変えてください」と、ビールグラスを

もっていってコンとつついてもらったら、味が抜けた、らしい。これも「元気シール」

と同じ。不思議だけど、この宇宙の中には、母親の胞と同じく、いろいろなエネルギー

が蔓延しているらしい。   

今日は16時閉店。それから味噌作り、蕎麦打ちなどをばんばんやります。

明日の朝は「卵かけごはん」(8-10)

                         

 

 


ほぼぶらじるのライバル よがる美女たちの御用達

2016-02-13 08:51:43 | Weblog

昔、「ボボブラジル」というレスラーがいた。ヘッドパッドという言葉が

ないころ「ズズキ」で勝負していて、力道山やジャイアント馬場のライバルやった。

悪役レスラーではあるけど、テレビを借りる、というか、よそのうちにいって見せて

もらっている時代のほのぼのとした空気ただようころの話なので、国民にも愛された黒人レスラーだった。

今日は「インヨガ」だ。いつもは「ほぼぶらじる」を飲む人たちも、ヨガった後は、

黒豆茶に軍配があがることが多い。飲んだ後にやわらかくなった黒豆も食べれるし、

捨てるところがないので、地球にも子宮にもやさしい。妊娠中や授乳中の女性に

人気だけど、更年期障害に悩む人にも朗報らしい。もちろん男にもいいけど、たつたたない

とかいう領域の話にはならない。

昨日は二男が生まれたばかりで、おくさんの代打で、英語のI先生が味噌作りを初体験。

ぼくの蕎麦のお弟子さまでもあるので、大豆と麹をボールの中でコネル、という技は

なんとなく手慣れた感じだった。そんなことをしていると、コネルのMさんがチョコレートを

もってきてくれた。I先生の所属する藤原事務所が渋谷にあったころ、一年くらい板橋駅

から埼京線にのって英語の個人レッスンをやっていたころ、駅前のコンビニの前を通る

たびに、パブロフの犬のように、ガーナチャコを買い、電車が来るまでのホームで立ち食い

したことを思い出した。お客さんとこや仕事の打ち合わせの時も同じ道を使ったのに、英語

の時だけチョコレートが食べたくなるのは不思議な話だけど・・。

その後は、ピアニストとギタリストとそのおくさまが味噌を作りにこられた。ギタリストさんは

自身の新しいCDを聴きながら、日本酒を四合飲んだ。音楽家や芸術家は、「空気」

みたいなものを酒肴に独酌ができる。「その空気感」みたいなものを、忘れている人、

もしくはわからない人が多いような気がする。「気」というのも言葉で表現するには、むずかしい

けど、とっても大事なことだ。「元気シール」には、そのあたりの「気」が満ちているように思う・・なんとなく。

明日は日曜日なので16時で閉店。その後は「日本語で蕎麦打ち」&「なんとなく蕎麦を喰う会」

月曜日の朝は「卵かけごはん」  

 

 


不思議な元気シール

2016-02-12 08:49:43 | Weblog

昨日は「建国記念日」。

昔は「起源節」といわれていたらしい。

 神武 天皇の即位の日付である「辛酉年春正月庚辰朔」とかいう難しいけど、

そんな日が2月11日。GHQが「軍国くさい」ということで、しばらく消えたらしいけど、

建国記念日として復活したらしい。軍国も建国も、古色がついた言葉だけど、最近の

政治の在り方を見ていると、死火山が噴火するみたいに、やたらと危うげな現実が浮かび上がったりする。

ゆめゆめ、そんな悪夢な時代を蘇えるような時代はきてほしくないもんだ。

昨日、bunkanと押上猫庫あたりの人たちと、「元気シール」を復活させる打ち合わせをした。

まだぼんやり手書きアイデア段階やけど、元気の足跡がポツポツ広がって、元気のない日本を

元気にする一翼になれたらいいと思う。今日の新聞の一面に「重力波」の話がでていたけど、

この宇宙には不思議な波動があまねく充満しているらしい。

TQ技術という、山田くんのライフワークの新技術をねりこんだ「元気シール」が、

「懐かしい未来のあの空気」みたいなものを醸し出してくれるとうれしい。

今日も味噌を仕込んでいる。大豆も、遺伝子組み換えのターゲットになっているけど、

少なくとも、自分でつくるものは、国産で、非遺伝子組み換えの大豆を使いたい、と

つくづく思う。ちょっと、みんなで、このあたりのことも、まじめに考える時がきてるんとしゃうかな、ほんま。

今年は80人以上の人が、手間をおしまず、味噌作りに参加されたことに、感謝。


徹子の部屋 ドリップ男子の部屋

2016-02-11 08:33:38 | Weblog

今朝の新聞のテレビ欄に「徹子の部屋40周年」というのがあった。

ぼくらが小さいころから、テレビ番組に彼女は同じ髪型で同じ化粧で出続けている、

怪物みたいな女性だ。独特の機関銃トークはさすがに寄る年波で威力が衰えてきたらしいが、

元気に現役を続けてかれてるのがすごい。

昨日は「卒啄珈琲塾」と、味噌作り。ダブルブッキングがあり、昨日は7人の味噌作り女子がきた。

「ほぼ新人」で、新米よろしく大豆をこねている姿がすがすがいかった。できあがった味噌を

持ち帰る姿が、出産して赤ちゃんを家に連れてかえる母のような慈悲深いやさしさにあふれていて、見て

いて気持ちがいい。

珈琲塾の生徒くんもだいぶ「かっこよくなった」。昨日は基本の基本の豆の扱い方を伝授。

ぼくらが修行した昭和50年代の京都の喫茶店では、豆を扱わしてくれるまで一年くらい

下働きをさせられた時代にならった技。でもどうでもいいようなそんな所作が「土台」になる。

味噌が終わって、bunkanの「夜カレー」にいく。カレーの店長は、お茶のお弟子さまのひとり。

ちょうど「なんやら?」いう会が行われている最中やった。最近、珈琲好きな男子のことを「ドリップ男子」

というらしい。そんなドリップ男子が集まって、めいめいが自慢の豆を入れ、飲み比べ、批評しあう、そんな大会。

ちょうどいった時に、知り合いの「押上の不動産王?」くんが、ドリップしていた。有線かレコードか知らないけど、

「黒猫のタンゴ」がBGMになっていた。あまりにその曲とマッチしていたので、それをほめたら、なつきくんが笑った。

次から次に、いれかわりの「ドリップ男子」が自慢の珈琲を入れていく。さながら「ドリップ男子の部屋」だ。

池袋時代に知り合いがマスターのスナックがあった。池袋西口の危いエリアのテナントビルの7階にあった。

マスターが沖縄の人で、そこで働いている女性たちも、南国育ちのおだやかなマスターのもと、ほのぼの

としていて、「今日も飲め飲め客の酒」みたいな気負いもなかったので、よく通った。激しい競争もなかった

ので、女性たちの顔も戦いがなく、目鼻の配置もハイチの女性?をおもわせるくらい、のんびりしていて、

誰ともなく「幽霊の部屋」といっていた。そんなことを思い出した。

今月の末にお弟子さまたちといく予定だった四谷のステーキ屋に電話したら、電話が「使われていません」

になっていた。40年続いたお店で、肉を普段食べないぼくも、時々むしょうに食べたくなるよな名店やった。

何事も始めることは簡単だけど、続けていくのは、精進とか努力とか、簡単には尽くせぬものが必要かもなんばん。

今日もこれから「卒啄珈琲塾」、味噌作り、夜が「無茶しぃの会」

喫茶去(きっさこ)という禅語がある。「まあ、一服」ということ。「居」(Here Now)

と同じく、禅の根本精神。

今、ここにこうして生かされていて、あなたとこうして出会って、そんなえにしを感謝

しながら、一期一会の茶を飲んでいる居(きょ)の妙。珈琲とかお茶を供する場所を「喫茶店」

というようになったのもすごいことだと思う。よく「そばやさん?」と聞かれる。

「うちはそばやではなく、純喫茶、デス」と答えている。

 


珈琲のお勉強 お茶のお勉強

2016-02-10 08:30:48 | Weblog

昨日は、お茶のお後輩さまが、蕎麦を手繰りにこられた。

開店したばかりのころ、蕎麦を手繰りにこられ、「煎茶を習いたい」

というので、表参道のいまはなき「大坊珈琲店」にいき、茶人というのは

ここの主人のように、空間を仕切る、というか、凛とした中にも安心感

があるような空気をつくれる人のことをいうのだと、みたいなことを

先輩ぶっていったことを思い出した。その女子大をでたばかりの子が、

お茶の先生になれるくらい精進して、一歳の子供を連れてもどってきた。

10年の歳月はすごい。

そろそろ茶道具を集めたいというので、二階でいろいろ品評会。

今かかっている軸は「売茶翁」の「體中玄」の一行もの。

「これどや?」といったら、「高そうですね、いくらですか?」と聞くもで、

30代の上場企業の平社員の年末のボーナスの8掛けくらいじゃないの、と答えた。

「わたしのへそくりで帰るかもなんばん(なんばんは、勝手につけた)」というのがスゴイ。

茶人と茶の先生は違う。昔から「茶人くさい人」というのは、無粋だといわれる。ただの茶の先生はもっとげてもの。

日常茶飯を大事にするのが肝心だと思う。とどのつまりは「人間力」かな。

といいながら、「珈琲塾」と「無茶しぃ」と連ちゃんで教える「坊さんくさい野暮人」がいたりする矛盾。


食・遺伝子組み換えの勉強会

2016-02-09 08:21:43 | Weblog

昨日は「福の会」だった。

なんども書いたけど、「福」というのは、田んぼで採れたものを、神棚にお供え

する、という象形文字だ。幸福とは、お金もちになったり、会社のえらいさんになったり、

大きな家をたてたり、外車にのったり、することではなく、「ささいな日常」の中に、ちゃんとある。

今は、毎日「味噌作り」をしている。手前味噌でもくそみそでもなく、「うまい」。

市販のものとは、似て非なること、火を見るかごとく、明らかである。

国産大豆であること、非遺伝子組み換えであること、このふたつが大きい。

今年は、味噌作りに80人以上の人が参加されて、現在毎日進行中。

たんなる「ブーム」ではなく、まじめに「食」のことを考え始めだした人が増えているのだと思う。

毎日味噌だけで命を紡いでいけない。外食もあるし、子どもは給食もある。

ちょうど大豆が、遺伝子組み換えのものが多くなっていることもあるし、「遺伝子組み換えとは、どげなこと?」

みたいな勉強会を味噌作りが終わった4月6日(水)の19時から定員10名限定で、やることになった。会費3000円(蕎麦会付き)。

明日は「卒啄珈琲塾」&「無茶しぃの会」

3月の「なんとなく鮨を喰う会付き蕎麦打ちの会」は3月13日(日)  3月6日(日)は、佳代ちゃんたちのバロック音楽をやります!

今年は和歌山の「田並劇場」が完成しそうやし、能登とか島原にお弟子様たちが新しい拠点をつくりそうだし、

熊本の「なまな創生館」も本格的に動きだしたし、いろいろ地方がおもしろくなりそうだ。