田園酔狂曲

二人三脚の想い出と共に!!

嫁と姑 ~ その5(孫の守)

2010-04-30 16:59:28 | カァちゃんのたわ言
京都から帰って、子供二人も授かり、そろそろ二代目としての出番を
心準備している頃です。
社長 (義父) から、予定外の早い時期に声が掛かりました。
長女は八ヶ月で、まだ授乳中です。
クラブ田園のママは引退していたものの、和風レストラン田園 (栄通り) の
サポートをしていた義母にしても、驚きの命令だった事でしょう。
私も、社長に反論する事も出来ず、従うしかありませんでした。
両親の住居は別でしたので、義母は私達の住まい移って、孫の守をする事になるのです。

義母、52歳の時でした。
商売一筋に頑張ってきて、自分の子供も面倒見る時間が無かった方です。
   ( 前述のブログに書いた、ヒゲの里子の話でわかるように )
突然、二人の孫の世話を押し付けられた戸惑いは、大変なものだったでしょう!?
正直なところ、私から見ても、子供の世話は義父の方が上手で、義母は危なっかしかったのです。

同居後まもなく、出勤しようと準備をしていると、数日前から風邪気味の娘の様子が
かんばしくありません。
泣く子を置いて、私は足が踏み出せなくて、出勤を先送りしました。
翌日も躊躇いました。
そこに、義母が ・・・
「 私は、慣れない子守りだけれど、ハマって (気合入れて) 此処に来た。
  貴方は、店の方をしっかり見て頂戴。 」   
「 それからねぇ、一家に主婦は一人で良か。
  掃除・洗濯は全部、私に任せてちょうだい。 荒れた手をお客さんの前に出すのはいかん。 」

翌日から、泣く子に後ろ髪を引かれつつも、更なる覚悟で、二代目ママの出勤となったのでした。
この時を最後に、義母から意見されたことはありません。
勿論、喧嘩した事は一度も有りませでした。
近所の方々等に、 「 ウチの嫁さんな、家の事はな~んもさっさんですもん。 」 と、
自分の頑張りを自慢げに、よく話していました。 この位は、可愛いモンです。
私は、他人相手に、愚痴は山ほどこぼしましたが。 特にヒゲさん相手に。

傍目に、どう見えていたかは知りませんが、仲の良い嫁姑でした。
「 なぁーに、私が我慢してやっとったケン、上手くいったつタイ。 」 とお墓から聞こえそうです。
「 いいえ、我慢はお互い様ですよ。 おかあさん! 」
夫婦喧嘩の仲裁(?)をして貰った後は、二人で飲み明かした事も何度も。
義母曰く 「 私達は飲めるから、グチグチせんで良かつよ。 」 と。
思えば、嫌な事を翌日まで持ち込んでなかったようです。 飲んで、寝れば、スカーッと ・・・

私も義母には感謝してますが、子供達にとっては、親以上の存在かも知れません。

 
     《 同居前のショット 》             《 同居後 ・ 家の庭で 》

    《 保育園の餅つき・母代りに 》

約束通り、私の足袋まで洗濯してくれました。 パンツだけは別 ・・(笑)
遠足・運動会の弁当作りも。
持って行く私は、お昼まで、何が入っているか知らないんです。
子供と一緒に、楽しみに開けていました。 
活・車海老をフライにして詰めるのが自慢で、いつもはいっていましたよ。
コメント
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